スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第1章 ITへの期待の変化

EDPSと基幹業務系システム


日本の大企業が本格的にコンピュータを導入しはじめたのは1960年代です。当時はコンピュータのことをEDPS(Electronic Data Processing System)といいました。文字通り、従来の手作業を電子化することが目的でした。
 当時のコンピュータは機能・性能が貧弱で高価でした。プログラムやデータは紙カードや紙テープに穿孔していました(写真)。コンピュータが並行処理できないので順番待ちになり、日中は数回しかテストできない状態で、夜間に行うことが多かったのです。それで、大量データを単純な処理をする分野、しかも繰り返し使う分野に適用するのが適当です。それで、給与計算、売上計算、会計計算などが対象になりました。
 このように、定例的に定型的な処理を行う利用分野を基幹業務系システムあるいは基幹系システムといいます。基幹業務システムの目的は、大量データを正確に迅速な処理を行うことにより省力化を図ること、人間を計算業務のような無味乾燥な業務から解放して、人間でなければできない付加価値の高い業務につけることにあります。

しかし、単に手作業を機械化したのではありません。例えば東京支店と大阪支店で売上の定義が違っていたり、販売の方法が異なっていたりしたのでは、プログラムが複雑になってしまいます。また、手作業をベースにした組織体制や業務の仕方をコンピュータの処理の流れに合わせて全面的に見直すことが必要です。このように、コンピュータ導入を機会に業務の標準化や見直しをすることが重要であり、それがコンピュータ導入での効果を得る秘訣だといわれました。
 その見直しで重視されたのは、データの重複入力を防ぐことでした。例えば販売システムでの出力である売上データは会計システムでの売掛金データとして入力できます。販売での売上データと購買システムでの仕入データを突き合わせれば、自社が仕入れている相手に自社製品をどれだけ売っているかの情報が得られます。それで、縦割りのシステムにするな、全体的なIT化計画が必要だとも指摘されました。このように、データの入力は1回のみにして、そのデータを多様に活用するべきであり、そのためには、個々のシステムを単独に扱うのではなく、全体的な構想で考えるべきだという概念をIDP(integrated data processing)といいます。

基幹業務系システムを構築すると、それにより業務の仕方が規制されます。すなわち、基幹業務系システムは業務ルール(ビジネスプロセスモデル)でもあります。そして、経営戦略(ビジネスモデル)は業務活動により実現するのですから、業務改革、業務改善の観点からシステム化を考える必要があります。そのため、当時から経営者や利用部門が自分の問題だとして、積極的に関与することが重要だともいわれました。(蛇足)

「コンピュータ導入は儲かるのか?」は、当時でも重要な問題でした。当時の小話です。「社長が『コンピュータを導入する。これを機会にビジネスの仕方を抜本的に変えよ』と指示して、改革の具体策が得られた時点で『コンピュータは高いので導入はやめる。コンピュータなしで改革路線を推進せよ』というのが、コンピュータで儲ける秘訣だ」。

当時のIT部門は「電算室」(電算=電子計算機=コンピュータ)とか「IBM室」(国産機も出現していましたが、当時はIBMが独占の状態でした。1964年発表のIBMシステム360は、その後のコンピュータアーキテクチャの基本になりました)などの名称でしたが、当時、私が所属していた企業では「合理化推進室」という名称にしました。業務合理化が目的であり、コンピュータは手段にすぎないという発想です(1950年代後半に国鉄(現JR)で大量な人員整理が行われ、労組が大規模な反対闘争を行いました。その闘争スローガンが「合理化反対」でした。「合理化推進室」という名刺を出すと「首を切る仕事ですか」といわれたりしました)。