システム管理者入門(1)

ネットワークシステム管理者の苦悩

マイクロウェーブ社『Network Clipping』誌に「システム管理者入門」のテーマで連載することになりました。これはその第1回です。 1996.12.pp88-93


はじめに

 今回から数回にわたり、「ネットワークが重視される時代でのシステム管理者」の方々、特に最近情報システム部門を担当することになった管理職の方々を対象にしたアドバイスを解説していく。アドバイスとはいっても、筆者が妙薬を持っているわけではない。それに、この分野は情報システム部門だけではなく、トップの意向やユーザ部門の対応などに深く関わっており、その環境は企業により千差万別である。そこで、システム管理者の直面する課題について、問題を提起したり分析することをテーマにすることにした。


1 教科書的論議の矛盾

 ネットワークの重要性はいまさらいうまでもない。また、それの統括責任者であるシステム管理者は重要な任務であることもいうまでもない。これらについては、多くの講演や図書雑誌で説かれている。

(1)あまりにも過大な要求である

 教科書的には、システム管理者の任務について、大変なことがいわれている。
@ 情報戦略は経営戦略の一環として位置づけられる。とくにネットワーク戦略は、企業の組織 や業務に根本的な変革を与えるものであるから、経営的観点から目的を明確にして導入や運営を することが必要である。
A ネットワーク技術は急速に発展している。企業目的に合致した活用をするには、技術動向を的確に把握して、自社に適用することが重要である。
B EUCやグループウェアは、ユーザ部門が主体的に活用しなければ効果がない。そのためには、ユーザ部門の状況をよく把握して、適切な環境を整備し、指導やコンサルティングをすることが必要である。
 これらは正論である。システム管理者は、その任務を達成するために、自己研鑽をして自社システムの運営にあたるべきである。
 しかし、この要請に応えるためには、システム管理者は、@企業経営の経験を持ち、Aビルやジムとファーストネームで呼ぶ間柄であり、B対人心理学の実務経験などを兼ね備えた者でないと達成できない事項である。これを一介の(失礼)システム管理者に求めることはできない。それに、当然ながら筆者はこれらの条件の一つも持っていないので、適切な「アイバイス」ができるはずがない。もっと、普通の人がその能力内でできることを示してもらわないと困る。

(2)先進企業事例とのギャップ

 この分野での成功事例は多く発表されている。それを参考にして自社での対応に役立てることは重要なことである。
 しかし、成功事例を聞くと、
 「トップが情報の重要性を認識しており」
 「自ら陣頭に立って指揮し」
 「従来からオープンな組織文化があり」
 「ユーザも主体的に取り組み」
 「全社一丸となって」
推進し運用したというような、あまりにも優秀すぎる話が多い。
 非常に感動する話であるが、自分が置かれた環境とはかなりギャップを感じる。トップは、観念的には情報の重要性は理解しているものの、実際の投資となると二の足をふむし、推進には社長声明も出してくれるが、ユーザ部門に対して、積極的な指示まではしてくれそうもない。ユーザ部門にも熱心な人はいるが、大多数はあまり関心を持っていない・・・などが脳裏をすぎる。
 そもそも成功事例のような環境であれば、システム管理者があまり苦労しなくてもうまくいくだろう。あるいはそのような環境にするために、システム管理者が働きかけることが大切だとも認識してはいるが、自分がそこまでの影響力を持っているとは思えない・・・。

(3)管理者の悩み

 システム管理者が実際に悩んでいるのは、上記のような教科書的な正論を知らないからではない。それについては理解しているのだが、どうも現実とギャップがあり、その現実を打開するのにどうすればよいかで悩んでいるのである。
 ここでは、平均的な企業環境、あるいは平均よりも恵まれない環境にあるシステム管理者を対象にしたい。当然ながら、各人の置かれた環境は異なるし、多様な環境に役立つ対策はないともいえる。


2 グループウェア導入に見るシステム管理者と理不尽さ

(1)インフラ投資説得の難しさ

 一般に情報関連の投資をトップに説得するのは大変であるが、とくにLANやCSSの投資の費用対効果を説明するのは大変である。
 生産設備や店舗の投資は、費用も効果もだいたい見当がつく。それに対して、情報システムではかなり怪しくなる。それでも、販売システムや経理システムなどの基幹系システムでは、今までの経験もあるので、およその費用見積もできるし、効果も省力化などの直接的なものが多いので一応の作文は作れる。
 ところが、LANやCSSでは、説得資料を作ることすら難しくなる。たとえば、グループウェアを導入して情報の伝達や共有化が図れることの効果をどう説明できるだろうか。たとえば、「誰と誰がどの情報を共有するのか」と聞かれたとき、具体的な例を示すのは難しい。具体的な例をあげたとしても、「では、その両者の机を並べればよい」とか「電話やFAXではどうしてダメなのか」などといわれると、次第に返答に困ってしまう。さらに「環境を整えても当事者が情報を入力しないとどうなるのか」となると、完全にギブアップである。

(2)いつのまにかお願い関係に

 グループウェアなどの導入は、情報システム部門がみづから発案するよりも、ユーザ部門からの要望や○○委員会などでの発案に基づいて、情報システム部門が実施の任務にあたるのが一般的であろう。あるいは、システム管理者は、企画段階での説得の苦労から免れることができるかもしれない。
 ところが実際にLANを敷設する段階になると様子が違ってくる。ラインとしての情報システム部門が当事者になる。LANの設置やCSSの運用にはかなり面倒な仕事がある。
 とくに情報システム部門から離れた支店や工場にLANを設置する場合には、その現場でレイアウト設計や電源工事が必要となる。グループウェアの利用では、操作技術が必要になるが、それも情報システム部門が教育するのが当たり前だと思っている。しかも、仕事が忙しいので講習会に出られないなどという。LANやCSSの運営には、現場の担当者が必要だが、そんな余分な人間は出せないという。さらには、それを管理するための人を情報システム部門から出せという。
 本来は、トップが全社に指示したのだし、各部門が参画している委員会の決定だから、ユーザ部門側にも推進責任があるはずであるが、いつのまにか、情報システム部門が推進したがっているようにとられてしまう。そして、情報システム部門は次第に「講習会に出席していただけませんか」「担当者の任命をお願いします」というように依頼者の立場に変化する。

(3)すべての仕事は情報システム部門に

 ハードやソフトの整備が終わると運用の段階になる。ところが、なかなか当初に期待したようには動かないことが多い。
 本来、グループウェアは情報の共有化が目的であった。トップや委員会もそれを目的としてグループウェアの導入を考えた。とかろが、現実にはグループウェアの目的は2つある。その一つは表の理由で情報の共有化であるが、もう一つの裏の理由は、上位者が下位者を統制管理するためのものである。これは悪意を持って工作したのではない。情報共有化の現実が、下位者が上位者へ報告することが中心になるからである。
 人間は誰でも、自分に都合の悪いことは公表したくない。たとえば、商談報告を電子掲示板に入れることで情報共有を図っても、失敗報告は誰も入れない。商談報告という掲示板を作るのは賛成だが、その掲示板をアクセスできる人を制限するように求める。その結果、複雑怪奇なセキュリティシステムになる。当然それを作るのは情報システム部門の任務であり、人事異動時にそれを修正するのも情報システム部門の仕事となる。

(4)なぜか情報システム部門が悪者に

 グループウェアの活用は組織文化に起因するので、ツールを入れたからといって、すぐに変化が出るものではない。長い時間が必要である。ところが、トップは投資効果を求める。しかも早期の効果を求める。
 グループウェアのためのLANを設置したりパソコンを購入する予算は情報システム部門の所轄である。そして、いつの間にかグループウェアの推進責任は情報システム部門になっている。それでトップは、どうして短期間で所与の効果が出ないのかを情報システム部門に詰問する。当事者ではない情報システム部門はうまく説明できない。
 当然トップはユーザ部門へも聞くであろう。ところが、ユーザは自分の都合で入れたくないとか公表したくないとはいえない。それで、システムが使いにくいとか、教育が不十分だというように答える。それで、これも情報システム部門の責任だということになる。


3 急速な技術革新と発展と上技術の問題

(1)不透明な技術動向

 ネットワーク技術の発展は急速である。数年前までは、LANの標準は10Mだったのに、現在では100Mになりつつある。せっかく配置したDOSパソコンはWindowsになりWindows95になった。一太郎を快適に動かすには32MBのメモリが必要になった。このように、買ったばかりのパソコンがすぐに使いものにならなくなってしまう。しかも最近では、毎年機能増大してきたパソコンが、今度はNCにより、不要になってしまうとの動きもある。かなりの投資をしてNotesを導入したが、これもあるいはイントラネットにすれば、費用もかけずにもっと広範囲な利用ができるのかもしれない。
 これらの変化は、より高度な利用がより安価で実現できるようになるのであるから、企業全体としては望ましいことではある。しかし、システム管理者にとっては、困ることも多い。何か決定して実施した途端に、それを覆す技術が出現する。結果論でいえば意思決定の失敗の連続だともいえる。これは技術発展があまりにも急速なことが原因であり、システム管理者が無能だからではない。誰にもわからないことである。
 ところがこの事情がトップには理解してもらえない。あるいは理解していても文句が出る。つい最近投資したばかりで、その効果もまだ十分に出ていないのに、どうしてすぐに取り替えなければならないのかといわれる。さらには、情報システム部門は最新のツールにあこがれているのではないか、メーカーのいいなりになっているのではないかといわれることにもなる。これでは、システム管理者は浮かばれない。

(2)技術が不安定

 枯れたメインフレーム技術と異なり、LANやパソコンの技術は未だ不安定である。実際にやってみないとうまくいくかどうかわからない。一度うまくいっても、次に何が起こるかわからない。これはわれわれが経験がないからだけではなく、製品そのものが未だ発展途上だからである。しかも、開発者が異なるハードやソフトが複雑に関係しているので、さらに不安定になる。
 ところが、トップもユーザも旧来のメインフレーム文化に慣れきっているので、コンピュータが誤動作するとか、マルチベンダにより問題が複雑になっていることが理解できない。しかも、雑誌やショールームなどで「オープン化」を信じている。それでLANがダウンすると情報システム部門が無能だと思い、特定のメーカーやベンダに絞ろうとすると癒着しているのではないかと非難することになる。

(3)急速な変化の影響

 自社の標準機種やソフトを設定することは、将来のネットワークのインフラを規定することになる。これは、情報システム部門の管理者として、他人には任せられない重要な事項である。それを部下の個人的関心やスーパーユーザの趣味によって決まるようでは困るのである。
 ところが、ネットワークやダウンサイジングの分野は、新しい分野であり変化の激しい分野である。そのために、過去の経験知識が通用しないことが多い。技術の変化についていけないのが心配である。まして、将来動向を見通すことは困難である。
 上司が若い部下に対して、指導や管理ができなくなってきた。部下があるソフトがよいといわれれば、よの根拠があいまいだと感じても反論できない。それが次第に、部下のいうままになっていくような気もする。また、ユーザのなかにはよく勉強している者が多くなり、情報システム部門の主導的立場が弱くなってきた。


4 人間関係でシステム管理者を悩ませる問題

(1)ユーザ部門の体制

 この分野を効果的にするにためには、エンドユーザが主体的に活動することが不可欠である。ところがエンドユーザ間のコンピュータリテラシのレベルは非常に差がある。
 一方には、情報システム部門よりもパソコン分野での知識が豊富なパワーユーザがある。彼らはLANやCSSの推進には非常に便りになる存在である。しかし、パワーユーザはかならずしもよきリーダではない。個人的な趣味による要求を強く出したりして、標準化や推進方針に反対な立場をとることもある。
 また他方では、ワープロすら使えない層がある。そのなかには、グループウェアなどの動向に内心反発している人すらいる。その反対を表面的にはいえないので、システムが使いにくいとか情報システム部門の対応が悪いというような発言をすることもある。
 情報システム部門がしっかりしていないと、この両者の間の調整に翻弄されてしまいかねない。

(2)部下の育成

 この分野は経験者がいない。ベテランの部下はメインフレームの基幹系システムでの業務で多忙である。いきおい、若い部下をこの分野につけることになる。
 ここで次の問題が発生する。第1は、この分野についた若い部下が、基幹系システムの経験やSEとしての経験が浅いことと、社内地位の関係からユーザ部門のいいなりになってしまうことである。全社的な観点からの提案ができないだけでなく、下請的な仕事になってしまう危険がある。ユーザの表面的な要望を解決することだけに汲々としていたのでは、一人前のSEに養成することができない。
 第2は、ベテランが新しい分野に無関心になることである。ベテランとしては、若いほうが先行して経験を持ったところに、後から教わりながら入るのには抵抗がある。ところが新技術分野のほうが今後の発展性がある。ベテランを旧技術に閉じこめておくわけにはいかない。
 グループウェア的な利用ではまだしも、ワークフローシステムやデータウェアハウスのような利用になると、基幹系システムでの開発方法論や基幹系システムでのデータ内容についての知識経験が必要になる。というよりも、メインフレームとCSSとを別個に考えることができなくなる。それなのに、知識経験が二分されていたのでは困るのである。

(3)便利屋になる危険

 LANやCSSの運営のためには、ユーザ部門での運営担当者が必要である。しかし、ユーザ部門からみれば、その担当者の業務は自部門業務とは関係が低いとみなされることがある。そうなると、自部門で育成するのではなく、情報システム部門からそのような人を転出するようにとの要求をする。
 情報システム部門とユーザ部門でのローテーションは望ましいことである。とくに、これからの情報システムの発展のためには、情報システム部門からユーザ部門に人材を提供することが重要になる。情報システム部門としては、一時的に戦力ダウンになるかもしれないが、長期的にはプラスになろう。
 しかし、受け入れ側であるユーザ部門の認識が低いと、せっかく提供した人材を便利屋にしてしまう危険がある。「コンピュータのことは彼に任せろ」となり、極端な場合にはデータエントリやパソコン仕事まで押しつけて、その業務で浮いた状態にしてしまうこともある。そうなると、若い人はコンピュータには手を出さないようになり、推進努力は無駄になってしまう。


おわりに

次号からは、今回紹介した苦悩をどう解決するかがテーマになるが、前述のように、筆者がその解決方法を知っているわけではない。また、いままでの記述からもわかるように、かなり筆者の独断的なものになりそうである。それをそのまま押し切るのは気が引ける。
 できれば読者のかたがたからご意見をいただき、それについてまた筆者が自説を述べるというようなアプローチをしたいと思う。ぜひ編集部へご意見を寄せていただきたい。とくに今回は、先にあげた問題点のうち、どれに関心を持たれたか、そして、あなたはそれにどのようなご意見をお持ちかをご連絡いただきたい。
 なお、情報システム部門の運営等について、筆者の意見を掲げたホームページも参照していただければ幸甚である。
http://pc.highway.ne.jp/kogure/


 目次へ  第1回  第2回へ  第3回へ  第4回へ  第5回へ  第6回へ