主張・講演

情報化投資の費用対効果をどう考えるか

経営者にとって,情報技術に関する最も基本的な知識は,その投資案の採用・却下の意思決定に関する知識,すなわち情報化投資の費用対効果の考え方だと思います。ここでは,教科書的な解説ではなく,情報化投資が一般的な投資とどう違うのかを実務的に説明します。


なぜ情報化投資の費用対効果が問題になるのか

情報化投資での費用対効果が問題になっています。情報関連投資に限らず投資を行うときには採算性・収益性を考えることが必要ですが,ことさらに情報化投資が話題になるのは,次のような事情があるからでしょう。

経営者の苦手な分野
昔から情報技術が重要だといわれてきたのに,多くの経営者は「どうして計画したときの2倍も費用や時間がかかって機能は半分程度にしかならないのか」とか,「なぜせっかく配布したパソコンを数年もしないのに買い換えなければならないのか」というような基本的なことすら知りません(というよりも知ろうとすらしてこなかったのです)。それで,情報化投資は店舗や生産設備などの一般的な投資に比べて,経営者にとってわかりくいところが多く,情報化投資案が提出されても,どう考えてよいのか困惑するのです。
情報化投資への不安
費用対効果がわからないままに,情報化投資は絶対額も毎年増大しており,全体の投資に占める割合も増大しています。経営状況が不調なこともあり,これを問題視しないわけにはいきません。しかも,「情報化投資=経営革新」であり積極的な情報化投資が企業生き残りの必須条件だとすらいわれ,経営者を脅迫しています。

情報化投資は儲かるとはいわれているのだが・・・

情報化投資と国家経済発展の関係

「米国は積極的な情報化投資により経済を復活させ発展させた。それに対して日本では,情報活用のパラダイム変革期に不況になり,情報化投資をおろそかにしたために,その後の経済復活を遅らせてしまった。経済回復のためには,積極的な情報化投資が必要である」との論調が多く見られます。それが正論だとしても,このようなマクロな観点での論議は,個々の企業での情報化投資が企業収益につながるとはいえません。

情報化投資と企業収益との関係

企業レベルでも,情報化投資と企業収益の関係について多くの研究があります。多数の企業のデータを用いて,両者の相関を求めたり,情報化投資に積極的な企業グループとそうではないグループにわけて企業収益の違いを分析する方法です。しかし,それらに相関があり情報化投資に積極的な企業が収益を伸ばしているといっても,どう投資すれば儲かるのかの具体的な指針にはなりません。また,情報化投資による成功事例は豊富にありますが,その経営環境が自社とあまりにもかけ離れていると,自社での投資が成功するかどうか不安が残ります。

評価方法もいろいろあるのだが・・・

一般論としての投資評価方法とその限界

投資の評価方法としては現在価値法やDCF法がポピュラーです。しかし,情報化投資では,その与件である費用や利益の推定が,一般的な投資と比べてわかりにくいところがあり,むしろそれを明確にすることが作業の大部分を占めることになります。

指標評価による効果測定法とその限界

それを解決するために,評価項目を列挙して重み付けをし,それらの項目について評価点を与える方法がよく用いられます。最近ではバランス・スコアカードによる評価も注目されています。しかし,重み付けや評価には多分に主観が入りますので,今度はそれの妥当性に問題が残ります。

なぜ情報化投資はわかりにくいのか

このような問題が起こるのは,普通の人にとって情報化投資が一般の投資とは異なる面があるからだと思います。ここでは,情報化投資にはどのような特徴があるのかを解説します。

インフラ投資と個別アプリ投資の違い

ハードの配備,データベースの整備,ユーザ教育などのインフラが整備されていれば,その上に構築する個別アプリの開発費用は安価になります。しかし,インフラ投資はそれだけでは利益を生まないし,インフラ投資の段階ではどのようなアプリが乗るのかを明確に把握することができません。両者では異なる判断基準が必要になります。

情報化投資の費用はわかりにくい

費用対効果のうち費用を考えます。ハードは比較的把握しやすいのですが,それでも情報特有なむずかしさがあります。さらに情報システム開発にかかる費用については,経営者にとって不可解なことが多くあります。

情報化投資の効果はつかみにくい

費用すらわかりくいのですから効果はもっとわかりません。定性的効果や戦略的効果がわかりにくいこと,インフラ投資と個別アプリ投資で異なる評価基準が必要なことは先に述べました。ここでは,個別アプリ開発での投資に特有なわかりにくさを取り上げます。

情報化投資への誤解

巷では,情報化投資の効果が大きいことが喧伝されてについています。ところがそれは情報化投資の効果ではなくプロジェクトの効果なのです。それを誤解するのは危険です。

プロジェクトの効果と情報化の関係

単に給与計算のパッケージを導入するようなことならともかく,情報化はそれを含むプロジェクトの一環として行われるのが一般的です。そして,プロジェクトの成否は,情報化以外の要因が情報化に大きな影響を与えます。ところが,とかくプロジェクトの効果を情報化の効果であるかのように混同しがちで,それが情報化投資の費用対効果をあいまいなものにしているのです。

情報化推進の妄信と危険

ベンダもコンサルタントも経営者に情報化投資を魅力的に見せる都合があり,そのような混同がかなり意図的になされています。マスコミの論調も例外ではありません。それにより「情報化=経営改善」という図式が関係者に刷り込まれてしまいます。その結果,プロジェクト実現のための一手段あるいは一代替案であるはずの情報化が,目的にすりかえられてしまう危険があります。

経営者と情報化投資

経営者の情報リテラシーとは

経営者にとっての情報リテラシーのうち,最も基本的なものが費用対効果に関する知識でしょう。これまでに述べたように,情報化投資は一般の投資と比較してわかりにくいものですが,それを理解しなければ,適切な意思決定ができません。上述のまとめおよび補逸事項を掲げます。

関連ページ

情報化投資の費用対効果に関する考察
同(第2報)

蛇足

これまで,情報化投資の費用対効果について否定的な表現をしてきましたが,決してこんなことは考えなくてもよいというのではありません。情報化投資が企業経営に大きな存在であるからには,経営者はその特徴を十分に理解する必要があるのです。それを逆説的に示したのだと解釈してください。