主張・講演情報化投資の費用対効果

プロジェクトと情報化の関係

情報化投資の効果について多くのことがいわれているが,それは本当に「情報化」による効果なのだろうか?
 ここでは個別アプリのシステム化を対象にします。ほとんどの情報化計画は,それが単独で存在するのではなく,情報化を含むプロジェクトの一部として存在しています。そして,情報化投資を含むプロジェクトの成否は,情報化以外の要因が情報化に大きな影響を与えます。ですから,一般に情報化の効果といわれているものは,実はプロジェクトの効果なのです。ここでは,それを混同するのは危険であることを指摘します。その考察により「情報化の効果を云々する必要はない」ことを示します。
 このようなことを,自社クレジットカードを発行するプロジェクトの架空例で説明します。


プロジェクトの目的と情報システム構築

このプロジェクトを発案した理由は,カード支払いにより,顧客の利便性,レジ業務の簡便性,販売店支援,顧客情報を活用したマーケティング戦略などがありますが,話を単純にするために「顧客情報・・・」だけを対象にします。
 その目的を分析すると次のようになります。

  1. 真の目的は,顧客の拡大と固定化にある。
  2. その手段として,顧客情報を収集して分析することが必要である。
  3. 顧客情報を収集する手段の一つとしてカードの発行をする。

すなわち,カードシステムはプロジェクトの一つの選択肢であり,自社でその情報システムを構築するのは,さらにその一つの選択肢にすぎません。選択肢のうちには,専門家による店舗観察や販売員の意見聴取など多様な方法がありますし,カードを採用するにしてもクレジット会社のカードに加盟すればよいのかもしれません。それらの手段では,コンピュータを利用する必要もないし,利用するにしてもスポット的に分析ツールを利用するだけでよいのかもしれません。
 ところが往々にして,それら多くの選択肢の検討が省略されて,「カードシステムを構築すること」がプロジェクトの目的となりがちです。当然ながら,これを実現するには,相当の情報化投資が必要になります。
 このように,多くの手段のうち情報化投資だけが比較的安易に選択され,その情報システムの構築が手段ではなく目的になってしまうことが多いのです(どうしてそうなるのかについては,別章「情報化推進の妄信と危険」参照)。

情報化だけが選択される

非情報系作業が情報システムに与える影響

プロジェクトを成功させるためには,情報系作業以外に多くの解決するべき課題があります。たとえば,顧客に対しては,顧客にカードに加入してもらう努力や顧客属性情報を正確に記入してもらう努力が必要です。特に販売店が自社直営ではない場合には,カード利用に関する販売店への説得努力(カードシステム利用の費用配分や販売店への分析情報の提供など)が必要です。そのような業務をここでは非情報系作業ということにします。

実は,プロジェクトの主作業は非情報系作業であり,その成否がプロジェクトに大きな影響を与えるのです。いくつか列挙してみましょう。

非情報系の都合で情報システム要件が変わる

顧客情報の分析では,「客層間の比較のために職業や地位・収入などを知りたい」「家族も考慮したプロモーションが必要なので家族構成を知りたい」「広告ミックスのために購読新聞雑誌や好きなテレビ番組を知りたい」「将来のeビジネス展開のためにパソコン保有を知りたい」など多様な期待があります。どれもマトモなニーズだといえます。
 それを満足させるには,顧客属性項目に「勤務先の地位」「収入」「家族構成」「購読新聞・雑誌」「パソコン所有」など,本来のカード取引以外に多くの項目が必要になります。ところが顧客は申込書に多くの項目を記入したり,プライバシー事項を記入するのはイヤですから,申込書に未記入の欄が多くなります。このような申込書では加入者が獲得できないという理由により,申込書自体を簡素化することもあります。このように,当初期待した効果がその後の経過により撤回されることになります。

また,販売店との交渉で,カードを取扱ってもらうために,多様な情報提供を約束させられることがあります。その要求は販売店により異なるので全体としては膨大な種類になります。紙でほしいという店もあれば,オンラインで検索したいという店もあります。これらを満足させようとすれば,巨大複雑な情報システムになってしまいます。しかも,実施した後になって,それらの情報を販売店が本当に利用するかどうかは不明確なのです。
 特に販売店が系列ですと,あからさまにカード取扱を拒否できないので,情報提供での無理難題を持ち出すことがあります。カードの目的の一つに「販売店の経営強化」などがあり,販売店支援担当部門がカード推進担当にもなっていると,経営革新に積極的な販売店だとして,その無理難題をシステム開発部門に強要します。顧客の加入者についても同様です。加入者が少ないと,いろいろなサービスや特典を取り込むことになります。それがシステムを複雑怪奇なものにしてしまいます。

負け戦ならば早期に撤退すれば被害が少ないのに,当事者の面子からそれができず,ますます戦力をつぎ込んで被害を大きくする。その規模があまりにも大きくなると経営者もそれに関係してしまうので,さらに撤退ができなくなる。このような事態を「ノモンハン状態」といいます。

情報システムの開発後に,その目的が計画と変わってしまう

顧客や販売店への折衝は相手が多様なので,システムの仕様がなかなかまとまらない。しかも,カード発行を社外に発表したので実施を遅らせることはできない。それで,見切り発車で情報システムを構築することになります。
 情報システムの計画にあたっては,目的を明確にすることが重要だといわれます。上述のように,本来の目的は明確なのですが,現実に情報システム構築に必要な条件仕様はなかなか決定できないし,交渉経過で情報化の仕様を変更しなければならないことが発生します。ときによっては,プロジェクトの目的すら変更することすら起こります。

システムが軌道に乗り分析を行う段階になってから,このデータを期待した分析に利用するのが困難であることに気づくこともあります。
 カードシステムでは個人情報を取り扱います。このプロジェクトを計画した当時ではあまり話題にならなかったのに,最近では個人情報保護への関心が高まりプライバシーポリシーを設定する必要が起こります。それにより,支払業務などの当然の業務以外には利用してはならないとか,分析業務に使うときには個人が特定できないように集計データやコード変換したデータを用いるなどの制約が設けられて,分析目的の一部を放棄しなければならなくなることもあります。

また,データが信用できないことが露見することもあります。私の名義になっているデパートの会員カードはほとんど妻が利用しているし,石油カードは息子が主に利用しています。私はカードの類はほとんど利用していません。これをそのまま分析すると,60歳過ぎの男性が婦人下着を購入し,週末のたびに数千キロのドライブを楽しむことになってしまいます。単に集計的な分析をするのでしたら,多数のデータのなかに埋没してしまうので,たいしたことにはならないかも知れませんが,データマイニングのような分析をするようになると,このようなデータが誤った結果をもたらすことになってしまいます。

カード名義と実際の利用

プロジェクト効果と情報化効果の混同

極端にいえば,カードによる支払業務だけを対象にした情報システムは,ベンダは既に多くの経験があるので,その構築は比較的簡単でしょう。支払業務以外の活用はユーザ企業により異なるので簡単には構築できないが,それでも要件仕様が明確になっていれば,ベンダに任せても常識的な誤差範囲(費用や期間が2倍になる程度)でそれなりのシステムが実現できましょう。
 それに対して非情報系作業は,ユーザ企業が自ら行わなければならないし,その結果によっては,いつになっても仕様が決定せず情報系作業が着手できないし,所期の目的そのものが挫折してしまうこともあるのです。ですから,ユーザ企業として重視しなければならないのは非情報系作業なのです。このように考えると,プロジェクトの効果の多くは非情報系作業によるものだといえるのですが,これを情報化の効果だとする風潮が多いのです。

混同することの危険性

なぜプロジェクトの効果を情報化の効果だと混同してしまうのか? それについては別章「情報化推進の妄信と危険」にゆずり,ここでは混同することの危険について考えます。

非情報系作業のマネジメント不在

ここまで述べてきたきたように,この情報システムを生かすも殺すも非情報系作業に依存しているのです。このプロジェクトを成功させるためには,非情報系作業に人や費用を配分する必要がありますし,経営者が常にその状況を把握して適切な指示をすることが必要です。さらに,本来の目的を実現させるためには,情報システム以外の選択肢も併用することも指示するべきです。経営者が顧客や販売店への説得をすることも重要です。この分野は,情報技術の知識が少ない経営者でも十分に理解でき,適切な行動がとれるはずです。

ところが,情報化の効果といった途端に,経営者の関心は低くなりがちです。関心を持っても,それは情報システム部門に注がれ,納期は守れるか,費用は大丈夫かということに矮小化されてしまいます。
 これでは非情報系作業のマネジメントがなおざりになるので,それに従事する担当者が熱意を持たなくなったり,自分勝手な努力をしてかえって目的と異なる方向へ情報システムを持っていくようなことになります。

重大なトラブルに陥る危険

ノモンハン状態にならないうちに軌道修正や撤退を指示できるのは経営者です。また,見切り発車や途中での目的変更があれば,納期が遅れるのは当然です。無理に納期を強制するとテストが不十分なままで実施になりトラブルが発生します。このシステムは顧客や販売店に関係していますので,そのトラブルは致命的な損害を招きます。公表した実施時期を遅らせるのは重大問題です。それができるのは経営者だけです。
 経営者の非情報系作業への関心が低いと,このようになる真の原因が把握できずに,情報システム部門を叱ったり要員の増強をしたりなど,解決にならない対策をしがちです。

情報システム部門や情報化への影響

とかくこのようなプロジェクトでは,成功すれば担当部門の成果,失敗すれば情報システム部門の責任とされがちです。ところが,失敗の主原因は非情報系作業にあり,情報システム部門はむしろ被害者なのですね。
 情報システム部門がスケープゴートになることが続くと,情報システム部門は情報化を含むプロジェクト全体に消極的な態度をとるようになります。すばらしい提案や要求に対しても,少しでもリスクがあれば技術的理由を発見して反対します。
 さらに問題なのは,社内で情報システム部門や情報化全般に対する不信感が増大します。これでは健全な情報化戦略を進めることができません。

情報化投資の効果測定は必要か

情報化予算の算出

上記のような考察から,改めて情報化の効果について検討します。
 話を単純にするために,プロジェクトに要する費用は初期投資だけであり,プロジェクトによる効果は毎年発生しますがそれを現在価値に換算し累積した値を効果であるとします。
 プロジェクトは,しかるべき利益あるいは利益率が要求されます。また,プロジェクト費用は非情報系作業の費用と情報化費用に分解できます。その関係を次のように表現します。
  A: 情報化費用(予算)=プロジェクト効果−期待利益−非情報系作業の費用
 すなわち,情報化投資は左辺の予算内で実現することが求められます。情報化計画の段階で,この予算で情報システムに要求される機能が実現できるようであれば情報化投資が認められ,そうでなければプロジェクト実現の選択肢を再検討することになります。

情報化予算の算出

情報化の効果とは

情報化の効果を考えるとき,よく次のような比較をしがちです。
   効果=情報化をしたときのプロジェクト効果−情報化をしないときのプロジェクト効果−情報化費用
 この式によると,必要な情報を手作業で行う費用と情報システムの費用の比較になり,常識的に情報化のほうが有利だとなります。

しかし,それは適切ではありません。このようなプロジェクトを計画したときに情報化を全然考慮しない案件はありません。最低限の情報化は「絶対に」必要なのです。それを松・竹・梅の梅のレベルであるとしましょう。問題は梅を竹や松にしたときにプロジェクトの効果がどれだけ増加するかなのです。そう考えると,
  B: 効果=「松−梅」でのプロジェクト効果の増分−「松−梅」での情報化費用の増分
として考えるほうが適切です。
 場合によっては,平均的な竹を基準にとって,松を求めて情報化投資をするべきか,あるいは梅のレベルに下げたほうが有利かというような考えのほうが実務的なこともあります。

まとめると・・・

以上をまとめると,プロジェクトにおける情報化投資は次のような手順で考えることになります。

ステップ1:情報化の位置づけ
プロジェクト全体における情報化の位置づけを決定する。
ステップ2:情報化予算の仮決定
Aの式により,情報化投資の仮予算(仮上限値)を設定する。
  その範囲で要求される機能が満たされるようならステップ3へ進む。
  そうでないようなら,プロジェクトでの情報化の位置づけを再検討してステップ1へ戻る。
ステップ3:情報化範囲の決定
Bの式により,適切な情報化の範囲を決定し,Aの式から情報化予算とする。
  梅から松への差異が大きいときは,ステップ1に戻り確認することが望ましい。

そして,情報システムの評価は,その予算内で要求された機能が達成できたかどうかであり,プロジェクトの成否とは切り離すことができます。すなわち,一般的な意味での「情報化の効果」は考える必要がないのです。

○ 情報化や情報システム部門の位置づけについて

このような指摘には「情報化を単なる情報技術としてとらえるのではなく,企業戦略の実現として認識するべきだ。情報化とは即ちプロジェクトなのである。」とか「それでは情報システム部門はいわれたことだけをやるだけなのか。あまりにも消極的ではないか。情報システム部門はもっと全社的な立場で行動するべきではないか」などの反論があります。

情報化に関して非常に成熟した企業ならば,この指摘は正しいと思います。
 でも,ここで対象にしているのは「普通の」企業です。このような企業では,プロジェクトの検討開始段階で,情報システム構築は数多い手段の一つにすぎないことや,構築をする場合でも非情報系作業が重要であることのが認識が不十分です。プロジェクトの効果と情報化の効果を混同するのが危険なのです。
 またここでは,情報システム部門という言葉があいまいでした。正確には「情報システム構築部門」とでもいうべきでした。情報システム部門は必ずしも情報システム構築部門ではなく,情報化戦略企画部門になっています。そのような企画部門ならば,むしろプロジェクト全体を統括する立場です。しかし,その場合でも,そのなかが細分化されて,非情報系作業と担当する組織と情報システム構築を担当する組織が存在するでしょう。後者を情報システム部門とすれば同じことになります。


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