スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第2章 IT投資の費用対効果

個別アプリ投資評価の困難性


IT投資に限らず、長期的な投資の採算性を評価するには、
   利益=毎年の収入増×使用年数-(取得費用+毎年の支出増×使用年数)
の計算をします(非常に単純化しています)。
 ところがIT投資では、他の投資と比較して、取得費用、毎年の支出増、毎年の収入増、使用年数を確定しにくい特徴があります。

費用の不確定性

取得費用のうち、理解しにくいのは開発費用でしょう。「ある情報システムの開発を、数社のベンダに見積りを求めたところ、数倍の違いになった」ようなことは日常茶飯事です。それは、ベンダの技術や生産性の能力によることもありますが、それよりも、開発する情報システムの仕様(機能や性能)の解釈に違いがあるからです。それを生じさせないためには、詳細な仕様を示す必要がありますが、現実には困難です(参照:「RFPの重要性」。)

取得してから廃棄するまでの総費用をTCO(Total Cost of Ownership)といいますが、「見えない」あるいは「気付かない」コストが大きいのです。
 例えば、パソコン1台を導入し運営するコストでは、取得時にかかるハードウェアやソフトウェアの「見える」と、ネットワーク接続やパソコンの管理などIT部門の費用、利用部門でのトラブル対応や相互支援での人件費など「見えない」費用があります。しかも、見えない費用は見える費用の数倍になるといわれています。  情報システムの運用中に、エラーの修正、改善要求、業務変更など保守改訂が発生します。その費用は開発費用に匹敵あるいはそれ以上になることもあります。ERPパッケージなどの購入ソフトウェアには保守費がかかりますが、その額は毎年10%~20%になります。

最も大きな影響を与えるのは使用年数です。使用年数が長ければ、ほとんどの場合、利益>0になるでしょうが、使用年数が短いと利益<0になってしまいます。しかも、使用年数を自社ではコントロールできないことが多いのです。経営環境の激変により、情報システムの全面改訂が必要になるかもしれません。技術の進歩への対応のための改訂もあります。OSやERPパッケージのバージョンアップなどベンダ側理由による改訂もあります。

効果の不確定性

情報システムの効果には、定量的効果、定性的効果、戦略的効果があります。

定量的効果
財務会計処理などのように省力化を図ることが目的の情報システムならば、省力できる人件費などから比較的容易に金銭換算ができます。
定性的効果
グループウェアなどのように、情報伝達の迅速化や情報の共有化を目的とする情報システムは、それらによる効果があることは明白ですが、それを金銭換算するとなると、かなり難しくなります。
戦略的効果
同業他社に先んじて、自社カード発行やWeb販売を行うとか、他社がそれを実施する(実施しそうだ)ので自社も対応するような場合には、効果を金銭的に把握することが困難になります。

しかも、定性的効果や戦略的効果を目的とする情報システムが増加しています。そのため、費用対効果を明確にすることが困難になっていますし、逆に、費用対効果を考えることが重要になっているのです。

定性的効果の金額把握が困難な事例

グループウェアを例にします。直接的な目的は、情報伝達の迅速化や情報の共有化ですが、究極的な目的は組織の活性化や組織の創造性の向上です。これらの効果をどう金銭評価すればよいのでしょうか?

評価をするには測定できることが必要です。代表的な物理量に着眼して、それがどれだけ改善されるかを測定し、それを金銭に換算します。例えば、グループウェアでは、ペーパーレスの測定項目として紙の消費量、情報交換の測定項目として会議の回数(参加人数や開催時間)とし、その減少量を測定します。そして、紙や人件費の単価を用いて金銭換算します。このようにすれば、定性的効果を定量的効果にすることができます。

この方法は、実際には適用が困難です。本当に紙や会議で代表できるのでしょうか? 組織の創造性の向上が本来の目的だとすれば、「提案の数」のほうが適切でしょうが、それとも「提案が実施された回数」にするべきでしょうか? 適切な物理量を選定することがかなり困難です。
 紙1枚の単価をどう決めるのでしょうか? 購入価格なら1円程度ですが、印刷して配布する費用や保管するキャビネットの費用を加えれば数十円になるでしょうし、さらに検索や再利用に要する効果を加えたら数百円になるでしょう。1円から数百円までの幅があるとすれば、金銭換算に意味があるとは思えません。

実現の不確定性

経営者は、情報システムに関して、事前の承認段階で示した費用や納期が、実際には大きくオーバーしてしまうことに疑念をもっています。
 昔から、「情報システムの開発では、計画した2倍の費用と2倍の期間がかかり、1/2の機能しか実現しない」という222の法則(参照:「222の法則」)がいわれていました。米スタンディッシュ社の調査(1994年)の調査では、コスト、納期、機能がすべて計画通りに実現した(成功)のは、わずか16%であり、53%は計画が実現できず(失敗)、31%は途中でキャンセルされ、その失敗とキャンセルでは、予算オーバーが189%、納期遅延が222%、機能不足が53%だそうです。まさに222の法則です。
 さすがに時代とともに改善されてきました。日経コンピュータ(2008年12月1日号)では、すべてが計画内で達成できたのは31.1%(コスト達成率63.2%、納期達成率54.6%、品質達成率51.9%)に改善されたそうです。

計画が実現するには、多くの要素があります。例えば、次のようなことは大きな影響を与えます。

これらの一つが起こる確率が10%であっても、3つの不確定要素があれば、成功する確率は0.9=73%になってしまいます。それなのに、計画時ではこのようなリスクを明示することは稀ですので、222の法則になってしまうのです。