日本の大企業を対象に、経営におけるITの位置づけが、時代によりどのように変化してきたかを、ITのコンセプト、利用形態、ネットワークの観点から整理すると、下図のようになります。経営からの要請とネットワークの発展により、利用形態が多様になってきたことがわかります。本章は、この図の説明をすることが主な内容ですので、必要に応じて参照してください。
ITの歴史は、コンピュータ利用の大衆化の歴史だといえます。利用層が増大するのに伴い、経営におけるITの位置づけが変化し、位置づけが変化するのに伴い、大衆利用が求められます。その原動力は、コンピュータ自体の進化によるのは当然ですが、それにもまして、ネットワークの発展が大きく影響しています。
およそ次の4世代に区分されます。
- 古代・中世(~1970年代中頃)EDPS、MIS
日本の大企業にコンピュータが導入され、販売システムや会計システムなど、大量データの定例的・定型的な処理がシステム化されました(これを基幹業務系システムといいます)。事務作業の合理化が進むとともに、経営管理者の管理・統制ツールとして活用されるようになった時代です。コンピュータの利用はIT部門に限られ、利用者からみれば「あなた作る人、私食べる人」でした。いうなれば貴族の時代といえましょう。
→参照:「EDPS」、
「MIS」
- 近世(1970年代中頃~1980年代中頃)DSS、パソコン
TSS技術の発展により、1台のコンピュータを多数の端末から共同利用できるようになりました。さらにパソコンがオフィス業務に活用されるようになりました。基幹業務系システムで中央のコンピュータに蓄積されたデータを、経営者やIT部門以外の人(エンドユーザ)が、任意の切り口で検索加工し、パソコンに取り入れて二次加工することができるようになったのです。企業内でのコンピュータ利用の大衆化の時代だといえます。
このように任意の加工をすることにより意思決定に役立てる概念をDSS(Decision Support System:意思決定支援システム)あるいは情報検索系システムといい、エンドユーザが自主的にコンピュータを利用することをEUC(End-User Computing)といいます。
→参照:「DSS」、
「OA」
- 近代(1980年代中頃~1990年代中頃)SIS、BPR
1980年代中頃になると、企業間ネットワークを利用して、発注端末を小売店に設置して自社への注文を増加させるような戦略的利用が活発になりました。それをSIS(Strategic Information System:戦略的情報システム)といいます。コンピュータ利用が企業の壁をこえて社外へと発展したのです。また、1990年代になると、BPR(Business Process Reengineering:リエンジニアリング、業務革新)が重視され、ITはその実現のための不可欠なインフラであるとの認識が高まりました。
従来のコンピュータ利用は、人間の業務を支援する立場でした。ところが、SISの時代になると、ITの活用自体が競争戦略で優位になる武器になったのです。そうなると、IT部門はシステム構築や運用などのDP(Data Processing:データ処理)業務よりも経営とITの橋渡しをする戦略部門であるべきだとされ、経営の観点からITを運営するためにCIOが重要だといわれるようになりました。歴史的にいえば、近代国家の成立だといえましょう。
コンピュータ分野でも1980年代末頃からパラダイムシフトが起こりました。パソコンの価格性能比が急速に高まり、それまでの大型汎用コンピュータによる集中処理から、パソコンをLANで接続した分散処理へと移行するダウンサイジングが進みました。もはやコンピュータはIT部門の独占ではなくなりました。しかも、パソコンの分野では、IT部員よりも高い知識をもつエンドユーザすら出現したのです。民主主義の成立だともいえます。
→参照:「SIS」、
「BPR」、
「ダウンサイジング」
- 現代(1990年代中頃~)インターネット、IT革命
1990年代中頃から急激に普及したインターネットは、日常生活から国家経済に至るまで広範囲に急激な変化をもたらし、IT革命といわれました。インターネットはその後も急速に発展し、2000年中頃には、ユビキタス社会といわれるようになりました。
この変化はビジネスにも大きなインパクトを与えました。大学生が起業したベンチャービジネスが短期間で世界でのトップビジネスになったり、この波に乗り遅れた大企業が没落するなど、従来の産業秩序の崩壊が生じました。もはや、IT活用の適否が企業存亡にまで影響するようになり、「経営=IT」とすらいわれるようになったのです。
情報システムの分野では、インターネットを前提としたシステムが当然になりました。SaaSやクラウドコンピューティングなどのように、ハードウェアやソフトウェアを自社で所有しない利用形態が注目されています。一般の人は、従来は企業に入ってコンピュータ環境を与えられ、企業が用意した利用形態で利用していました。現在では、一般に社会で普及しているコンピュータ環境を企業でも使っていることになり、利用内容も一般的なインターネット利用が主であり、企業内システムがむしろ従のようになってきました。
このように、インターネットは大きなパラダイムシフトであり、インターネット以前・以後を紀元前・紀元後だと区分することすらできるかもしれません。
→参照:「インターネットのインパクト」
流行語のような専門用語をバズワード(buzzword)というのだそうです。バズワードには栄枯盛衰があり(参照:「ハイプ曲線(hype-cycle)」)、それらの多くは現在では死語になっています。だからといって、その概念の意義を失ったのではありません。例えば、現在でも基幹業務系システムは重要な利用形態ですし、SISやBPRはIT経営での基本です。「いままでは~、これからは~」なのではなく、いままでの概念に加えて新しい概念が重要になったのだと理解すべきなのです。