システム管理者入門(5)

情報投資の費用対効果


『Network Clipping』誌連載「システム管理者入門」の第5回です。 1997.8.pp106-109


 第1回(昨年12月号)で、情報関連投資の説得が難しいことに触れたが、今回はこれをもっと掘り下げて検討する。なお、ここではネットワークに限定しないで、メインフレームや基幹系システムまでも含むことにする。

1 費用対効果把握の重要性

 情報関連投資に限らず、健全な経営をするには投資に関して費用対効果を明確にする必要がある。特に情報関連投資については、図1に示すように、一般設備投資にくらべて、その伸びが大きい。企業における情報関連費用は、絶対額も費用全体における割合も急速に増大している。コンピュータの価格低下を考えると、この増加は非常に激しいものである。
 また、多くの経営者は、自社の情報システムに満足していない。情報関連投資は伸びているが、その成果には満足していないとなると、費用対効果を厳しく求められるのは当然であるし、求められなくても、それを明確にする必要がある。


2 費用把握の困難性

 情報システムにあまり関与していない者にとっては、情報関連費用はわかりくいことが多い。いくつか列挙してみよう。
 情報関連費用がいくらかかっているのかを把握するのは、現実にはかなり困難である。情報システム部門の予算実績を調べたのでは不十分である。最近ではパソコンやサーバが利用部門に多く設置されている。そのための電力費用やスペース費用は、おそらく事務所費用のなかに埋没している。エンドユーザがパソコンの前に座っている時間の人件費は、情報システムの人件費より高くなることもあるが、その費用は情報関連費用として計上されないのが通常であろう。
 コンピュータ(メインフレーム)の規模が適切かどうかもわかりにくい。1リットルの瓶に2リットルの水を入れることはできない。ところが、情報システム部門がコンピュータがネックなので増強してほしいという要求を数年間却下し続けても、請求書も間違いなく発送されるし、決算にも影響を与えず特に問題なく推移する。これは、システム技術者がプログラムを直したり運用を変えたりしてやりくりするからであるが、外部からはそんなことは見えないし、見えたにしても「そんなことはいつでもやるのがあたりまえだ。自分で努力をしないで増強したいといっていたのか」と非難されるのがオチである。
 ましてパソコンのリプレースとなると、なぜいままでのパソコンが使えないのかが不思議である。パソコンソフトは機能をあげるために大規模になっており、メモリもCPUも大きなものが要求される。しかし、それで生産性がどれだけ上がるかはわからない。まして「旧いパソコンでは、何の実務ができないのか」と具体的に問われると答に窮してしまう。
 情報システムの開発についても、なぜパソコンパッケージで5万円程度で買える経理システムに数千万円かかるのかを説明することは難しい。まして、西暦の2桁を4桁にするだけで数億円かかるといわれても、どう考えても納得できない。


3 効果把握の方法

 情報システムの効果は、費用よりもはるかにわかりにくい。幸いなことに、メーカやコンサルタントは、情報システム投資を期待する立場にあるので、それについての理論武装はかなりできている。その概要は次の通りである。

  1. 情報システムの効果には、定量的効果、定性的効果、戦略的効果がある。
  2. 定量的効果とは、たとえば省力化のような効果であり、効果測定も簡単である。
  3. 定性的効果とは、各種報告書が迅速に正確になるようなことである。これの効果を把握するには、時間が何日短縮されたか、誤りがどれだけ減ったかのように、貨幣価値ではい尺度で測定する。そして、それらの尺度と貨幣価値の換算をすればよい。
  4. そのような物理的尺度が設定できないときは、各関係者に多様な角度からの満足度を評価させて、それを定量化すればよい。
  5. 戦略的評価では、自社が先行することの優位性、他社が先行するときのリスクを列挙して、その起こる確率とその影響の積和を取ればよい。
  6. 数量化が困難なときは、ベストプラクティスな企業をベンチマークとして、それを基準にした達成尺度を設けるのがよい。

4 効果把握の方法に関する疑問

 上記のような方法論は、理論的にも優れているし、実際の適応にもうまく使える。しかし現実には、経営者は、この方法論は異なる観点での疑問を持つ。
 ある個別システム開発提案での効果を考えよう。
 まず見本がない。自動車を買うなら同じような車種を見せてくれる。注文住宅でも簡単な間取り図や外見図はその場で書いてくれる。この程度の情報でも、その効果は想像できる。ところが情報システムでは、抽象的な能書きだけで具体的な見本がない。見本を要求すると、プロジェクトがかなりな段階まで進まないと作れないし、見本を作るためにかなりの時間と費用がかかるという。経営者にしてみれば白紙小切手にサインするような気持ちになる。
 代替案がない。自動車にはいくつかの車格やオプションがあるし、住宅でも場所や間取りでの代替案をいくつか示してくれる。ところが、情報システムでは一つの案が示されるだけである。
 提案書にあげられた効果は、現在での希望あるいは目標であり、実現が保証されたものではない。たとえば流通コスト削減効果があるとしても、それが実現するには、もし、思ったようなシステムが円滑に稼働し、もし、担当者がそれを有効に使いこなせ、もし、流通業者に説得することができ、もし、得意先からクレームが来ないことが前提になる。あまりにも「もし」が多すぎるし、実現するかどうかはやってみなければわからないというのでは、あまりにもリスキーである。
 さらに、システムの有効耐用年数がわからない。そのうちに環境が変化して、この計画したシステムでは役に立たず、大規模な改訂が必要になるのではないか。
 戦略的効果となると、確率も実現効果も、あまりにも主観的である。賛成派と反対派に個別にその値を想定させたら、雲泥の差があるだろう。ベンチマークにしても、当社が目的を達成する間に先方も改善するであろうから、それを達成することに意義があるかどうか疑問である。
 さらに、成果配分の問題がある。毎年1億円の流通コストが低減できたとして、それをすべて情報システムの効果としてよいのだろうか。流通業者や得意先を説得することのほうが重要な問題であり、それに成功すれば情報システムがなくても8千万円程度の効果が出るのではないか。そうだとすれば、情報システムの効果は2千万円になる。


5 さらに困難な問題

 LANの設置のようなインフラ投資や、グループウェアのような直接の目的があいまいな投資では、さらに効果がわかりにくくなる。
 よく、「新技術を導入するときには、目的を明確にすることが重要だ」という。何の目的もなく、他社もやっているから自社もという理由では、成功しないのは当然である。ところが、グループウェアを導入するにあたって、本当に明確な目的が策定できるであろうか。たしかに「情報伝達の迅速化、情報の共有化を推進し、活発な意見交換のできるオープンな組織文化を形成する」というような抽象的な目的は作れる。でもそれでは、電話やFAXでも情報伝達はできるし、ワープロ印刷の壁新聞でも情報共有化は可能であるから、グループウェアを導入する必然性はない。
 また、「営業部門と生産部門の連絡をよくする」ようなことは、ツールの問題ではなく、組織運営あるいは組織文化の問題であろう。さらに具体的に「誰と誰が何の情報を共有するのか」となると、答えようがないのが当然である。みんなが積極的に利用し、いい提案があり、それをうまく実施に移せば、大きなビジネスチャンスを得るなどというのは、前述の多「もし」プロジェクトと同じで、あまり説得性がない。
 投資の順序にも関係する。LANが設置されており、1人1台のパソコンが配備されていれば、グループウェアの導入そのものは安価でできる。空いているサーバがあり試供版を駆使したイントラネットでよいのなら、無料に近い費用で構築できる。その結果があまり利用されなくても、たいした失敗にはならない。それに対して、このような環境がないと、グループウェアの導入コストはLANやパソコンの費用までかかってくるので、数億円あるいは数十億円の投資になる。数十億円かけて、具体的な目的があいまいな投資を説得するのは困難である。すなわち、同じことをするのでも、それまでの投資環境により大きく違うのである。


6 情報関連投資のタイミング

 前の図1を見ていただきたい。情報関連投資は常に高いのに、バブル崩壊時には一般投資に先がけてダウンし、その回復も一般投資に先行している。情報関連投資は一般投資の先行指標であり、景気の先行指標であるともいえる。景気に影が見えた時に最初に切られ、復活のきざしが見えると投資されるというのは、情報関連投資は現実の要請によるものではなく、恣意によって決定される傾向がある。
 これからいえることは、情報関連投資は、景気の状況に左右されることが多いことである。景気のよいときにLANを敷設し、パソコンを配置しておけば、グループウェアの導入も比較的容易である。できるときにしておかないと、不況の時に提案しにくくなる。
 残念なことに、販売関連や生産関連の投資と比較して、情報関連の投資は優先順位が低い。これは決して経営者が情報の重要性を認識していないからではない。むしろ経営者の認識は高いことは第2回でも述べた。経営者は情報システムを重視していることは確かである。それでも不況時に投資をしないのは、当面は増強しなくても、なんとかなると思っているからであろう。


7 再び投資効果把握について

 先に投資効果把握の方法論を示した。このような考え方は基本として必須なことであり、いかに景気に左右されるとはいえ、費用対効果すら明確になっていない(困難ではあっても明確になるように努力していない)ようでは、承認云々の以前に、提案者の信用を疑うであろう。
 プロジェクトの提案で欠けているのは数値的把握である。それは日常的に記録をとっていないことに起因する。どのような仕事にどう時間がかかっているかとか、目的の人に文書がいつ提出されているかなどは、ビジネスプロセスの改革改善に必須な事項である。それがないのは、システムが対象とするプロセスに現場が関心がなかったことであり、それでは実現の可能性も低いと思われても仕方がない。
 定量的把握で注意すべきことは、精度をあげることよりも、全体的な正確性を重視すべきことである。たとえば人件費の把握で給与や時間を細かく算出しても意味がない。その違いで投資が左右されるようであれば適切な投資とはいえないし、投資費用も耐久年数もかなり主観的だからである。正確性が重要だというのは、モレをなくすことである。単にそのシステムに関係している人件費だけでなく、それに伴う間接的な費用を見落とさないことである。
 また、不思議なことに承認段階では騒いだ効果の測定を、システムが稼働した後ではほとんど問題にしない。そのために、このプロジェクトが成功したのかどうかも定量的な把握ができない。それが次の同様な投資の時に、同じような議論が繰り返される原因なのである。効果として掲げた項目については、システム自体が測定機能を持つようにシステム設計することが重要なのである。
 定性的効果を定量化することは、無理矢理に数字にすることが目的なのではない。むしろ、定量化を進める過程において、定性的だと思われた事項が定量的事項だと気づくのである。そして、システムでの記録を続けることにより、適切な指標になっていくのである。
 戦略的事項については、残念ながら筆者は上述の方法論で掲げた以上の意見を持っていない。むしろ、これは無理に定性的定量的に分解するのではなく、経営者を中心にした関係者の想いとして取り扱うのが適切だと思う。


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