主張・講演

情報システム部門の運営
−戦略部門化とアウトソーシングを中心に−

情報システム部門の業務には,情報システムの開発やコンピュータの運用などの業務(「DP業務」という)と,経営戦略と情報技術活用を統合する業務(「IT業務」という)があります。情報が経営に与える影響が大きくなるに伴い,情報システム部門は「DP部門からIT部門へ」変貌するべきだと指摘されてきました。それは,情報システム部門を戦略部門化することであり,既に多くの企業で行われています。
 「短期は長期を駆逐する」ので,情報システム部門をIT業務に専心させるには,日常業務であるDP業務をアウトソーシングする必要があります。すなわち,戦略部門化とアウトソーシングは表裏一体の関係にあるのです。

現在,その動向はますます進んでいます。私も戦略部門化/アウトソーシングは必然的であり,その方向が望ましいと思っています。しかし現実には,トップ,利用部門,情報システム部門内部でもこの動向を阻害している要因が多く,これらの阻害要因を解決しないままに戦略部門化とアウトソーシングしたのでは,効果が得られるどころか,大きな危険もはらんでいます。
 このシリーズでは,戦略部門化とアウトソーシングの歴史的必然性を示し,それを阻害している各種の問題点や安易な移行の危険性などを問題提起します。そして,円滑な移行への事前準備の一つとして,情報システム部門を人材育成機関と認識することを提案します。

なお,ここでは問題提起を強調するために,あえて偽悪的・挑発的な表現をしていることをお断りします。

このシリーズの体系
 

1 戦略部門化/アウトソーシングの歴史的背景

経営における情報技術や情報システム部門の位置づけは変化しています。それを歴史的に考察すれば,情報システム部門の持つDP業務をアウトソーシングして,戦略部門としてのIT業務に傾注させることは必然的だといえましょう。

経営環境の変化による要請 (bumon-dp-it)

情報システムの活用が省力化を目的としたものから経営戦略実現に不可欠なインフラになり,さらには経営戦略策定そのものに大きな影響を与えるようになりました(これに関しては「情報システムへの期待の変化」を参照してください)。それに伴い,情報システム部門がDP部門からIT部門へ変貌するべきであると期待されるようになりました。

情報システム部門のアイデンティティの喪失 (bumon-lost-identity)

情報技術の発展の歴史は,EUC(エンドユーザ・コンピューティング)すなわち,コンピュータ利用の大衆化の歴史であるとともに,情報システム部門が独自機能として持っていたアイデンティティの喪失の歴史であるといえます。すなわち,自社内に情報システム部門が存在しなければならない理由が失われてきたのです。

情報システム部門は自部門の地位を低下させる努力をしてきた (bumon-it-hige)

上のような外部環境の影響ばかりではなく,情報システム部門は自部門の社内的地位を低下させ,自部門の存在意義を縮小する努力(?)をしてきました。これは間接・管理部門での人事部門や経理部門と比較すると際立った特徴です。また,情報システム部門の責任放棄であるともいえます。

分社化とアウトソーシング (bumon-outsourcing)

このような動向は,情報システム部門を自社内組織として持つ必然性を失います。それで情報システム部門を分社化/アウトソーシングする動きは昔からありました。ここでは,時代背景の変化に伴い分社化/アウトソーシングの目的が大きく変化してきたことを考察します。

2 現実には阻害要因が多い

情報システム部門の戦略部門化/アウトソーシングは歴史的な必然だとすれば,それへの移行を円滑にすることが求められます。ところが,経営者も利用部門も情報システム部門を戦略部門にしたいとは思っていないし,情報システム部門も戦略部門には不適切な組織文化を育ててきたのです。

経営者の情報システム部門観−タテマエとホンネ− (bumon-top)

経営者のほとんどが,タテマエでは情報技術の活用は経営に重要であり,情報システム部門は戦略部門であるべきだといっています。それならば,経営陣には情報技術動向を的確に把握できる能力を持つ人が必要なはずなのに,現実には情報分野の経験を持つ役員が一人もいないような企業が多いのです。情報システム部門を戦略部門化しようというのは,経営者にいないことの証左だといえます。すなわち,経営者はホンネでは情報技術を軽視しているのです。

CIOの任務と現状の問題点 (bumon-cio)

経営と情報の関係を適切な状況にするのがCIO(Chief Information Officer)です。多くの企業がCIOの職制を持っていますが,現実には兼任が多く,情報技術の素人が多いのです。これも経営者が情報技術を軽視していることを示しています。

利用部門は情報システム部門の戦略部門化を望んでいない (bumon-user)

利用部門は情報システム部門を高く評価していますが,それは自部門の要求を唯々諾々とやってくれるDP部門としての評価です。IT部門としては期待していないし,むしろそのような態度に反感を持っています。利用部門が求めているのは,「変革型SE」ではなく「すぐやるSE」なのです。

情報システム部門は戦略部門として育成されていない (bumon-ikusei)

情報システム部門は,戦略部門になりたいといっていますが,長年の社内的地位低下戦略が成功して,リスク回避,消極的,受身的な文化が染み付いています。これは,戦略部門としては致命的な不適格要因です。

3 安易な移行は深刻な問題を生む

上述のように,情報システム部門の戦略部門化/アウトソーシングは,タテマエでは期待されますが,ホンネでは四面楚歌の逆境にあります。そのような環境で安易に移行すると,所期の目的が実現しないだけでなく,期待とは逆の状況になってしまう危険があります。

準備なしで情報システム部門を戦略部門にする危険 (bumon-it-kiken)

経営者が情報技術を軽視しており,利用部門がDP部門であることを期待しており,しかも情報システム部門が戦略部門としては不適格な文化を持っている状況で,名目的に戦略部門になっても,効果的な活動はできません。有名無実な組織になったり,空想的改革論者になったり,アウトソーシング先のコスト監視機関になったりする危険があります。

アウトソーシング以前に利用部門の意識改革を (bumon-out-user)

あまり指摘されていませんが,利用部門が従来のような対情報システム部門観のままでアウトソーシングをすると,多くの問題が露呈します。利用部門が情報化投資への責任をどれだけ把握しているでしょうか? 各部門の貧富の差による情報化のアンバランスをどう解消するのでしょうか? 情報業界の日本的慣習と異なる慣習から生じるトラブルをどう回避するのでしょうか?

情報システム部員育成の問題点 (bumon-buin-ikusei)

情報技術の発展により情報技術者としてのスキルが多様化し,専門化してきました。また,情報システム部員の転籍も含むアウトソーシングも一般的になり,部員もリストラ対象になりました。このような環境では,従来のように情報システム部門内に閉じた育成は困難です。他部門とのローテーションを考えたキャリアパスが重要になってきました。

4 事前準備の例として

戦略部門化/アウトソーシングで成功している企業も多くありますが,それらの企業は成熟度が高いために成功したのですから,成熟度の低い企業が形式的な模倣をしたのでは,上述のような陥穽にはまる危険があります。その成熟度とは,経営者,利用部門,情報システム部門が意識改革であり,それは短期間で単純に実現するものではありません。ここでは,やや長い目での対処方法として,情報システム部門を人材育成部門にすること,さらにその前提として情報システム部門と利用部門のローテーションを活発にする必要があることを示します。

情報システム部門を人材育成部門に (bumon-jinzai)

そもそも情報システム部門の戦略部門化は,経営陣や企画部門にその分野の知識能力がないことに起因しているのですから,情報システム部員を戦略立案などに適した人材に育成して提供するのが正統的な考え方でしょう。情報システム部門は,情報の取り扱い技術だけでなく,システム的思考,多価値観の統合,プロジェクト運営などの能力を習得するのに適した機関であり,そのような能力は多くの部門で必要とする人材です。そのような人材を育成して利用部門に提供することが,利用部門の意識改革に効果的です。

業務統合部門にEUC支援グループを (euc-tougouic)

人材育成提供機関が円滑に機能するには,情報システム部門と利用部門との計画的なローテーション体制が必要です。それには,営業本部とか本社経理部などの業務統合部門を経由することにより,経営者との交流を高めることができます。また,これらの業務統合部門にEUC支援グループを設置することにより,円滑なEUC支援ができます。

情報化リーダーをヒーローにしよう (euc-hero)

いずれにせよ,ローテーションで利用部門に転出する人材を将来の幹部候補生にする手段を講じる必要があります。それには決して「便利屋」にしてはいけません。ヒーローに仕上げることが,情報システム部門と利用部門の関係を円滑にする秘訣なのです。

おわりに

情報システム部門の戦略部門化/アウトソーシングに関して,その推進を主張する議論は多くなされています。私も基本的にはその主張に賛成です。
 しかし,見方を変えると,これは経営者の情報技術に関する無関心の表れだともいえます。これまで,経営者や利用部門は情報システム部門を戦略部門に育成するどころか,ややもすると,それと逆な要求をしてきたのではないでしょうか。それをそのままにして,情報システム部門の位置づけだけを問題にすると,思わぬ副作用を生じる危険があることを危惧します。
 これらを解決する対策として,私は情報システム部門を人材育成部門と位置づけることが必要であると主張します。これは抽象的な観念論と思われるかもしれませんが,私の所属していた組織では,昔からここで述べたような対策をとってきました。それにより,経営陣や企画部門に適切な人材がおり,上記のような危険の回避やITガバナンスの確立もそれなりに成功してきました。