主張・講演情報化投資の費用対効果

情報化推進の妄信と危険

IT革命だのeビジネスだの,情報化に真剣に取り組まないと企業経営が成り立たないような論調で,未だ情報化が重要なことに無関心な経営者に対して啓蒙する必要があるという風潮があります。当然ながら,経営改善の手段は情報化だけではありません。それなのに,どうして情報化に関する啓蒙論が多いのでしょうか?
 情報化投資の費用対効果を考える前に,この理由を検討する必要があります。実は,私はいまさら経営者に情報化の重要性を説く必要はないという意見なのです。


問題提起

情報化推進に関する教科書的な説明は,ほぼ次のようなものでしょう。
 「インターネットに代表される情報技術の発展は,産業秩序を根底から破壊し再構築を促している。これは脅威でもありビジネスチャンスでもある。それに対処するには,企業戦略と情報化戦略を統合する必要がある。また,情報技術の活用が国家経済を発展させる原動力になっている。現在の景気低迷を脱するには,積極的な情報化投資が効果的である。
 特に中小企業は,日本経済の担い手であり構造改革の推進者であり,中小企業の情報化を支援することは,日本経済の回復のために不可欠である。ところが中小企業の経営者のなかには情報化の重要性に気づいていない層もあり啓蒙が必要である。その重要性を理解している層には,しかるべき資金や人材の支援を行うべきである・・・・」
 それで,行政をはじめITコーディネータや中小企業診断士などが,中小企業経営者に情報化推進の支援を精力的に行っています。

それならば,ITコーディネータや中小企業診断士には中小企業の経営者から頻繁な支援依頼が殺到するはずですが,現実には資格はとったものの仕事がないのでぼやいている人が多いのだそうです。それどころか,中小企業の情報化に関する無料の相談会や検討プロジェクトなどを企画しても,それに参加する(していただける)経営者が集まらないのだそうです。ここでは,このギャップを問題にしたいと思います。

推進者の都合

みもふたもない偽悪的な表現ですが,どうも推進者は袈裟の下に鎧を着ているようです。

ベンダの都合

コンピュータやソフトウェアのベンダは,情報化による効果を強調しています。情報化投資による効果はユーザ企業が享受するのですから,本来はベンダには関係のないことですが,ベンダはハードやソフトを売ることがビジネスです。それには,情報化の効果をPRする必要になります。これは当然の営業活動ですから,非難することではありません。

コンサルタントの都合

コンサルタントも情報化推進者です。著名なコンサルタントが大企業をクライアントにしたときでもなければ,経営戦略や情報化戦略の策定をコンサルティングして得られる報酬では生活できません。しかるべき報酬を得るには,情報化を奨めることにより長期的な契約に結びつける必要があります。
 この弊害をなくすには,経営戦略や情報化戦略などのコンサルティングの報酬を高くすればよいのですが,日本の企業,特に中小企業では未だモノよりもチエにカネを出す文化になっていません。それがかえって適切なアドバイスを得られない状況にしているのです。

行政の都合

最も中立性が高い立場は行政ですが,行政も情報化推進の立場です。中小企業の経営体質の改革には情報化が重要だと理由で,情報化投資への特別税制や補助金制度,ITコーディネータや中小企業診断士を介した支援など,「情報化をする」ことには手厚い支援をしています。
 経営者が情報化をしようと思ったが,非情報系の工夫により情報化投資をしなくても経営体質の改革ができたとか,これまで使っていた情報システムを止めることにより経費を節減して収益を改善できたのであれば,目的により適した解決だといえます。しかし,そのような「情報化をしない」改善に対しては支援施策がない。これでは,体質改革ではなく情報化をすること,もっと端的にはコンピュータを購入させることが目的なのではないかと勘ぐられます。

そもそも行政が企業に支援するのは,その支援を受けた企業が発展することにより,雇用を増大するとか税金を多く払うようになり,国民全体の負担を少なくするためでしょう。ところが,支援した事例数や補助金額は公表されますが,補助対象にした企業がその後どれだけ税金を多く納めるようになったかの数字を私は知りません。おそらく行政も把握していないのではないでしょうか。補助を受けた企業が回復せず赤字つづきの状況が長く続いた後に倒産したというのでは,税金の無駄使いになってしまいます。

マスコミの都合

経営や情報関連雑誌の影響は絶大です。経営者も情報関連の雑誌を読むようになりました。当然ながら情報化の成功事例は数多く掲載されるが,失敗例は少ない。これはしかたのないことでしょう。

情報化への妄信の危険

情報化推進者がこのような行動をするのは当然ですし,経営者もそれを認識しています。しかし,情報化礼賛の大合唱を聞いている間に洗脳されてしまいます。それが情報化投資の評価を惑わせるだけでなく,経営戦略にも影響を与えるのです。

関係者への刷り込み

情報化礼賛論の氾濫により,いつの間にか「情報化は善である」という観念が経営者をはじめ関係者全員に刷り込まれてしまっているようです。このような風潮にあっては,情報化に反対するための理論武装をするのが困難です。情報化慎重論者=反動勢力とみなされる危険もあります。
 これが,プロジェクトを真剣に考えるのではなく「情報化を前提とした」検討になる大きな原因の一つなのです。それでも「結果OK」となれば問題はないのですが,それによる期待が過大なために,裏切られたときの反動が怖いのです。そのプロジェクトに特有な事情で失敗したのに,その原因を追究せずに「情報化などはダメだ」となりがちです。情報化に反対な経営者のなかには,このような経験をした人もいるでしょう。また,無関心派のなかには,理論的な反対が困難なので感情的に反対なのだがそれを表面に出すのを避けているうちに無関心に逃避していることもありましょう。このような状況は健全ではありません。

危険な錯覚の増大

情報化の多くはそれを含むプロジェクトの一部であり,プロジェクトの目的を達成するには,情報化以外にも多くの選択肢があります。情報化はプロジェクトを効果的に実現するための一つの手段なのです。情報化をするにしても,それを実現するには非情報系の作業が重要な要因になります。しかも,この非情報系作業はベンダの協力なしにユーザ企業が行う分野です。ですから,プロジェクトの効果と情報化の効果は区別して認識するべきなのです(これに関しては,別章「プロジェクトの効果と情報化の関係」で詳述しています)。
 よく「情報化に過大な期待をするな」とか「情報化とともに業務の改革が重要だ」とはいわれますが,そのような注意は,プロジェクトの効果と情報化の効果を区別すれば自明なことなのです。ところが,情報化推進者は意識してこれらを混同して情報化の効果だとして吹き込むのです。素人は情報化をすることにより,プロジェクトの課題が解決するのではないかと錯覚してしまいます。

経営戦略のゆがみ

情報化すると儲かるのか? そんなことはありません。コンピュータメーカーはコンピュータを売るほど持っているのですが,経営状況は四苦八苦です。中小のソフトウェア会社では倒産が続いています。コンサルタントもクライアントがなく苦しんでいます。
 それを経済の低迷のせいにすることはできません。これら推進者は「情報化により環境変化に即応する経営ができる」といっているのですから,それを実践すれば不況をビジネス・チャンスにできたはずです。

情報化をするから儲かるのではなく,儲かるようなビジネスの方法を考えて,その実現を支援するために情報技術を活用するから儲かるのです。あたりまえですね。それなのに,上述のような事情により,ビジネス探求の効果が情報化の効果にすりかえられてしまうのです。
 その結果として,「情報化投資の費用対効果」が重視されるようになり,「ビジネス探索」がおろそかになってしまいます。当然,推進者も「情報化をするには経営戦略の検討が重要だ」といっていますが,情報化を前提とするために,歪められた経営戦略になる危険があります。

そもそも,このような経営戦略は経営者の仕事です。コンサルタントを利用するのは,気づかなかった観点を第三者の眼から指摘してもらうことと,自分の構想に同調してもらい自信を高めること,自分の構想を社内に広めてもらうことにあり,決してビジネスモデルを創造するためではありません。自社業務の素人にそんなことはできませんし,もしできるならば,コンサルタントなどしていないで自分で事業を興すでしょう。

経営者に情報化の重要性を説く必要があるか

いまさら,経営者に「情報化が必要だ」などと押し付けることはありません。経営者の自主判断に任せましょう。

「情報化が重要」キャンペーンと経営者の反応

「情報システムの目的は手作業の機械化ではない。それを機会に業務を抜本的に変革することが重要なのだ」ということは,コンピュータが企業で利用されるようになった1960年代からいわれていました。1980年代にはSIS(戦略的情報システム)が普及して「情報技術は企業競争の武器である」といわれ,1990年代のBPR(リエンジニアリング)では「情報技術は企業革新のインフラ」だとされ,テレビでも一般新聞でもよく取り上げられました。さらに「IT革命」は2000年の流行語大賞になったほどです。
 「情報技術を経営に役立てるにはどうするか」というような情報はゴマンとあります。それが掲載されいない経営誌を見つけるのは至難でしょう。無料あるいは薄謝で応援してくれる機会もいくらでもあります。ですから,経営者がその気にさえなれば,容易に情報化に取り組むことができるはずです。それなのに,無料の相談会や検討プロジェクトなどを企画しても,それに参加する経営者が集まらないのだそうです。

経営者が研修会などに参加しない理由には,次のようなことが考えられます。

  1. 以前に参加したことがあるが,「くだらない」,「売り込み目的が見え見えなので嫌気がした」,「わけのわからないことばかりいっている」ので,二度と参加する気がしない。
  2. 情報化が必要だと経営者が判断した経営者は,既に情報化に取り組んでいる。いまさら初心者への啓蒙などに参加する必要がない。
  3. 情報化などは不要,あるいは必要だとは思っても日常の商売や資金繰りなどと比較して重要性が低いと判断している経営者は,時間の無駄なので参加しない。
  4. 情報化が重要であることに気づいていないので参加しない。

「1」のかたには同業者としてお詫びしなければなりません。「2」のかたはがんばってください。問題は「3」と「4」です。巷では「3」を改宗させようとか「4」を啓蒙しようという風潮がありますが,私はそれには反対です。来る人には誠実に対応するが,来ない人を無理に引き込むなという意見です。

情報化が重要か? Yesならば・・・

経営者は適切な経営方針を立てることが任務ですから,当然経営環境の変化に敏感のはずです。もし,情報化が重要だというのが真実だとしたら,マトモな経営者ならば,数十年以上も前から情報技術の活用動向について関心を持ち,既に情報化への対応をしてきたはずです。現在になっても無関心だというのは,経営者として無能な失格者です。さっさと引退したほうが企業のためですし,そのような企業がのさばっているのは日本経済にとって困りますので,できるだけ早く解散させなければなりません。

よく中小企業では情報化が進まない理由として「資金不足」や「人材不足」がいわれますが,それはウソです。バブル華やかなりし頃,アブク銭を何に使っていたのでしょうか。現在のような就職難のときに必要な人材が得られないわけがありません。そもそも自分が努力しないことを他に転嫁することは,経営者として最も不適切なことですので,やはり引退を勧めるしかありません。

情報化が重要か? Noなのでは?

でも,情報化の重要度が低いと思っていたり無関心であったりする経営者が,それなりに会社を維持し成長させてきたし,これからも成長するようであれば,少なくともその会社にとっては「情報化が経営に重要だ」という命題が誤りだといえます。そのような場合には,あえていまさら情報化云々などをいうのは,無意味なだけでなく,経営者にあらぬノイズや誤報を与えて,経営の足を引っ張ることになります。
 あるいは,その経営者の判断が間違っているのかも知れません。しかし経営にはリスクはつきものですし,幸いに不況ですので経営者や会社の代替はいくらでもあります。ギャンブルで損をした人に同情する必要がないのと同様に,判断を間違えた人を救う必要はないのです。

いずれにせよ,情報化に関心が薄い経営者に,いまさら情報化の重要性を説く必要はないのです。まして,それに税金を使うのはもってのほかです。「天は自ら扶くるものを扶く」


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