主張・講演情報システム部門の戦略部門化とアウトソーシング

情報システム部門を人材育成機関にする

準備なしに情報システム部門を戦略部門にすることは多くの危険があります。私は,あえて情報システム部門を戦略部門にするのではなく,むしろ人材を育成して戦略的な部門に提供する部門にするのが適切であり,それが情報システム部門を戦略部門にする近道だと思っています。


「情報システム部門論」論

「経営にとって情報技術が重要である」だから「情報活用ができる人材が必要である」だから「情報システム部門を戦略部門にするべきだ」という情報システム部門論が横行しています。私はどうもこの論理にはやや飛躍があり,必然性に欠けると思うのです。

「経営にとって情報技術が重要である」には異論はないと思います。また「情報活用ができる人材が必要である」こともそうだと思います。だからといって,「情報システム部門を戦略部門にするべきだ」といえるでしょうか?

情報システム部門が戦略部門にならなければならないというのは,逆にいえば「戦略部門に情報活用ができる人がいない」からであり,そのようにしなかったのは「トップが情報を重視していない」からでしょう。そのような環境で,情報システム部門を戦略部門に位置づけたとしても,周囲の無理解で有効な活動はできないでしょう。さらに,そのような環境では,これまでに情報システム部門を戦略部門になれるような育成をしたきたとは思えません。戦略部門にしても本来の戦略業務に応えることはできないでしょう。

さらにいえば,なぜ情報システム部門だけがことさらに大騒ぎするのでしょうか? 戦略に大きく関係する経営資源にはヒト・モノ・カネがありますが,それならば「経営人事企画部」や「経営財務企画部」になることも同様に話題にしなければなりません。話題にならないのは,既に当然になっているからです。これは「情報システム部門は歴史が浅いから」ではありません。現在トップになっている人が新入社員であった頃に既に情報システム部門は存在していたのですし,その頃でも「経営との結びつきが重要だ」といわれていたのです。勘ぐれば次第に社内地位が低下してきた情報システム部門の失地挽回の口実だともいえます。あるいはDP業務を受託したい情報業界の陰謀でしょうか。

善意に素直に解釈して,「情報システム部門を戦略部門にするべきだ」としても,それが一朝一夕に実現するものではないでしょう。それには準備が必要です。

私は,「情報活用ができる人材が必要である」ことは当然として,情報システムの構築をしてきた経験は,情報以外での企業に重要な知識能力を身に着けており,多様な分野で活用できる人材になると思っています。そして,情報システム部門は,そのような人材を育成するのに適した部門だと思っています。自部門が戦略部門になるよりも,まず人材育成をして戦略部門に提供する部門になるべきです。その結果として,情報システム部門が戦略部門に自然に変化するのです。

情報システム部員は企業に必要な人材になれる

ここでは「情報活用ができる人材が必要である」について考えます。結論からいうと,巷でいう「経営と情報がわかる」という意味で重要なこと以外に「情報システム部員は企業に必要な人材になれる機会が多いので,なれるように育成することが必要だ」ということを指摘します。

現在の企業では,次のような知識能力を持つ人材が各分野で求められていますが,これらは情報システム部門が最も得意としている知識能力です。

システム的な思考ができる
もはや単純な解決方法による解決は完了しています。現在の課題は,ある部分を解決しようとすれば他の部分に悪い影響が出るような問題であり,部分最適化は全体最適化につながらない問題です。しかも,どこに副作用が出るのかさえもわからない問題になってきました。
 これを解決するには,全体の関連で部分を把握できる能力,物事をシステムとして理解できる能力が求められます。情報システム部門は,情報システムの設計において常にこの問題に直面して解決してきました。そのための業務分析の方法や発想法の訓練もしてきました。
異なる価値観の統合ができる
現在の問題解決には関係者が多く複雑化しています。組織のメンバーはそれぞれ異なる価値観を持っています。ベテランの中高年社員と若い社員でも違いますし,営業部門と生産部門では立場が異なります。社外との関係では利害が対立することもありますし,外国との関係では発想する基盤である文化までも異なります。これらの価値観をある価値観に統一することはできません。互いの価値観の違いを認め合いつつ共通の目的を達成することが必要です。さらには,価値観が異なるからメンバーであるからこそ,同じ価値観では発見できなかった創造的な解決方法へとアウフヘーベンすることが求められます。
 情報システムの構築はプロジェクトチームで行いますが,以前から社内と社外の要員がメンバーでした。現在の情報システムは,企業間にまたがるシステムや海外との連携によるシステムが多くなっています。常に発想の違いや利害の対立を乗り越えて全員が納得する結果を得てきたのです。
大規模プロジェクトの運営ができる
問題解決の対象が複雑化・巨大化すると,プロジェクトのコスト,スピード,品質などの管理がますます重要になります。それを円滑に運営する能力が要求されます。
 情報システム部門は,数百億円,数百人,数年間にわたるプロジェクトの運営を体験してきました。それを成功させるための多様な方法論やベストプラクティスを習得してきました。
抽象−具象の能力がある
経営環境は激変しています。その解決方法には繰り返しがありません。新しい状況に即応して新しい解決方法を創造する必要があります。それを行うには,具象から抽象へ汎化することにより従来の知識体験をメタ知識・メタ体験と高めて応用範囲を広げる能力と,抽象から具象によりメタ知識・メタ体験を実際の解決に適用する能力が求められます。
 情報システム部門では,システム構築方法論として抽象−具象を繰り返す作業を日常的に行ってきました。

情報システム部門を人材育成機関に

このように,情報システム構築での体験は(うまくいけば)他部門で求める知識能力を習得できます。さらに情報システム部門は,これらの習得に適した部門だといえます。

昔の大企業では,経理学校がありました。優秀な幹部候補生はまず経理部(主計局ともいいました)に配属して幹部としての訓練をしたのです。企業の活動は結果として金銭の動きになり,それは伝票として経理部にきますので,企業活動のすべての情報が経理部に集中します。また,経理部では多様な集計業務をしますので,そのプロセスにおいて多様な分析ができます。すなわち,経理部は情報の集中と分析能力により,企業全体の状況と問題点を把握できる環境でした。

現在では,情報システム部門がその機能を持っています。しかも情報通信技術を保有していることから,昔の経理部とは格段に優れた環境になっています。この環境を有効に活用することにより,優れた人材を育成することができるはずです。

優れた大学はなぜ優れているのでしょうか? それは,卒業生が社会で優れた活動をしているからです。それによって,優れた新入生が入ってくるので,その要求に耐えるには優れた教育者や設備が必要になり,それがまた優れた卒業生を輩出するという好循環を生んでいると考えられます。同様に情報システム部門が優れた人材を経営の中枢に送り込むことにより,情報システム部門の評価が高くなり,結果として戦略部門としての位置づけになるのです。

残念なことに,多くの情報システム部門は人材育成機関としての自覚がありませんでした。情報システム部門の管理職に自覚がなかっただけでなく,部員もそのように行動しなかったし,トップも他部門もそのような視点で情報システム部門を認識していませんでした。これを変えることが重要です。

データの内容に関心を持たせる
得意先別製品別売上一覧表を出力するシステムを構築したとき,とかく正しい表ができればよいとしがちですが,それを変えましょう。売上構成はどうか,過去との推移はどうか,問題のある得意先や製品は何か,どうしてそのような状況になったのか,解決策は・・・という質問を繰り返すことにより,部下は単にプログラムを書くことから問題発見や解決探索へと関心を持つようになります。しかも,利用部門はその分析結果や分析の方法を実は欲しているのかもしれません。
他部門とのローテーションを
情報システムが巨大化・複雑化するに伴い,全体を把握しているベテランが必要になります。人事異動でそのベテランを転出させるのは業務に差し支えることを理由に反対します。それで他部門とのローテーションが少なくなりがちです。これでは人材育成提供機関にはなれません。必要なベテランだからこそ,重要な部門に提供するのだという考えが必要です。
ローテーションの工夫を
単に人材を提供するだけでは,情報システム部門の能力が低下してしまいます。転出したらその部門で一定期間はEUCの普及をさせることを条件にして,情報システム部門の負荷を減少させるとか,直接の転出先を営業本部や本社経理部などの業務統合部門に限定して,そこで部門戦略と部門での情報化を担当させるといった工夫が必要です(「業務統括部門にEUC支援グループを」参照)。また,転出先で便利屋にされないように,むしろ幹部候補生としての待遇をするように,転出先の上司とネゴすることも重要です(「情報化リーダーをヒーローに」参照)。
部内業務に余裕を
部下にデータ内容に関心を持たせたり,ローテーションに備えて後進の育成をするには,部内での業務に時間的・精神的にゆとりがないとできません。それをいかにして生み出すかが情報システム部門管理職の力量だといえます。

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