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Murphyology on Information Technology (vol.2) 2000s

12 人材育成

いかにIT技術が発展しても、それを発展させ活用するのは人である。IT人材育成は学校でも企業でも大きな課題である。


学校でのIT教育(2010/07/14)

情報化社会の発展のためには、次世代を担う人材の育成が重要である。ここでは高校と大学でのIT教育について考える。国は、ミレニアムプロジェクト以来、一貫してIT人材の育成を国家戦略として推進してきた。でも、それで日本の国際競争力は向上するのだろうか?

知らない者が知っている者に教えるのは都合が悪いものである
 高校では情報科目が必履修科目になっている。ところが、大多数の高校では、情報処理の原理よりも使い方を優先的に教えており、具体的にはWordやExcelなどのOfficeツールやWebブラウザの操作程度でお茶を濁している。教員がこれしか教えられないからだろう。それに「IT嫌いをなくしたい」「すぐ役立つ」が加われば、それなりの理由になる。
 ところが、ほとんどの高校生はインターネットを日常的に使っているし、WordやExcelも教員よりも詳しい高校生が多い。それで、授業中は大学入試科目の内職をしているか、オンラインゲームをやって遊ぶことになる。机上にパソコンがあることは教師の視線をさえぎるのに適した環境である。
 わずかではあるが、授業に関心をもつ生徒もいる。その生徒たちは、ITとはOfficeツールを使うことだと認識している。Officeツールをもっと使えるようになりたいという動機で、情報学部への進学を希望することになる。
ITを教えるのではない。ITを通して社会を教えるのだ
 WordとExcelを教える理由は、それが米国産のソフトウェアだからである。昔、学校に設置するパソコンのOSを国産のTRONにしようとの意見もあったが、米国の合意が得られなかった。これは現在の「日米関係」と「国際標準」を重視する政策とも合致する。そのため、日常生活に密着し、日本製品が世界で最も多機能・高性能であるケータイは、学校では教えるどころか利用を制限している。
 さらに、米国製品のうちマイクロソフト製品に固執したのは、ビル・ゲイツを尊敬し手本とするためである。ITをやれば金持ちになれるというベンチャー志向、マイクロソフト流の技術よりもビジネスを重視することの重要性を高校時代に体得させるのに役立つ。既存企業への就職希望を抑えることにより就職難問題を予防することができるし、技術軽視の風潮を恒久化すれば、スーパーコンピュータ研究などに税金を使う必要もなくなる。
 このように、現在のIT教育体系は、国際関係、ビジネス、権力構造など社会で役立つ裏知識を実体験させるのに最適な体系なのである。
経営学部卒業生が会社を成長させなくても非難されない。情報学部卒業生がベンダ企業で役立たないと非難される
 大学(特に大学院も含めた情報学部)の情報教育が実業界(主に情報サービス業)のニーズに合致していないこと、すなわち、卒業生が情報サービス業で即戦力にならないことが指摘されている。そして、そのミスマッチを解消するために、産学官連携が重視されている。
 大学卒業生が即戦力にならないのは、経済学部や経営学部出身者も同じである。情報学部がことさらに指摘されるのは、企業(人事部員など文系卒業者)が、他学部卒業者には(その専門分野での)即戦力にならないことを自分の経験で理解している。それに対して、情報学部出身者には情報サービス業が即戦力となるべきだとの妄想をもっているからだ。
 即戦力を求めるのならば、情報学部卒業者に中途採用者と同等の初任給を与えるのが当然である。そうすれば、情報学部への志望者が増加し、優秀な人材が輩出するようになる。情報学部卒業生の能力について、インドや中国と比較されることが多いが、それらの国では、他の職業と比較してIT技術者が花形職種で高給与であることを認識すべきである。
ないものねだりの要求は、期待とは逆の結果になる
 実業界のニーズでは、システム設計実習、プロジェクトマネジメント、コミュニケーションなどのスキルを要求している。
 まともなシステム設計やプロジェクトマネジメントを体験させるには、対象業務およびその環境の理解に多くの時間が必要だし、長期にわたる実習とともに自主学習も必要になる。ところが、学生は社会人よりも合理的な行動をする。1履修単位あたりの所要時間が大きい科目を学生が選択しない。しかも、その実習が医学部や薬学部とは異なり、資格取得に無関係であればなおさらだ。それを必須科目にしたら、合理的行動をする高校生は情報学部に進学しない。ますます情報学部の人気が下がり、情報学部は他学部入試の落ちこぼれが集まり、レベルはさらに低下するであろう。
 コミュニケーションは情報学部に限定されるスキルではない。情報学部では教えべき科目数が多く、他の学部と比較して、このような一般教養に費やす時間が限定される。このスキルが重視されればされるほど、卒業に必要な専門科目の学習量が少ない学部が有利になり、情報学部の相対的評価は低くなる。
 これらをカバーしようとすれば、大学院進学を前提とした一貫教育を行う必要がある。ところが、巷では「35歳定年説」が未だに残っており、IT技術者は寿命が短いと思われている。進学すれば稼げる期間はさらに短くなる。
 もう一つの対策は、情報学部をマネジメント系やプログラミング系などに細分化することである。しかしそれでは、ますます卒業生の就職の幅が限定されてしまう。プログラミングなどのスキルは、大学よりも専門学校に求めるほうが適切だとされるかもしれない。
 有効な対策は一つしかない。情報学部卒業生の初任給をあげることだ。隗より始めよ。
犬に木登りを教えても餌にありつけない。
(教える対象と内容が不適切ならば、育成結果も不適切になる)
 上述のアンマッチ論は情報学部と情報サービス業の関係である。ところが、日本企業がIT分野で遅れている原因には、IT投資が低いだけでなく、ITの戦略的活用の割合が小さいことにある。すなわち、ユーザ企業での利用方法がヘタなのだ。
 これは情報学部と情報サービス業の関係が改善されても解決にはならない。経営者や利用部門がITへの認識を改める必要がある。その予備軍は、主に非情報学部(主に文系)の学生である。ところが、初等・中等教育や高度技術者については論議されているのに対して、文系学部の学生に対するIT教育について語られることは少ない。
 現行でも文系学部でのIT関連科目はかなり多い。ところが、Officeの操作、経営情報システムのような学説、プログラムやネットワークなどの初歩など、実務活用では大して役立たない内容がほとんどである。それに対して、経営者や利用部門が理解するべきこと、例えばIT投資の費用対効果、RFPの策定、IT部門と利用部門の関係など、利用側の視点による実務的な事項が教えられることは稀である。これらは、ビジネススクールでは教えているが、文系学部卒業生のうち、ビジネススクールに通う割合は非常に小さい。これらの初歩を大学学部で教えることが望まれる。
 ところが、それを訴える意見はほとんど聞こえてこない。おそらく次のような理由からだと思われる。

IT技術者の評価(2010/07/14)

受入れ側の企業でも問題は多い。IT技術者の知識やスキルを評価する必要がある。ところが、それはなかなか難しい。

研究所員が研究者とは限らない(名刺の誇大表示)
 ITベンダの名刺には、「コンサルタント」「プロジェクトマネージャ」などのカタカナ肩書が多い。ITSSではコンサルタントではレベル4、プロジェクトマネージャはレベル3以上だけしか定義されていない。ところがIT雑誌によると、コンサルタントと自称する人のうち過半数レベル3以下、プロジェクトマネージャでは30%がレベル2以下だという。
 このような誇大表示は、昔から行われていた。1980年代の求人広告には「求むSE。経験不問」とあった。
システムが大規模になると、それに従事する者の仕事は局所的になる(経歴書の誇大表示)
 経歴書に、ベンダ企業で「大企業でのERPパッケージ開発に従事した」とあるのは、会計モジュールの入力画面設計をしたということである。ユーザ企業で「システム開発の統括をした」とあれば、導入時に見積書の整理をしたか、ベンダと会食をしたかのいずれかであり、実際の開発業務の経験はないということである。「Excelに通暁している」というのは、グラフが描けることであり、ソルバーやゴールシーキングが使えるということではない。
資格や標準スキルは、それ以外、それ以上の能力がないことの証である
 このような誇大表示を避けるために資格や標準スキルがある。医師や弁護士の資格とは異なり、IT関連の資格は業務を行うために必要ではない。資格をとるのは、実際の能力以上のレッテルが必要な場合に限られる。スキル標準でのスーパーハイレベルの能力をもつ技術者は、そのような認定を得たいとは思わないし、若いときに取得したミドルレベルの資格を経歴書に表記するのをためらう。
 すなわち、経歴書での資格やスキルの記述は、その資格以外の知識がないこと、スキルに限界があることを示して、それ以上の期待をもたせないようにするためなのである。
小学生に大学生の能力評価をさせるのは不適切である
 ユーザ企業内でのIT技術者の評価はさらに微妙である。CIOどころかIT部長すら、ITに素人な者が多いので、部下の評価を適切に行うことができない。「技術力が高い」とは評価しても、どの程度の高さなのかわからない。資格取得などをものさしにするが、それがハイレベル技術者に適用できないのは上述の通りである。
 また、「大きな仕事を成し遂げた」といっても、それはチームの成果であり、個人の成果を特定するのは難しい。「トラブルを解決した」ことを評価するのはさらに困難である。真の名選手は、事前対応が適切なので、素人に見えるようなファインプレーはしないのだ。
IT資格を取ると、昇進の道を閉ざされる
 高度な資格取得者はITの専門家だと評価される。しかし、ITの専門家はIT以外の分野は無知だということになっている。そのため、総合職から外され昇進の道を閉ざされ、CIOにもなれない。さらには「キミは立派な資格を持っているのだから、それでやっていけるだろう」といわれ、肩たたきの対象になりかねない。
 ユーザ企業においてIT資格を取得する唯一の利点は、他の部門に異動させられて、慣れない職場で無能呼ばわりされるリスクを回避できることである。

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