スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第2章 IT投資の費用対効果

IT投資評価で経営者が考慮すべきこと


「IT」に惑わされるな

「IT投資がわかりにくい」といわれますが、わかりにくいことのほとんどは、あまりITの知識を必要とするものではありません。それなのにわかりにくいと思うのは、「IT」という言葉に過剰反応して、ITの知識がない、システム調達費用がわからないからすべてがわからないように錯覚しているのです。

そもそも、純粋なIT投資は存在しません。評価の対象は、IT投資も含む業務改善・業務改革プロジェクトなのです。そして、狭い意味での情報システム構築よりも、組織や業務を改善・改革する非IT系活動のほうがプロジェクトの成否に大きな影響を与えるのです(参照:「自社カードプロジェクト失敗例」「Web構築での失敗例」)。しかも、関係者の作業や取引の変更などを考慮すれば、非IT系活動のほうが大きな費用になることも多いのです。
 すなわち、IT投資だけを取り出して費用対効果を問題にするのは、木を見て森を見ないことになりますし、ましてIT部門にプロジェクト全体の費用対効果を求めるのは無理があります。

IT投資とプロジェクトの投資を混同してはなりません。それなのに、とかく、非IT活動の成果までもあたかもITの効果だとわざと混同して喧伝している風潮があります。ベンダがそういうのは営業上の都合ですから致し方ないのですが、経営者までが混同したのでは困ります(参照:「情報化推進の妄信と危険」)。

(注)「IT投資」と「IT部門」を混同するな
 このような主張をすると、IT部門から「われわれの任務を過小評価するな。業務改善・改革こそ真の任務なのだ」と反発されます。望ましいことです。しかし、これは「IT投資はIT部門の固有業務だ」と考えている証拠です。情報システムが必要なのはIT部門よりも利用部門ですから、その費用対効果を示すのは利用部門であり、IT部門は(費用に関して専門的な助言は必要ですが)それを査定する立場のはずです。
 また、IT部門がプロジェクト推進を担当している(本当に権限が与えられていますか?)場合でも、対象となるのはプロジェクト全体であり、情報システム構築はその一部に過ぎないのですから、あえて「IT投資」という名称にするのは不適切です。

ITの費用対効果の評価はむしろ簡単なのだ

経営者は、非IT系活動に対する評価には熟達しています。プロジェクトのうち、非IT系活動の評価ができれば、それから逆算してITにどれだけ費用をかけてよいか計算できます。ここで重要なのは非IT系活動が主で、情報システムが従の関係だという考えです。
 現在では、ITを用いない業務改善や業務改革は存在しません。必要最小限の機能をもつ情報システムは不可欠なのです。それを「梅」のレベルだとしましょう。梅レベルならば費用もあまり大きくないし、それを比較的精度よく見積もるのはIT部門にとっては容易ですので、それを信頼してよいでしょう。
 そして、ITにかけられる費用限界まで使ったときの情報システムを「松」のレベルだとしましょう。

IT投資の費用対効果の問題は、梅から松の間のどのレベルを選択するかという問題になります。この違いは「情報システムにどの機能を追加するか」とか「使いやすくするためにどうするか」といった「見える」ことに関する事項だけになります。それならば、評価をするのはかなり容易になりましょう(参照:「プロジェクトと情報化の関係」)。

過度な費用対効果追求は困る

IT投資とプロジェクト投資を混同していると、多様な副作用が生じます。
 経営者が投資の費用対効果に関心を持つのは当然です。しかし、それの矢面に立たされるのはIT部門の部長などの管理職です。

インフラ投資案に対して費用対効果を追求されても困ります。グループウェア導入で紙の節減量やその金額評価の根拠を示せといわれても困ります。流通システムの構築で222の法則をなくせといわれても困ります。わからないのは経営者もIT部門も同じなのです。
 それに、組織・業務の変革など非IT系活動の実現性について聞かれても困ります。そもそも、権限のない事項に責任を持つ返答ができるはずがありません。

でも、経営者の質問には答えなければなりません。わからないのですからデッチアゲの報告になります。経営者はその不備をすぐに見抜いてさらに質問し、IT部長はさらにデッチアゲに苦労します。IT部長は、このような不毛な作業に多大なエネルギーを消費していることが多いのです。費用対効果を追及することの費用対効果を認識する必要があります。

「精度」よりも「制度(ルール)」を

紙を1枚減らす効果は、1円から数百円までの値になりますし、パソコンの維持にかかるTCOは購入費用の数倍になります。計画と実績には大きなギャップがあります。システムの寿命は環境変化で決まります。このような状況で、精度のよい費用対効果を算出ことはできません。2倍程度(例えば1億円としたら5千万円~2億円)の幅に予測できれば御の字だといってもよいでしょう。

だからといって、いい加減でよいというのではありません。最も重要なのは、見えない、気づかない項目を減らすことです。パソコン購入では、利用部門の人件費まで考慮するかどうかで、おそらく2倍程度の違いがあるでしょう。効果の実現性に関しても、それを阻害する要因を列挙することが大切です。
 次に、それらの項目を、どのような考え方で金銭評価をしたかを明確にすることです。紙の価格では、購入費だけにしたのか、保管や検索の効果まで組み入れたのかを明確にすることです。
 ここまでできれば、それらの金額評価になりますが、どうせ正確な数値は出せないのですから、関係者間で合意することが必要です。
 このような手段が制度になれば、合意しやすい評価基準ができますし、学習によりそれを改善することができます(参照:「指標評価による効果測定法とその限界」)。

費用対効果を行う真の目的を

投資を行うには、費用対効果を考えることは当然です。しかし、その成熟度が低い段階で、信頼性の高い金額的評価をせよといっても、かえって副作用が生じます。

むしろ、投資の是非を決定することだけを目的とするのではなく、プロジェクトマネジメントの一環として考えるべきなのです。プロジェクトマネジメントでは、コスト・納期・品質について、常に状況を監視して、目標との差異を把握して、目標達成への対策を講じること、発生しそうなリスクを認識して対策を検討しておくことが重要です。それには、費用対効果のために検討した資料が役に立つのです。
 日経コンピュータ(2008年12月1日号)の調査では、コスト・納期・品質のすべてが計画内で達成できた成功率は、全体では31.1%なのが、コスト・納期・品質のうち一つでも定量的に管理していた場合、成功率が45.6%になったそうです。

さらには、このような管理を継続的に行っていくことにより、費用対効果に関する学習が進み成熟度が向上します。その結果、信頼性の高い評価ができるようになるのです。