クラウドコンピューティングとは、ベンダが提供する情報システム(ソフトウェア)を、ベンダ所有のサーバを用いて処理し、そのデータまでもそのサーバに保管するという利用形態です。ユーザ側では、インターネットに接続するクライアントだけを置けばよいことになります。インターネットの高速化・低廉化に伴い、2000年代後半から普及してきました。(参照:「クラウドコンピューティングの歴史」)
歴史的にシステム調達方法の変化をみると、従来は自社仕様のシステムを独自に構築していました。「作る」でのシステム調達です。それが、ERPパッケージの出現により、出来合いのシステムを購入して使うようになりました。「買う」に変化したのです。それがクラウドコンピューティングでは、情報資源がすべてベンダ側にあるのですから、「所有から利用へ」の変化だといえます。(参照:「外部委託の形態」)
クラウドコンピューティングと似た概念に、ASP(Application Service Provider)、SaaS(Software as a Service)があり、ASP→SaaS→クラウドコンピューティングと発展してきました。しかしここでは厳密な定義はせず、同義語として扱います。(注)
ASPはベンダが情報システムを提供し、ベンダのサーバで処理するという概念でした。グループウェアやERPパッケージなどのソフトウェア(Application)をベンダのサーバに設置して、インターネットでアクセスする形態です。
SaaSでは提供する情報システムを「サービス」という単位に分割して、必要な機能だけを使えばよいというようになりました。ASPでは既存のアプリケーションを単に利用するだけなのに対して、SaaSでは、サービスを単位にして組合せ、自社の情報システムを構築できることが異なるという人もいます。
また、同じサービスを複数のユーザが利用するときに、情報の交換を容易にする仕組みがあることなどが異なると指摘する人もいます。
クラウドコンピューティングはSaaSと同意語だとして使うこともあれば、SaaS(システム(サービス)の提供)、HaaS(ハードウェアの提供)、PaaS(開発環境の提供)を合わせてクラウドコンピューティングといい、SaaSはクラウドコンピューティングの一部だとすることもあります。(参照:「クラウドコンピューティングの機能」)
すべてのシステムがクラウドコンピューティングに移行した場合、IT部門には情報資源がありませんし、何をするにもベンダに依頼するしかありません。データ処理に関してはIT部門は不要になります。
そのときのIT部門は、IT戦略策定などを行う戦略部門になっていないと、存在そのものが否定されることになります。
クラウドコンピューティングには、次の利点があります。また、これらの利点が得られるような利用をするのが適切です。
ハードウェアの調達やシステム開発の初期費用が不要です。中小企業では、IT導入の壁を低くできます。
また、不適切だと判明したり不要になったら解約できるので、投資リスクが低減されます。一時的に必要な情報システムや新規システムの実験には非常に適しています。
甲府市の例
2009年に定額給付金の支給が行われた。2008年12月20日に閣議決定、2009年3月4日に法律成立。支給時期は各地方自治体に任されたが、4月から開始した自治体が多い。
各地方自治体では、住民情報や支給管理のために情報システムが必要になる。それを短期間で構築しなければならない。しかも、この支給は1回限りであり、使い捨ての情報システムになる。
甲府市は、定額給付金管理システムを、ハードウェアおよびソフトウェアの購入やシステム開発が不要で、早期導入が見込めることを理由にSaaS(Salesforce over VPN、NTTコミュニケーションズとセールスフォース・ドットコム)を採用した。それにより2週間で開発でき、コストは従来の半分程度(数百万円)だったという。
利用料金が利用頻度やデータ量による従量制で、固定費が変動費になります。状況により増加・削減するのが容易になり、IT関連費用を制御しやすくなります。また、中小企業でも大企業と同等のIT環境が安価な費用で利用できます。
コンピュータリソースがベンダ側にあるので、セキュリティ監視、データのバックアップ、ハードウェアやソフトウェアの資産管理などの作業が不要になります。これは情報システムのTCOを低減するのに効果的です。
ベンダが受発注システムを構築して、対象なるユーザ企業に加入を求める形態があります。この場合、データ交換はベンダのサーバ内で行われるので、運用が容易になります。
小売業と卸売業の業務を統合した情報システムが構築されていたとしましょう。多数の小売業や卸売業が加入すると、従来個々のWebサイトで構築していた受発注業務を同一のサイトにまとめることができます。相互に情報公開の協定を結べば、あえて受発注作業を行わなくても情報システム内で自動的に行うことができます。納品書や請求書の発行、決済業務まで不要にできるかもしれません。
これらは、資金面、人材面での制約が多い中小企業にとって、IT化を進めるときの障害を回避するのに適しています。そのため、国では中小企業のIT推進にSaaS(クラウドコンピューティング)が適していると指導しています(「国のSaaS推進政策」)。
大企業では、リスクの高い挑戦的な情報システムに取り組む場合、当初はクラウドコンピューティングを利用して試行錯誤を行い、成功が保証された段階で自社開発・運営に切り替えることができます。
実際にクラウドコンピューティングを利用するには、次のような事項を考慮する必要があります。
クラウドコンピューティングではソフトウェア部品を利用して独自の自社システムが構築できるといっても、基本的にはERPパッケージと同様に共通仕様の制限がありますし、独自仕様をアドオンすると初期費用が高くなります。自社に合ったサービスを選択することが重要になります。
また、これもERPパッケージと同様に、情報システムの保守改訂をベンダに依頼するので、即応できるかどうか不安があります。
すべての業務がクラウドコンピューティング環境にすることができず、自社コンピュータも併用している場合、互いの連携のために、多様な工夫が必要になります。
ERPパッケージでもシステム間のインタフェースが必要になりますが、クラウドコンピューティングではインターネットでデータの転送を行うのですから、さらに面倒になります。例えば、得意先マスタを使う販売システムがクラウドコンピューティング、会計システムが自社コンピュータで行うとき、一方で得意先マスタを更新したらデータをリアルタイムに送信して更新する必要があります。
そのため、クラウドコンピューティングではサービス単位で利用できるとはいっても、現実には独立した単位でないと利用できません。
特に問題になるのは、情報検索系システム的な利用です。その重要性はベンダも理解しており、多様な検索ができるようにはしているでしょうが、ベンダの想定外の加工をするとなると小回りがききません。
大量データの送信や分散されたファイルの同期の問題は、インターネットの高速化や分散アプリケーション技術の発展により、次第に解消しつつあります。ところが、各ベンダのサービス部品間の相互連携が未だ不十分なのです。
「受注」「在庫確認」「出荷」などのサービス単位で、それぞれ複数のベンダを使いわけることができれば、自社のニーズにマッチした情報システムが構築できます。それがクラウドコンピューティングの本来の目的であり、SOAでの「サービス」と同じ概念の単位で、標準化したインタフェースで提供すべきです。ところが現実には、ベンダ間での互換性がありません。
そのため、一部の機能が不適切なので利用できないこともあります。逆に、あるサービスを利用したがために、他のサービスもそのベンダを使わなければならず、ベンダに抱え込まれることもあります。
自社にはクライアントしかないのですから、インターネットがダウンすると、すべての業務がストップしてしまいます。ベンダのサーバが土地や人件費が安価で自然災害の少ない海外に設置されていることもあります。その安定性(ネットワークのトラブルなど)、効率性(レスポンス時間など)が重視される分野では、慎重な検討が必要になります。
データまでもベンダに置くので、自然災害や不正利用などセキュリティの不安があります。一般的には、自社よりも高い対策を講じているので、むしろ安全だといえます。
しかし、データセンターは攻撃のターゲットになる機会が多いし、データセンター内部での不正行為への不安があります。これはベンダへの信頼感の問題です。
大きな問題は、データセンターが海外に設置されている場合です。データ等の秘密はサーバの設置国の法律や政策に従いますが、国家権力が合法的にデータを閲覧できることが認められている国もあります。
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