主張・講演情報化投資の費用対効果

情報化投資の効果はつかみにくい

情報化投資にはインフラ投資と個別アプリ投資があり,インフラ投資の評価が難しいことは別章「インフラ投資と個別アプリ投資の違い」で述べました。ここでは,個別アプリ開発での投資に特有なわかりにくさを取り上げます。
 また,情報化の効果には定性的・戦略的効果があるがそれを定量的に把握することの問題についても別章「現在価値法やDCF法の限界」で扱いました。ここでは,情報化投資では,当初の計画と結果との間に大きな違いが発生する危険が多いことについて考えます。将来のことは不確実なので,期待と結果に差異があるのはどの投資でも発生しますが,特に情報化投資ではそれが大きいのが特徴です。


効果把握の複雑性

情報システムの効果がわかりにくいのは,情報システムという無形なものの価値を考えることの難しさでもあります。また,情報システムの発展により複雑性が増加したために,効果そのものが何なのかがわかりにくくなっています。

ハードウェア<プログラム<データ

一般の投資では,店舗や機械などのハードウェアそのものが利益を生む源泉ですが,コンピュータそのものはほとんど役にたちません。データの収集,蓄積,加工により利益を生じるのです。それでソフトウェア,もっと端的にはプログラムが利益を生むことになります。しかし,そのプログラムもデータを加工するツールにすぎません。最も重要なのはデータです。
 ハードウェアは必要になったらすぐに購入できます。プログラムは大変でしょうが,それでも比較的短期間に構築することができます。ところがデータは,長期的に意識的に収集蓄積していなければなりません。伝票があればそれからコンピュータに入力すればよいとはいっても,その量が膨大なので現実的ではありません。それにたとえば売上データでは伝票に得意先や商品は記録されているでしょうが,それがどのように配送されたのかまでは記載されていませんから,販売と配送を結びつけるのは困難です。当初からそれを意識した項目を設定したデータを収集し蓄積しておく必要があります。すなわち「データは必要になってからでは作れない」のです。
 逆に,データが適切な形式で蓄積されているならば,何らかの方法でそれを加工して情報として入手することができます。プログラムやハードウェアは,その加工を迅速に正確に容易にするためのツールに過ぎないともいえます。また,データに誤りがあれば,いかに優れたツールを整備しても効果は生じません。
 ですから情報システムの最大の価値はデータを収集して蓄積することにあります。ところが,データは情報として活用されて効果が生じるのですから,どのように活用するかが明確でないと効果の測定をすることができません。それなのに,ニーズは企業の成長や環境変化により多様に変化するので,前もって正確に把握するのは困難です。すなわち,情報システムでは最大の価値を持つものの価値を正確に把握することが難しいという特徴があります。

効果と逆効果

以前の情報システムの目的は,ある状況が不適切だからそれをシステム化することにより改善しようというものでした。ところがそのような単純な改善は既にやりつくしています。残された分野では,Aうを解決するには,それと共にBやCを解決しなければならないとか,単純にAの解決をしても,DやEに副作用が出るというような複雑なものになっています。
 しかも,それらの因果関係を的確に認識することすら難しいのです。情報システムの構築にかかってから,あるいは実施をした後になってから副作用があることが判明したという事態にもなります。すなわち,情報システムの効果を求めることが従来とくらべて複雑になってきました。

情報システムに関係する人をステークホルダーといいます。情報システムの対象が給与計算や会計処理のような限定された分野での機械化であれば,ステークホルダーは開発部門,限定された利用部門,金額が大きいようなら経営者が加わる程度で十分です。しかも,情報システムに対して,同じような期待をするでしょう。
 ところが,他企業と連携した流通の合理化やWebサイトによる商取引などを対象とした情報システムでは,ステークホルダーは社外にも及び,非常に多様になります。そのなかには,異なる価値観もあれば利害の対立もあります。

効果実現の不確実性

上記のような問題はさておき,以降はある情報システムを構築することが承認されてからの問題を考えます。情報システムは実現してこそ効果が生じるのですが,一般の投資と比較してその実現がかなり不確実なのです。

ManyIF

最近のシステムは,単に情報システムを構築すればよいという単純なものではなく,いろいろな努力があって始めて効果が得られるものが多くなっています。たとえばSCMでは,ちょっと考えただけでも次のような問題を解決しなければなりません。

これらの各要素のどれが失敗してもSCMは実現しません。各要素の成功確率が90%だとしても,3つの要素があれば全体の成功確率は73%になります。もし,このような要素が10個あれば35%になってしまいます。まさに絵に描いた餅です。ところが提案時には,そのような確率を示さないのが一般的ですね。

2・2・2の法則

このように情報システムが成功するには,多くの要因が成功する必要があります。そのために,情報システムの成功率はかなり低いのです。
 昔からSEの間では「2・2・2の法則」がいわれていました。
  一般にシステム開発では,
  1 開発期間は予定の2倍になり,
  2 開発費用も計画した2倍かかるが,
  3 機能は1/2しか実現しない。
というのです。

スタンディッシュ・グループの調査(1994)によれば,米国の365企業で8380のアプリケーションを調査したところ,予算内・期限内で完了したのは16.2%にすぎず,計画が途中でキャンセルになったものが31.1%,費用・納期・機能のいずれかが予定通りにならなかった失敗が52.7%でした。そして,キャンセルと失敗の平均値は「2・2・2の法則」が現実的であることを示しています。計画と結果の間に2倍もの違いが出るのであれば,そもそも計画を立てることに意義があるのでしょうか?

その後の調査では次のように,次第に成功率が上昇し失敗率が下降しています。
     succeeded failed challenged
1994  16  31   53  http://standishgroup.com/sample_research/chaos_1994_1.php
2000  28  23   49 http://www.standishgroup.com/sample_research/PDFpages/extreme_chaos.pdf
2004  29  18   53 http://www.standishgroup.com/sample_research/PDFpages/q3-spotlight.pdf

  succeeded (delivered on time, on budget, with required features and functions)
  challenged (late, over budget and/or with less than the required features and functions)
  failed(cancelled prior to completion or delivered and never used)

成果配分をどうする

このような絵に描いた餅を実現させるには,各要素の実現のために多くの部門が非常な努力をしなければなりません。逆に,このプロジェクトから得られた成果は,それぞれの努力あるいは効果によって配分するべきです。「○○はSCMを実現して利益を得た。これは情報化投資の効果である」というような記事があります。前半はその通りだとしても,後半は正しいでしょうか?
 現実には情報システムに少々問題があってもSCMはそれなりの効果は得られるでしょうが,その他の要素が解決しなければSCM構想そのものが成立しないのです。そう考えると,情報システムの効果は付帯的なものであり,それへの配分はかなり低いのではないでしょうか。一歩下がって情報システムが存在しなければ実現しないという主張を認めるならば,「トラックの効果」や「会議室の効果」も同じような主張をするでしょう。

すなわち,費用対効果はプロジェクト全体として考えるべきであり,わざわざ情報化投資だけを分離して評価することはナンセンスなのです(これに関しては別章「プロジェクトの効果と情報化の関係」で示しました)。それをあえて問題にするのは,経営者が情報システムを恐れているのか,情報企業が情報化投資をさせたがっているのか,あるいは情報システム部門が自己の存在をPRしようとしているのか,何か作為があると思うのは邪推でしょうか?


本シリーズの目次へ