スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第6章 IT推進組織とその運営

IT推進組織の任務変化と問題点


主要組織の定義

ここでは、IT推進に関係する人たちを次の4つに区分します。

IT部門
 IT全般の直接的な運営を担当します。経営者や利用部門からみれば、ITの提供者(開発者、受託者)であり、ベンダからみれば利用者(発注者)だという2面性があります。
経営者・CIO
 ITを経営の観点からマネジメントすることをITガバナンスといいます。ITを経営戦略実現の武器だとする認識から、経営者がITガバナンスを掌握することが重要です。それを担当する経営者、すなわちITの最高責任者をCIO(Chief Information Officer)といいます。ここでは、経営者とCIOを区別したり、区別せずに経営者ということもあります。
利用部門
 ITを実際に活用する部門ですが、ここでは、IT部門以外の部門全体を指すこともあります。利用者としての経営者を含むこともあります。なお、利用部門に属する個人をユーザあるいはエンドユーザといいます。なお、利用者には社外の取引先や消費者もありますが、ここでは対象にしません。
ベンダ
 情報システムの構築や運用は外部に委託するとき、その委託先をベンダと総称します。情報子会社もベンダに入りますが、社内のIT部門として扱うほうが適切な場合もあります。なお、ベンダに対して、業務を依頼する企業をユーザ企業といいます。

各組織の任務変化

大量事務処理がIT化の対象であった頃は、IT部門に任務が集中していました。経営者の関与は限定的で、IT投資の費用対効果を評価すること、IT化に伴う部分的な組織や業務の変更を行う程度でした。情報システムの構築や運用を社外委託することは行われていましたが、IT部門の要員不足をカバーする位置づけでした。利用部門が情報システム開発のプロジェクトチームに参加していましたが、利用部門のニーズを開発者に伝えることが主任務であり、全体としては脇役の存在でした。EUCでも、IT部門がおぜん立てをした環境で利用する(当然、要求はしますが)立場でした。
 この頃のIT部門は、IT推進計画の任務をもっていましたが、ITが経営戦略に与える影響が比較的少なかったので、ことさらに重視する必要はなく、IT部門の管理職が業務の一環として行う程度、必要に応じて少数のスタッフが従事する程度でよかったのです。情報システムの構築・運用などのDP(Data Processing:データ処理)業務が主要な任務であり、それに従事する部員がほとんどでした。

1980年代の中頃から、大きな変化が起こりました。ITが人間の業務を支援するだけでなく、競争優位を確立する武器であり(参照:「SIS」)、業務革新を行うインフラ(参照:「BPR」)だと認識されるようになったのです。

そのためには、経営戦略とIT活用を統合する任務が重要になり、IT部門を戦略部門として位置付けるようになりました。戦略的な任務に専心させるためには、日常業務であったDP業務もしているのは不適切ですので、DP業務をアウトソーシングあるいは情報子会社化するようになりました。
 戦略部門であるIT部門を効果的に運営して、ITを戦略的に活用するためには、ITガバナンスが重要です。そのためにCIOが必要だとされ、CIOの職制を設ける企業が多くなりました。
 利用部門の任務も変わりました。これまでに情報検索系システム、パソコン、グループウェアなど、IT利用環境が大きく変化し、利用部門が直接にコンピュータを利用するようになりました。ITの戦略的な活用をするためには、業務をよく知り問題意識の高い利用部門が、IT推進の主役になる必要があります。さらに、DP業務が社外に移ると、利用部門には自部門のIT利用に関する当事者責任が従来以上に求められます。
 ベンダへの期待も変化しました。従来はIT部門の下請的な業務をしていたのですが、アウトソーシングではパートナーとしての行動が期待されます。受注した業務を受動的に行うだけでなく、ITの観点からユーザ企業の経営に関する提案をすることまで期待されるようになったのです。

各構成組織の問題点

このような変化にあたり、各構成組織が適切な活動を行えば、ITの経営への貢献が高まり、企業の競争力強化につながります。ところが現実には、満足な状態になっていないことが多いのです。それが、日本企業が米国企業などと比較してITの戦略的活用が遅れており、競争力が弱い一因だと指摘されています(参照:「IT投資の適用分野での国際比較」)。

以下、典型的な問題点を列挙します。なお、ベンダに関しては、社外組織であることから、ここでは省略します。

CIOがCIOの任務を果たしていない

CIOは、経営の立場からITを運営するITガバナンスの最高責任者です。その任務を遂行するには、経営とITに関する幅広い知識スキルと資質が必要になります。
 米国企業では、CIOはプロフェッショナルな職務であり、ほとんど専任になっています。それに対して日本企業のCIOは、大多数が他の職務と兼任しており、CIOとして活動する割合が低い状況です。しかも、IT部門経験者の比率も低く、ITに関する知識スキルが低いのです。これでは、CIOが存在したとしても効果的な任務達成は期待できません。
 兼任CIO、素人CIOが多い理由として、経営者全体が(タテマエはともかく)ホンネではITを重視してこなかったからです。米国では、SIS、ダウンサイジング、インターネットなどITのパラダイムシフトに経営者が真剣に取り組み、そのたびにCIOへの期待が変化したのに、日本ではそれほど深刻に受け止めませんでした。また、未だにCIOをIT部門担当役員として認識しています。後述のように、IT部門の社内的地位が低い状態なので、それを担当するCIOの重要性が軽視されているのだともいえます。
参照:「CIOに必要な知識スキルと現実」

IT部門が戦略部門として活動していない

コンピュータが導入されはじめた頃のIT部門は、業務改革のプロモータでした。ところが、対象業務が戦略的になり複雑になるのに伴い自信を失いました。IT部門のアイデンティティであったプログラミングやコンピュータに関する知識が大衆化され相対的重要性を失いました。その結果、極端には、御用聞き、下請的な部門になってしまったのです。これでは、戦略的部門として他部門にたいする影響力がありません。

戦略業務は本質的にハイリスク・ハイリターンの業務です。ところが従来のIT部門は、プログラミングやオペレーションでミスをしないことが最重要視されていました。リスク回避の組織文化だったのです。それで、戦略部門業務よりも予算管理やアウトソーシング先へのコストダウン要請など、従来業務に近い業務に逃避する傾向があります。兼任CIO・素人CIOは、その傾向を変えるだけの関心も能力もありません。
 そもそも、ITが経営に重要だとすれば、経営者自身がITに関する(技術ではなく経営者としての)知識スキルが必須なはずです。少なくとも、戦略部門である企画部門には、そのような人材を配置しているはずです。あえていまさらIT部門を戦略部門にする必要はないはずです。
 すなわち、IT部門を戦略部門にするのは、これまで経営者がITを軽視していたからなのです。経営者が軽視している業務に、効果的な活動を期待するのは虫がよすぎます。
参照:「IT部門を戦略部門にするときの留意事項」

また、アウトソーシングや情報子会社にDP業務を移管することは、社内にその業務を行う能力を失うことになります。社内能力の空洞化により、情報システムの構築や改訂を迅速に行うことが困難になります。特に、社内特有の機能が必要なコアコンピタンス業務を対象にするときは、その説明をするだけで時間をとられてしまいます。
 あるいは、移管の目的であったコストダウンが期待通りに実現できないこともあります。
 このような理由により、アウトソーシングの解約や情報子会社の本体復帰をする企業もでてきました。

IT部門の戦略部門化は、それ自体が目的ではありません。本質的には、経営の中枢にITの知識スキルをもつ人材を増加させることにあります。それならば、その候補者となるべき人材を育成して提供することも、一つのアプローチです。
 IT部門には情報が集中しており、その分析能力があります。利害が異なる多数の関係者がおり、不確定要素が大きいプロジェクトを達成する任務があります。このような知識能力をもつ人材は、経営の中枢に必要なだけでなく、どの部門でも求められる人材です。IT部門を人材育成部門だと認識することは、今後のIT部門の運営に役立ちます。
参照:「IT部門を人材育成部門に」

利用部門の当事者意識が低い

DP業務を移管する場合は当然、移管しない場合でも、IT部門が戦略業務に従事するためには、IT部員のDP業務を低減しなければなりません。それには、利用部門の協力が必要です。ところが、利用部門の行動が足を引っ張ってことが多いのです。

基幹業務系システムの構築では、次のような現象が起こります。
 ・いつになっても要件定義が決まらない、後工程になってから変更が続出する。
 ・過度な要求をして、情報システムを巨大化・複雑化させる。
 ・自部門の都合だけを主張して、全体最適化を阻害する。
 ・利用部門が行う作業を軽視している。その遅れが全体の遅れになる。
 ・検収でのテストに消極的である。
参照:「要件定義の重要性と留意事項」「非情報系活動の情報システム開発に及ぼす影響」

また、稼働してからも、多様な要求をしてIT部門の負荷を増大させています。業務に必要だから要求するのですが、そのなかには、情報検索系システムの普及により、利用者が自分で解決できることが多くあります。基幹業務系システムの規模を小さくするためにも、情報検索系システムの普及は大きな効果があります。
参照:「情報検索系システムによる基幹業務系システムの規模縮小」

ところが、運用が不適切だと、その効果がないばかりか、逆の状態になることもあるのです。
 エンドユーザが、簡易ツールを使うのも面倒なので、「1をクリックしたら○○集計表、2ならば△△分析表」というような「個別メニュー提供方式」を要求すると、それを作成するIT部門の負荷は増大してしまいます。また、グラフ化など体裁をよくすることこだわると、生産性向上にならないだけではなく、標準化を阻害することもあります。自分でできない人は、IT部門に作ってくれと要求します。
 さらに深刻なのは、Excelなどを利用して本来は基幹業務系システムとして構築すべき分野まで構築することです。作成者が人事異動すると、その情報システムは、仕様書すらないブラックボックスになってしまいます。その情報システムが財務報告に関係していると、内部統制で過失や不正が起こると指摘され、作り直しを要求されることがあります。
参照:「EUC運営での留意事項」