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部品:「レジスターの歴史」「流通コードの歴史」「スーパー、コンビニの歴史」

POSの歴史



全体の流れ (拡大図)

スーパーやコンビニでは、POSシステムが単なるレジ業務の合理化だけでなく、単品管理による商品計画や在庫管理など経営の中核を担う情報システムになっている(参照:「小売業の情報システム」)。その最も重要な機器がPOSレジスター(POSターミナル)である。これは金銭登録機(キャッシュレジスター)とも呼ばれるが、ここでは、POSシステム以前のレジスターを金銭登録機といい、POSシステムでのレジスターをPOSレジスターということにする。

POSシステムが有効になった、すなわち、金銭登録機からPOSレジスターになったのは、共通商品コード(米国ではUPCコード(1973年)、欧州ではEANコード(1977年)、日本ではJANコード(1978年))が策定され、バーコードがソースマーキングされるようになったからである

レジスターの世代は、次のように区分することができる。
金銭登録機の時代
  第1世代:1914年、第1次世界大戦開戦まで:真鍮製レジスターの時代
  第2世代:1945年、第2次世界大戦終戦まで:スチール製レジスターの時代
  第3世代:1950年代後半~1960年代、国産レジスター、国内での利用の高まり
     (米国では、第2世代と第3世代の間に大きな違いはない)
  第4世代:1970年代:ECR(電子式金銭登録機)の時代
POSレジスターの時代(日本では1978年、JANコード策定による)
  第5世代:1980年代~1990年代中頃:POSの時代
  第6世代:1995年以降:オープンPOSの時代
  第7世代? セルフPOSの時代

第1世代:1914年、第1次世界大戦開戦まで:真鍮製レジスターの時代

レジスターは、James Rittyが1878年に発明したとされている。そして、1884年にJohn H. PattersonがRittyから販売権利を買い取って設立したNCR社(National Cash Register Company)が、その後のレジスターの歴史を作ったといえる。
 この頃のレジスターは真鍮製で、現在からみると美術品のようなものだった。実用品ではあるが、店内装飾品でもあったのである

第2世代:1945年、第2次世界大戦終戦まで:スチール製レジスターの時代

第1次世界大戦が始まると民生用の銅が不足し、その後はスチール製になった。実用品として多様な機能が付け加えられるようになった
 日本では、1926年に間宮精一が日本最初のレジスターを開発した。1928年に藤山愛一郎がその事業化のために日本金銭登録機を設立した。しかし、米NCRなどと競争できるレベルではなく、結局はNCRの子会社の立場になる。そして、第2次世界大戦が始まると、外資排除により東京芝浦電気(現東芝)が買収して同社大仁工場となった。しかも、軍需生産のため、レジスターはほとんどの生産されなかった

第3世代:1950年代後半~1960年代

1950年代後半になると、日本経済は戦後を脱却して高度成長期に入り、有力なスーパーが開店するようになった

消費経済の発展はレジスターの需要を増大する。戦時中排除された米NCRと日本金銭登録機の関係が復活し、日本NCRとして輸入機販売、国内生産を再開した。一方、東芝の大仁工場は分離独立して(現東芝テック)、レジスター生産を再開した。このように、1960年代は日本NCRと東芝テックの2社が独占する状況であった。

1960年代を代表する機種に、NCRの「22号レジスター」(1961年)と「21号NOFレジスター」(1966年)がある。
 22号レジスターは、日本でベストセラーになった機械式レジスターであり、金銭登録機の完成機だとされる
 日本のスーパーやコンビニでのコンピュータ導入は1970年代になるが、NOFとは、NCRが策定したOCRフォントと入出力方式である。これにより、レジスターとコンピュータの連携が可能になった

第4世代:1970年代:ECR(電子式金銭登録機)の時代

1970年代になると、レジスター電子回路で構成されるようになった。データの集計や分類などの機能は、電子回路やソフトウエアで実現できるようになり、レジスターの価格は低下し、機能は非常に充実した。
 また、1970年代の中頃に、日本では有力なコンビニが相次いで開店した。それがECRのニーズを高めたともいえる。
 電子式になると、電卓やコンピュータのメーカーがレジスター業界に参入しやすくなる。米NCRはすでにコンピュータメーカーとになっていたので、ECR時代でもリーダーであったが、日本では、東芝テック以外にシャープやカシオなどが参入し、NCRのシェアは次第に小さくなり、逆にレジスターが輸出産業として発展するようになった

第5世代:1980年代~1990年代中頃:POSの時代

共通商品コード(日本では1978年のJANコード)の策定は、レジスターに抜本的な変化をもたらした。単品管理が可能になっただけでなく、商品計画や在庫管理、さらには小売店とメーカーとの連携などでの必須な情報システムを支える重要な機器になったのである

 コンビニは、POSの導入に積極的であった。1970年代にPOSシステムの実証実験が相次いで実施され、1980年代にPOSシステムが導入されるようになった

POSの高度利用例として、セブンイレブンの数次にわたる総合店舗情報システムや米ウォルマートのメーカーとの連携(QRやCFERなど)などが有名である。

第6世代:1995年以降:オープンPOSの時代

1990年代になると、汎用コンピュータからパソコンへの移行が進み、WindowsがパソコンOSの主流になった。そのような環境になると、レジスターもWindowsパソコンをベースにすることによりが開発コストを格段に抑えられ、機器間の互換性が向上する。それをオープンPOSという
 また、1990年代中頃からインターネットが急速に普及し、2000年代にはブロードバンドにより高速通信が可能になると、インターネット環境を利用したPOSレジスターが注目されるようになった。それをWebPOSという

第7世代 セルフPOS?

セルフPOSとは、客が自らPOSレジスターを操作して商品をスキャンして支払をする仕組みである。米国ではかなり普及しているようであるが、日本では2008年頃から実務的に使われるようになってきたものの、POS全体から見るとまだ本格的な普及段階になっていない