システム管理者入門(4)

ユーザの画面偏愛症


『Network Clipping』誌連載「システム管理者入門」の第4回です。 1997.7.pp68-71

  前回に続いて効果的ユーザ操縦法を述べる。前回でもユーザの画面偏愛症について簡単な批判をしたが、今回はそれを発展させる。なお、このシリーズはネットワーク管理者を対象にしたものであるが、今回はEUCなども含む広い観点から考察する。

1 情報システム部門が多忙になる

 最近はデータウェアハウスの話題が活発である。データウェアハウスは、単純にいえば、基幹系システムで収集蓄積したデータを、ユーザが使いやすいデータベースにして提供し、ユーザが任意に検索加工する利用形態である。このような利用は、1980年代でもメインフレームの公開ファイルをTSSでアクセスする情報系システムとして普及していた。この利用形態は、「必要な人が必要なときに必要な情報を入手」できるだけでなく、基幹系システムの出力系の大部分をEUCに任せることができ、基幹系システムの簡素化にも役立つ。情報システム全体の合理化に効果的な形態である。
 ユーザが表計算ソフトに弱いと、最終結果を出力する処理機能まで情報系システムとして用意しなければならない。ある人は地図を望み、ある人は罫線を引いた数表を望み、ある人は3Dグラフがほしいとなると、情報システム部門がそれらを出力する機能を個別に作成して提供することになる。これは、データウェアハウスの運営でも大きな障害になる。多次元データベースは検索加工に便利であるが、その出力画面は画一的である。ところが、ユーザが得意先別商品別売上表や商品別支店別構成比表は、それぞれ固有の帳票様式にしないと困ると主張すると、個々の切り口に応じてアドオンのソフトを提供することになる。これでは多次元データベースの利点は生かされない。表計算ソフトに習熟していないユーザが画面偏愛症に罹ったときは、情報システム部門の負荷が非常に大きくなる。


2 ユーザの生産性が向上しない

 それに対して、ユーザが表計算ソフトに強くなっていれば、公開ファイルや多次元データベースからスプレッドシート形式にダウンロードする機能さえ提供すれば、その後の編集加工をユーザに任せることができる。情報系システムの運営は非常に簡素化される。しかし、そのときも画面偏愛症は困った副作用を与える。

 たとえば、売上データベースから、図1のような府県小計、支店で中計、全体で大計とする集計表を得るのは、ごく典型的なツールが使えるので、初心者でも簡単に習得・操作でき、思いついてから10分もあれば結果が得られるであろう。手作業と比べて、たいした生産性向上である。
 ところが、画面偏愛症のユーザはこれでは満足しない。まず表に罫線を入れたがる。小計・中計・大計の順ではなく、内訳的に大計・中計・小計の順で出したくなる。さらにはグラフにしたくなり、結局は図2のような地図にまで到達してやっと満足する。当初から図2を作ろうとするのならば、30分から1時間もあればできるかも知れない。ところが、まず図1画面を見て、罫線を入れ、行の順序を入れ替えて罫線を引き直し、棒グラフや折れ線グラフ、3Dグラフと試行錯誤してから地図に気がつき、そのデザインをいろいろと変えたりするので、手計算で必要とした時間と同じ時間を使ってしまう。というよりも、「仕事はそれに与えられた時間を使い果たしたときに完成する」のである。コンピュータを用いても手計算でも生産性は変化しない。
 当然、図1よりも図2のほうが見栄えはよい。ところが、図1を図2にしたことにより、どれだけ情報量が増大したのだろうか? すなわち、ユーザは情報よりも体裁のために、より多くの時間と労力を使うのである。これはもはや業務ではなく趣味の範囲である。
 この趣味がこうじると、いろいろな副作用が出てくる。せっかく画面ではカラーの地図ができたのに、上司にモノクロ印刷した紙で提出するのではつまらない。カラープリンタがほしい。カラープリンタが入ると、ワープロ文書もカラーにしたくなる。電子メールもモノクロの文章だけでは愛想がない。ちょっとしたイラストも入れたい。この画面偏愛症はイントラネットで極度に達する。もはやユーザは伝えべき内容には考慮しない。いかに文字や画像を踊らせるかだけが関心事になる。このために、LAN回線がネックになったり、サーバディスクの増加が必要になる。


3 影響は大きい

 パワーユーザの存在は重要である。パワーユーザがいるからEUCが円滑に発展するのだし、トラブルが起こったときに現場で対応してくれる。頼りになる存在である。しかし、パワーユーザが画面偏愛症に罹ったときは、情報システム部門にとって大きな脅威になる。
 この地図作成テクニックを用いて、自分の所属している名古屋支店管轄の市区町村別地図にした。支店の中でも重宝している。東京支店や大阪支店にも使わせよう。でも、情報システム部門の定めた標準のソフトAでは、この地図のデザインがよくない。自分が使ったソフトBを各支店に入れるべきだ・・・。  これに対して、情報システム部門が標準化準拠を云々しても無力である。画面偏愛家はソフトの詳細を熟知している。知識ではかなわない。それに判決を上に求めようとすると、パワーユーザは、画面云々よりもそのシステムがいかに業務に役立つかを主張する。上位者は、業務は理解できるが、ソフトの相違や標準化の必要性はわからない。それで情報システム部門はつまらぬことに拘泥して経営的な発想に欠ける技術バカだとレッテルを貼られることになる。このような事情で、ユーザの趣味が情報システムのインフラに影響してくる。
 各支店の販売部門にはソフトBが定着した。同様に経理部門ではソフトCが広まった。このようなとき、必ず違うソフトになる傾向があるが、そのうちに、販売部門データを経理部門で利用すればもっと便利だから、情報システム部門はソフトCでソフトBのデータを読めるようにしてほしいとなる。情報システム部門ができないというと、「先日ショウにいったらやっていた。だいたい、情報システム部門は・・・」と発展する。こうなると、いわゆる「ユーザの反乱」になる。最初の罫線を引くことからここに至るまでは、たいして時間はかからない。情報システム部門から見れば「罫線は非行の始まり」だといえる。
 画面偏愛症は、CSS環境でのスパイラル型による基幹系システム開発でも深刻になる。多くのプロジェクトが平行して開発するときに、いくつかのプロジェクトが画面偏愛症により仕様が固まらないと、全体のスケジュールが乱れ、納期が遅れ費用が増大してしまう。


4 一般ユーザへの対策

 このような画面偏愛症は、誰でも一度はかかるハシカのようなものである。それを頭から禁止するのは、せっかくの技術習得の芽を摘むようなことになる。しかし、それが多数に伝染して全社員がコピーライターになっては問題である。一部の初心者がこの症状にはなっているが、全体では健全な利用になっており、罹病者も比較的短期間に治癒する環境にしておくことが望ましい。
 ワープロの教育をするとき、とかく機能の豊富さや体裁をよくする技術を教えたがる。これがいけない。これが教育費用を増加し、コンピュータは難しいとの印象を与える元凶なのである。ファイルの作成と削除や漢字変換機能などの基本機能だけを教えればよい。するとかならず罫線を引きたいとの質問が出る。罫線も基本的なことは教えなければならないが、そのときに体裁に凝ることの危険を説明して、これらの技術は推奨しないことを認識させるのがよい。
 管理者教育では、パソコン利用は生産性向上の手段であり、体裁のよい資料を作ることが目的ではないことを認識させ、過剰体裁嗜好による弊害を強調する必要がある。凝った資料が提出されたときに、費用対効果を考えて指導するのは現場管理者の任務であることに留意させることが必要である。


5 パワーユーザへの対策

 ユーザには情報技術に疎いか関心を持たない大多数の一般ユーザと、少数のパワーユーザがいる。前者が求めているのは最新技術ではなく安定した環境なのである。昨日動いたのと同じように今日も動くことが重要なのである。それに対して、後者は最新のハード・ソフトを提供しないと文句をいう。また、そのような環境を提供することによって、パワーユーザはよい仕事をするし、その後のバージョンアップでの相談相手にもなり現場の教育やトラブルに対処してくれるのである。
 スタンドアロン環境では、ほしい人にほしい機能を提供すればよいが、CSS環境でグループウェアを行うとなると、これがトラブルのもとになる。クライアントがWindows3.1であることを前提としたサーバ環境に、パワーユーザにWindows95を与えると、長いファイル名称が使えないと文句がでる。Notesのバージョンが異なると、アドレス帳の管理が面倒になる。最新バージョンで作った文書ファイルをNotes文書に貼り付けると、前のバージョンを使っている人には見えない。多様なソフトやバージョンの組合せが増大すると、わけのわからないトラブルが発生する。また、パワーユーザはインターネットにアクセスしたり、自宅からLANにアクセスしたいという。まだ会社でプロキシサーバや認証サーバを設置する予定がないと、個人で加入しているプロバイダにモデム接続したり、勝手にサーバにインタフェースを設定しまう。大きなセキュリティホールができてしまう。これが遠隔地だと情報システム部門も監視しようがない。
 このようなトラブルを防ぐためには、パワーユーザを与党に組み込んで、彼らに健全な運用の責任を持たせることが重要である。それには、ユーザ部門の推進リーダとして人事発令をすることも必要である。また、利用規程をすこし曲げても要求に応えてやり、懐柔しておく必要がある。しかし利用規程を曲げるのはよいことではない。むしろ利用規定を一般ユーザと「とくに情報システム部門が指定する者」としてのパワーユーザの二本立てにするのが適切である。このような公式的な措置だけでなく、ふだんから接触を多くして、自然に仲間に引き込んでしまうことが効果的である。
 パワーユーザに徹底して認識させべきことは、公私の区別である。スタンドアロンでの利用には、多様なソフトをかなり自由に使ってもよいが、LANにつないで情報共有するときには、全体の環境に合わせた配慮が必要である。インターネットをppp接続するのであればウイルスチェックを厳重に行うこと、テレコンピューティングでは、頻繁にパスワードを変更することを、自分の義務と自覚しなければならない。ノブレス・オブレスの自覚をさせることが重要である。


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