スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第1章 ITへの期待の変化

SIS


1980年代中頃になると、経営戦略に競争の概念が重視されるようになりました。そして、ITは競争優位確立のための武器であるといわれました。そのようなコンセプトをSIS(Strategic Information System:戦略的情報システム)といいます。

初期のSIS事例として、よく紹介されるのがアメリカン航空(AA)の座席予約システム(セーバーシステム)です。AAは社内での座席予約システムを構築していましたが、その端末を旅行代理店に配置したのです。当初の目的は、電話での言い違いや聞き違いのミス防止、社内オペレータの負荷低減などだったのでしょうが、これは旅行代理店の予約作業を画期的に便利にしました。それで、担当者は優先的にこのシステムを利用するようになり、AAは顧客獲得向上に成功したのです。その後、セーバーシステムは他の航空会社の便も取り扱うようになりましたが、それにより多額の手数料収入を得ました。さらに、乗客状況を分析することにより、収入の高い便の設定をすることができました・・・。
 このような例は数多くありますが、その多くは企業間ネットワークによる情報のオンライン交換です。日本では、1985年に通信の民営化により、やっと企業間ネットワークができるようになりました。例えば花王は小売店に発注端末を設置してシェア拡大を図りました。クロネコヤマトの宅急便もネットワークがその実現に大きく影響しています。セコムもガードマン会社からセキュリティやネットワークを主要事業とする会社に変貌しました(「振り返ればSIS」)

SISの概念によりこれらが構築されたというのは、必ずしも正確ではありません。初期のSIS成功例では、戦略的云々を意図したというよりも、仕事の仕方を合理化しようと考えた結果、そのシステムになったことが多いのです。SISという概念は後からつけられたものなのです。
   ワイズマン『戦略的情報システム』1985年
 これまでは、識者の提唱のほうが実際の活用よりも先行していました。それが、この頃から実際の利用のほうが先行するようになったのです。ですから、文献あさりの動向把握では競争に負けてしまいます。

IT部門の任務変化とCIO

EDPSでは手作業業務への支援、MISやDSSでは経営管理や意思決定への支援、OAではオフィスワーカーへの支援というように、それまでのコンピュータ利用は、人間の仕事を支援することが目的でした。それに対して、セーバーシステムは人間の支援ではなく、競争戦略のビジネスモデルの策定やその実現に直接貢献したのです。
 ITの活用が経営戦略に大きな影響を与えるようになりました。それに対処するには、IT部門の任務を大きく変化させる必要があります。

人間の手伝いとしての利用が主であった時代では、IT部門は情報システムを構築して運用すること、すなわち、DP(Data Processing:データ処理)業務が主な任務でした。IT部員には、そのような能力が求められ、その能力が優れた人をIT部長にするのが適切でした。
 ところがSISの時代になると、経営戦略とIT活用技術の統合が重視されるようになりました。経営戦略の実現のためにIT技術の適用を検討すること、IT技術動向を研究して経営戦略の策定に提言すること、すなわち、戦略業務が重要な任務になったのです。
 IT部門が戦略業務を行うには、IT部門を企画部門のような戦略部門として位置づける必要があります。そして、DP業務も任務とすると「短期は長期を駆逐する」ことになるので、DP業務を切り離して情報子会社にするとか、専門とするベンダにアウトソーシングする動向が進みました。

IT部門の変化

経営の観点からITをマネジメントすることをITガバナンスといいます。ITガバナンスを確立するためには、従来のIT技術者としてのIT部長ではなく、経営者のうちからITに関する最高責任者を任命する必要があります。その職制をCIO(Chief Information Officer)といいます。
 SISの概念が重視されるのに伴い、CIOを委員長、IT部門を事務局として、利用部門の役員や部長をメンバーとする経営情報委員会のような組織が作られ、その委員会でIT戦略の策定やIT予算の審議などを行うようになりました。

現実には、IT部門の戦略部門化とアウトソーシング、CIOの知識能力などには多様な問題があり、現在でも大きな課題として残っているのですが、それに関しては別章で取り扱います。