スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第6章 IT推進組織とその運営

IT部門を人材育成部門に


「IT部門を戦略部門にする」ことの真の目的は、経営とITの双方がわかる人材を経営の中枢に配置することにあります。さらにIT部門を対象にしているのは、ITの知識スキルをもつ人材を求めているからです。それならば、「ITのわかる人材を育成して経営中枢に提供する」ことも一つのアプローチであるといえます。
 ここでは、IT部門を人材育成部門として認識することを提案します。「IT部門で優秀な人材は、他部門でも必要な人材」であり、「IT部門は人材を育成するのに適した部門である」ことを示し、IT部門を人材育成部門と認識すべきことを提案します。
参照:「IT部門を人材育成部門に」

期待されるIT人材像

ここでの優秀なIT人材とは、プログラムを作れるとか、ITの動向を知っているだけではありません。次のような知識スキルを身に付けた人材だとします。そして、現在のIT部門業務を達成するには、このような知識スキルが重要になっています。

システム思考

昔の業務改革・改善は、「人間をソロバン業務から解放して、創造性のある業務に活用する」など単純なものでした。それらはすでに解決されており、現在残されたものは「○○の対処をすれば、△△に副作用が出る。それを回避しようとすれば□□がネックになる」というように複雑であり、しかも多くの分野に影響したものばかりです。このように広い観点から物事をシステムとして把握する能力が求められています。

IT部門の業務がまさにこれです。在庫圧縮が必要だとしたとき、販売部門、流通部門、生産部門あるいは他社も巻き込んだ情報システムが必要になります。このような問題を解決するには、多くの関係部門の業務や考え方を理解している必要があります。よく「IT部門は業務を知らない」といわれますが、販売部門が生産業務、生産部門が経理業務を理解している程度と比較すると、IT部門はかなり多くの部門業務を理解しています。しかも、それらの部門での課題も理解しているのです。

多様な価値観の統合

開発する情報システムの対象が、利用部門では社内から関係会社、海外へと広がってきました。開発メンバーも多様な関係者があり、場合によっては海外の関係者もあります。この情報システムへの期待もまちまちですし、対立することすらあります。海外との関係では価値観も違うし文化も異なります。

多くの関係者からなるプロジェクトを成功させるには、統一した目標を掲げて、力を結集することが必要です。ところが「企業のために頑張ろう」は到底通用しません。説得や妥協により一つの価値観に統一することはできません。異なることを互いに認識したうえで統合すること、さらには、異なることから1+1≧2へと向上させることが求められます。それがプロジェクトでの発注者であるIT部員の任務なのです。

プロジェクト管理・リスク管理

システム開発では、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなど多くのサブプロジェクトがあります。それらのサブプロジェクト間の調整をすることもIT部門の重要な任務です。また、プロジェクト遂行の間には、多様な思わぬトラブルが発生します。それに適切な対応をするだけでなく、常にリスクを認識して対策を講じておくことが求められます。

プレゼンテーション能力

これらの任務を円滑に行うには、自分の意見を正確に伝えること、しかも、相手が興味を持って理解するように伝えることが必要です。また、相手の話から、その本質を理解することが必要です。多様な利用者やベンダに対して、これができないとシステムの開発ができません。それで、プレゼンテーション技術はIT技術者の基本的能力とされています。

人材育成部門としてのIT部門

これらの知識やスキルは、どの部門でも必要ですし、特に企画・計画業務が多い部門では重要です。それなのに、IT部門以外で、このようなことを意識的に訓練している部門があるでしょうか?

IT部門は人材育成に適した部門

昔、幹部候補生は、まず本社経理部(主計局)に配属されました。そこには企業活動を示す予算や実績などカネに関する情報が集中します。そして、優れた指導者から、情報を分析する方法を学ぶことができるからです。
 現在では、IT部門にカネ以外の情報も集中しており、それを分析するソフトウェアも豊富ですし、IT部門はそれを活用する技術が業務の基本になっています。しかも、上述のように「優秀なIT人材」を育てる環境が整っています。IT部門こそ、人材育成に最適な部門なのです。

優れた大学が優れていると評価されるのは、その大学の卒業生が、社会で優れた仕事をするからです。IT部門も、そこで訓練された部員を他部門に提供して活躍させれば、IT部門の社内評価が高くなります。また、人材育成部門であると認識することにより、意識的に幹部候補生にIT部門を経験させるようになるでしょう。このようなスパイラルにより、IT部門を登竜門にすることができます。

人材育成部門になるために

IT部門を人材育成部門にするためには、人材育成ができる部門にする必要があります。利用部門の要求に応えるだけで精いっぱいな状況では、物理的にも精神的にも余裕がありません。

育成環境の実現
DP業務をアウトソーシングするのは、IT部門の負荷を削減して、求められる人材育成を行う余裕を与えることで効果があります。人員整理の手段としてアウトソーシングするのでは、この効果は得られません。
 アウトソーシングの副作用である技術の空洞化を回避しなければなりません。ハードウェアやソフトウェアに関するスキルを得るためには、それと接触する機会が必要です。アウトソーシングする場合でも、IT部門が自由に使える環境を用意しておくことが求められます。
 「優秀なIT人材」で述べた知識・経験を持たせることも必要です。そのためには、アウトソーシング先や委託先に丸投げをするのではなく、IT部門が主導権を持ってプロジェクトを運営することが必要です。
日常的な育成
単に業務を遂行するだけではなく、業務を通して人材育成をするしくみを作ることが必要です。単純な例でいえば、支店別売上表のプログラムを作成したときは、それを得ることだけでなく、売上が増加しか低減した理由を考えさせるようにすべきです。プロジェクトの進捗では、単に進捗状況の把握だけでなく、遅れた原因や対策、今後起こる可能性のあるリスクなどを考えさせることや、今後のプロジェクトの参考資料として活用ための分析をすることなどを指導する必要があります。
計画的なローテーション
IT部門は他部門とのローテーションが少ない傾向がありますが、人材育成部門なのですから、優秀な部員を積極的に他部門へ転出させることが求められます。IT部門自体が、戦力低下を理由に転出を拒むことが多いのですが、優秀な人材を転出させたほうが自部門にとっても有利なのだという認識が必要です。
 IT部門から直接に企業の幹部(役員や上位の部長など)になる機会は少ないでしょうし、IT部門だけでの経験では幹部になるのは不適切です。むしろ、IT部門を経験してから他部門で実力を発揮してから昇進することを想定するのが現実的です。
 このような人材育成をするには、IT部門に人的な余裕が必要になります。しかし、それによる効果は人件費増加よりもはるかに大きいのです。

転出者をヒーローに

単に優秀な部員を転出させるのでは、IT部門も困りますし、本人のキャリアパスに不利になることもあります。人材育成部門として成功させるには、そのための工夫が必要です。

ある悲劇(極端ですが)を示します。
 Aくんは、IT部門から支店に異動になりました。その支店では、ITができる人がきたということで、支店のIT業務一切をAくんに押しつけました。当然、サーバのデータのバックアップややネットワークの管理の担当になりましたが、トラブルが起こると「専門家のはずなのに」と非難されます。それに、「これをワープロで清書してくれ」「グラフにしてくれ」というような雑務まで押しつけられたのです。Aくんは、早く支店業務を覚えたいと思っているのに、会議にも「君はITで忙しいだろうから出席しないでいいよ」といわれるし、他の社員からも仕事の話をされません。
 Aくんは、支店の一員にもなれず、ITの発展にもついていけず、このような状態が続くのならどうしようかと悩んでいます。
 支店の社員も「ITに手を出すとAくんのようになってしまう」と思い、自宅ではパソコンを駆使しているのに、職場ではなるべくパソコンを触らないようにしています。・・・・

このような異動をしたのでは、本人にとって不幸ですし、EUCの推進やITマインドの向上を図っても徒労です。結果として、IT部門の利益にもなりません。
 最低でも、IT部門にいた期間が、他部門にいたとするよりも、本人のキャリアパスにおいてプラスにならない、転出がプラスにならないのでは、IT部長の責任が問われますし、そのような部門は人材育成部門として失格です。

転出させるにあたって、転出先の上司(支店長)と、転出者の扱いについて「転出者をヒーローにする」ことを合意しておくことが重要です。
その例(キレイごとですが)を示します。

IT部長は支店にBくんを転出させるにあたり、支店長にこういいました。「Bくんは、IT部門での優等生だ。Bくんの意見は私の意見だと思ってほしい。Bくんをコンピュータ屋ではなく、支店での業務改善・改革のプロモータだと考えて、支店長の懐刀のように指導してほしい」。
 支店長も、支店の業務を改善・改革するためにITの活用が重要だと思い、適切な人材をくれるように人事部に要請していました。支店長が想定していたレベルよりも優秀なBくんを得られ、IT部長に感謝していたので、その要請を受けました。
 そして、支店の社員にもBくんの立場を説明して、Bくんに協力するよう話しました。会議や得意先訪問にもBくんを同席させ、支店の状況を理解させるとともに、Bくんと話し合いを密にしました。
 優秀なBくんは、早期にそれを習得し、IT活用について提案をするようになりました。そのなかにはIT部門の協力が必要なものがありましたが、IT部門はBくんからの要請には優先的にサポートしましたので、提案は円滑に実現できました。
 そうなると、支店内でのBくんへの信頼が高まります。若い社員は、自分もBくんのようになりたいと思い、Bくんの仕事に協力するようになりました。それが、IT活用の効果をさらに高め、支店の業績が向上しました。
 IT部門は、支店からの要求をBくんが適宜調整するので、要求が少なくなるし、要求のポイントが明確なので作業が容易になりました。BくんがIT部門にいるよりも、転出したことにより、むしろ生産性が上がったのです。

参照:「情報化リーダーをヒーローにしよう」

業務統括部門にIT組織を

IT部門から直接に利用部門(現場部門)へ転出するのでは、あまりにも環境が違うので、即戦力になりません。そのため、不適切な取り扱いになりますし、全社的な観点からも不適切です。これは、現場部門からIT部門に異動する場合も同じです。
 それを解決するには、営業本部や本社経理部などの業務統括部門に、ITを担当する部署(以下「ITグループ」といいます)を設置して、IT部門と現場部門の間でのローテーションのクッションにするのが適切です。
 ITグループをクッションにすることにより、現場部門に異動する以前に、そこでの業務や課題、ITによる解決などに関する概要を把握できますし、その業務に関する経営戦略を知ることができます。IT部門への異動では、IT部門に関する誤解を修正できるし、ある程度のIT知識を得ることができます。

ITグループの組織を設置することは、ローテーションを円滑にする以外に大きな利点があります。

IT部門と現場部門との橋渡し

現場部門からIT部門へ多様な要求が続出します。現場部門から業務に不可欠だといわれると。IT部門はそれに対抗するだけの力はありません。結果として、基幹業務系システムが複雑になり、情報検索系システム運営の負荷が増大します。
 業務統括部門は現場部門に対して指導的な立場です。その方針と異なる要求であれば却下できますし、ある支店からの要求が適切なものであれば、全支店で利用できる情報システムにすることをIT部門に要求できます。

EUC推進の主体

情報検索系システムには、公開ファイル提供方式と個別帳票メニュー提供方式があります。個別帳票メニュー提供方式は、利用者の操作は容易になりますが、限られた情報しか得られないし、そのメニューを拡充するにはIT部門の負荷が増大します。それで、一般的には公開ファイル提供方式の普及が望ましいといわれています(参照:「ユーザの過度依存症」)。
 しかし、個別帳票メニュー提供方式の利便性も重要です。その開発をIT部門に集中させるから問題になるので、ITグループが利用意義を検討して、必要なメニューをITグループで作成すればよいのです。公開ファイル提供方式でも、どのような項目が必要か、どのような項目で集約した派生ファイルが必要かなどをITグループが判断してIT部門に要求すれば、無駄のない体系になります。
 すなわち、EUCのインフラはIT部門が提供し、その活用方法はITグループが担当することになります。

経営中枢への人材提供

IT部門を人材育成部門にする目的は、経営中枢に人材を提供することにあります。業務統括部門自身が経営中枢の一翼でもありますし、経営者や企画部門とのコミュニケーションが密な部門です。
 IT部門から直接に経営陣や企画部門にいく機会は稀ですが、業務統括部門は既に登竜門としての部門になっています。それで、IT部門から現場部門に転出し、そこで活躍した人材を、業務統括部門に異動させ、そこで経営戦略や経営者の考え方などを理解させるのが適切です。このようなキャリアパスこそCIOにふさわしいといえます。そこでも優秀性が経営者に認められたら、役員に登用される機会がありましょう。
参照:「業務統合部門にEUC支援グループを」