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産業界ニーズと大学情報教育のミスマッチ

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産業界からの指摘、産学官連携の状況


企業が大学卒業生に求める素質や知識

日本経済団体連合会(経団連)は、日本を代表する企業や産業団体が加盟している総合経済団体です。経済界の意見を取りまとめて提言したり、会員企業に対しコンプライアンスの遵守を働きかけたり、民間の立場から、海外の政府・経済団体などと連携して経済関係の緊密化を図ったりしています。経団連は主張や提言は、産業界での代表的な経営者の総意だとされ、各界で重視されています。

IT分野に限らず、企業は優秀な人材を求めています。
  日本経済団体連合会「産業界の求める人材像と大学教育への期待に関するアンケート結果」2011年から引用します。
 企業が大学生の採用に当たって重視する素質・態度、知識・能力として、 「主体性」「コミュニケーション能力」「実行力」「チームワーク・協調性」などが上位に挙げられています。 (図表)
 また、大学生に期待する素質・態度、知識・能力として、文科系・理科系を問わず、「論理的思考力や課題解決能力を身につけさせる」「チームを組んで特定の課題に取り組む経験をさせる」「実社会や職業との繋がりを理解させるような教育」などが上位になっています。 (図表)
 大学が取り組みを強化すべきものとして、「双方向型・学生参加型等の教育」「教員の教育力向上」などをあげています。 (図表)
 逆にいえば、これらが現在の大学生や大学に対する不満だといえましょう。

大学は職業訓練校ではありません。広い意味で社会に役立つ人材を育てることが目的です。しかし、ここで指摘されていることは、そのような人材像と一致していると思われます。

ITベンダ企業での学生・新入社員への期待

景気の動向により変化しますが、情報サービス業界は、量・質ともに人材不足の状態です。特に、コンサルタント、ITアーキテクト、プロジェクトマネジメントなどの不足が深刻です。 (図表)

これらの職種は、高度の知識やスキルが求められるので、新卒者には期待できません。社内での育成が必要になります。それで、新卒者には、まずアプリケーションスペシャリストやソフトウェアデベロップメントとして一人前になり、先輩をプロジェクトマネジメントなどにシフトさせたいのです。
 それで、就職当初はアプリケーションスペシャリストやソフトウェアデベロップメントとして即戦力として使えることを重視する傾向があります。情報学部出身者にはシステム設計やプログラミングなどの実践的な知識・体験を期待しますし、他学部出身者にも短期の訓練で戦力になる資質・能力を求めます。
 しかし、それとともに、早期にプロジェクトマネジメントなどにシフトできる資質が求められます。特に、大企業ベンダでは、下流工程は外注するので、当初からプロジェクトマネジメントやコンサルタントなどの卵として育成できる人材を求める傾向があります。

また、コミュニケーション、リーダーシップ、ネゴシエーションなどヒューマンスキルを身につけておくことが重視されます。これは企業人全体に求められるスキルですが、IT技術者は、ユーザニーズを的確に把握できること、自分の提案を相手にわかりやすく説明できることが任務達成に必要ですし、IT業務では多様な分野の人が協力してプロジェクトを行うのですから、このスキルが非常に重要なのです(図表)

IT教育でのミスマッチ

このような企業の要請と大学でのIT教育の間にミスマッチがあることが、以前から指摘されています。日本経済団体連合会は、「産学官連携による高度な情報通信人材の育成強化に向けて」2005年で、次のような指摘をしました。

このような産業界のニーズに対して、大学のIT教育(情報学部の教育内容)がミスマッチになっていることが問題になっています。産業界で必要となる技術が大学ではあまり教えられず、大学で重点になっている授業科目が実務ではあまり役立たないと指摘されています。
 大学で教えていないと指摘される分野では、システムやソフトウェアの設計(プログラミング以前の工程)もありますが、文章力、リーダーシップ、プロジェクトマネジメントなど多分にヒューマンスキルに関係する分野があります。
 逆に実務で役立たない分野として、計算機科学や情報数理科学など、学問的には重要かもしれないが、実際にそれを活用する局面が少ない(そのような技術者は比較的少数でよい)分野が指摘されています。 (図表) (注)

産業界のニーズはもっともなのですが、これを情報学部以外の学部も対象にすると、困難なことがあります。そのなかには、企業側に起因するものや学生の行動に起因するものもあります。

産学官連携の状況

ミスマッチを解消するには、大学だけの努力ではなく、産学官の連携が必要です。経済産業省は 『大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書』(2004年)において、産学官の連携の状況を調査し、連携推進の重要性を示しています。

ほとんどの大学が、連携の必要性を認識しています。大学教育が産業界ニーズとミスマッチをしている原因の一つに、情報学部のような理工系学部では、教員が研究一筋になっており、卒業生の多くが進む企業の経験がないことがあると指摘されています(同報告書によると、IT関連の学部の全教員に占める企業経験者の割合は20%程度です)。そして、多くの大学が、企業からの教員採用やスポットの講義・講演を行っています。また、インターンシップにより、学生に実務を体験させるようにしています(図表)

企業出身者が少ない、特に専任教員が少ないのには、次のような理由があります。

それで、非常勤講師やスポット講師になるのですが、継続の保証がありません。授業を行うには多大な準備が必要ですので、1回だけの利用ではムダが生じ、企業および本人にとって負荷がおおきいものになります。

しかし、企業と共同で教材を作成したり、企業が機材や講座への寄付を行うことは未だ不十分な状態です。これらを推進するために、「拠点大学構想」(ITに限定していない)や「先導的IT人材育成プログラム選定校」などが進められてきました。拠点となる大学や大学院を選定して、産業界が教員の推薦、カリキュラムの作成、インターンシップの受入れなどの支援を行い、次第に横展開しようとするものです。
参照:経済産業省『産学連携のあり方について』(2006年)
日本経済団体連合会「今後の日本を支える高度ICT人材の育成に向けて」

産業界と大学のミスマッチは次第に解消されてきました。2012年の調査では、IT企業が大学に重視してほしい教育と、大学が近年重視している教育の項目が上位5位までが一致しています。実際に教育効果が十分に得られている状況ではないにせよ、大学側の認識が急速に高まっているといえます。(図示)
参照:IPA「IT人材白書2013 概要」

私の意見:IT利用者側の教育が重要である

上記の事項は、情報学部と情報サービス業の関係、すなわちITの提供者側、ベンダ技術者に限定されています。
 しかし、ユーザ企業のIT活用では、営業部や経理部など利用部門が大きな役割をもっています。日本企業は米国企業などと比較して、ITの活用目的が経営戦略とマッチしていない、あるいは、経営戦略がITの動向を活用していないと指摘されています。これは、IT提供側よりも経営者や利用部門が適切な行動をしていないことに起因します。
 すなわち、利用部門に進む大学生(これが大多数)を対象としたIT教育が重要なのです。ここにも産業界と大学のミスマッチがあります。


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