スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第3章 個別システムの調達(1)

情報システム調達契約での留意事項


情報システムの調達・運用において、発注者と受注者の間でトラブルが発生することが多く、裁判にまでなることもあります。そのトラブルを解決する基準が契約です。情報システムの取引には特有な留意事項があります。その典型的なものを示します。

参考:経済産業省「情報システム モデル取引契約書」
第1版(一般の情報システムを対象) 追補版(SaaS/ASPを対象)

契約の種類

情報システムを構築するには、情報システム開発だけでなくハードウェアやネットワークなど多くのベンダがあります。大規模システムでは、情報システムを複数のベンダに分割することもあります。また、情報システムの設計、実装、運用などの工程別に発注することもあります。それらにより契約方法が異なります。

個別発注とシステムインテグレータ契約
 情報システムを調達するには、システム開発の作業だけでなく、ハードウェア、ネットワーク、ミドルウェアなど多くの調達が必要です。それらをすべて一つのベンダでカバーできることは稀であり、それぞれ専門のベンダが参加します。
 これら個々のベンダに分割して個別発注するのは、発注者にとって面倒なだけでなく、進捗でのベンダ間の調整やトラブル発生時の責任をもつベンダの認識など、高度な管理能力が求められます。それで、大規模システムの調達では、土木・建設業界のゼネコンのようなシステムイングレータに、業務一式を発注するのが通常です。
一括契約と分割契約
 情報システム開発の全プロセスを一括して契約することが多いのですが、これには問題があります。本来ならば、システム仕様書に基づいて契約するのが当然ですが、RFPや提案書からシステム設計書を作るまでには、多様な作業が生じます。要求(何をしたいのか)の再収集や分析、取捨選択などが必要ですし、どのように実現するかについても、個別システムとして作るのか、ERPパッケージなど汎用的なソフトウェアを利用するのかなどについて決定しなければなりません。実際には、このプロセスにより、システムの規模が以前に想定してよりもかなり大規模になることが判明し、見積金額や納期について発注者とベンダの間で、トラブルが発生することが多いのです。システム仕様書作成までの工程と、それ以降の工程を分割して契約するのが適切なのですが、未だに悪い習慣が残っています。

契約内容での留意事項

情報システム調達に特有の契約内容で留意すべきことを列挙します。これらは素人間で決定すべきではなく、法務部門の協力を得ることが必要です。

著作権の帰属
 請負契約の場合、とくに取り決めがないと、ベンダが作成した書類やプログラムの著作権はベンダに帰属します(参照:「著作権の帰属」)。自社がベンダに渡した情報をベンダが整理して書きなおした文書ですら、ベンダが著作権を持っています。自社システムを他社に売買するどころか、講演会で発表するとき、社内での説明会で配布することさえ、ベンダの承認がないとできないのです。やや理不尽のようですが、これは著作権法に基づくものです。これを避けるには、「著作財産権は発注者に譲渡する」「著作人格権を行使しない」という契約をする必要があります。
 しかし、ベンダには、このシステム以前に開発していたプログラム部品を用いていることもありますし、このシステム作成時に他にも再利用するための部品を開発しているかもしれません。すべて発注者が著作権を持つのでは、ベンダは部品の再利用ができなくなります。また、部品のなかには第三者が作成したものもあります。このように、著作権の問題はかなり複雑なのです。
ソフトウェア特許・ビジネスモデル特許
 知らないうちに開発したシステムの一部が第三者の特許に抵触していることがあります(参照:「特許法の概要」)。それを主張されると、情報システムが使えなくなり、業務自体が遂行できなくなる危険があります。情報システム関係の特許はかなり専門的ですので発注者が調査するのは困難です。それに抵触しないようにすることをベンダの責任であるとする契約を結ぶことが必要です。
企業秘密の保護
 システム開発を受託することにより、ベンダは発注者の企業秘密に接する機会があります。一般に契約書で秘密保持契約を結びますが、「秘密とは何か」が問題になります。不正競争防止法(参照:「不正競争防止法」)では、営業秘密とは秘密として管理しており,有効性があり,未だ発表や新聞報道など公然になっていないものだとされており、営業秘密とするには、かなり厳しい条件になっています。これよりも広く適用するには、そのような契約が必要になります。
 また、発注者とベンダの担当者間で安易な情報提供が行われがちですが、窓口を一本化して、「秘密」と明記するなどの運用をすることが大切です。なお、個人情報については、原本ではなく仮名にしたものを渡すなどの対処が望まれます。

情報システム調達契約に関する補足

偽装請負問題
 情報システム調達での契約に、請負契約と派遣契約があります(参照:「契約の種類」)。その基本的な違いは指揮命令系統の違いです。
 請負契約の場合は、ベンダが情報システムを完成させることを請け負うので、ベンダの社員への指揮命令権はベンダにあり、発注者が直接にベンダ社員に指揮命令することはできません。それに対して派遣契約の場合は、派遣者に直接に指揮命令することができますが、派遣に関しては労働者派遣法による規制があります(参照:「労働者派遣法」)。
 発注者からすれば、情報システムの完成を保証してほしいし、直接に指示できるほうが便利です。それで、形式的には請負契約にして、実質的には派遣のような取り扱いをしがちです。それを偽装請負といいます。これはベンダとの間で合意しても、労働者派遣法や職業安定法に違反する行為なので、合意は無効であり、罰せられます。
 請負契約の場合でも開発環境の都合から、ベンダ社員が発注企業で作業をすることがあります。このとき、安易な気持ちで、発注側の社員がベンダ社員に指図をしてしまうことがあります。それ自体が違法行為ですし、そのような非公式の指図が、仕様変更への追加費用に関するトラブルになることが多いのです。このようなことを、周知することが大切です。
多段階下請への考慮
 受託ソフトウェア業界では、元請だけで受注業務をこなせるだけの要員を抱えておらず、必要に応じて下請を使うのが通常になっており、しかも、2次下請、3次下請のように多段階になる場合もあります(参照:「情報サービス業の課題と対策」)。そのため、発注側からみて不適切な下請が参加している場合もありますし、元請との契約内容が正確に伝わっていないこともあります。
 それを回避するために、多段階下請を禁止するとか、下請に出す場合には発注側の承認を得ることなどを契約に盛り込むこともあります。