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Murphyology on Information Technology (vol.2) 2000s

05 経営戦略とIT戦略

「経営戦略とIT戦略!」はIT屋が最も使う用語である。風邪の特効薬がないように、最も日常的な問題には解決手段がない。

 

経営戦略とIT戦略(2010/9/13)

個別システムの計画はIT戦略に従い、IT戦略は経営戦略に従うべきだという。ところが、経営戦略をIT戦略に展開するのは難しい。それはなぜだろうか。

戦略に関するプロジェクトチームの答申は、承認されるが実施されない
 若い元気なメンバーを集めて「当社の将来」を提案させることが多い。彼らは、雑誌や講習会で聞きかじったベストプラクティスを、自社の成熟度も考慮せず、すぐに実現すべきだと答申する。それを役員会で発表すると、やや教訓めいたコメントはあるものの、基本的には承認される。
 これは若手のフラストレーション発散のための手段であり、役員は答申を実施するつもりはない(だから承認したのだ)。それに気付かない幼稚なメンバーは、一向に実施されないことに不満をつのらせることがある。それを防ぐために答申の一部は実施される。しかし、実施されるのは、答申の中核ではない付随的な事項に限られる。しかも、実施段階において修正がなされ、答申した内容と異なることが実現する。
コンサルタントの報告書と化粧品は、内容よりも体裁が重要な品質である
 社内の者が提案するよりも、著名なコンサルタント会社に依頼する方が、承認を得やすいし、結果がどうあろうと言い訳がしやすい。ところが、「著名」なコンサルタントは、数回顔を出すだけで、実際に作業するのは「見習い」コンサルタントである。
 見習いコンサルタントは、クライアントの発言をメモして、それをまとめる作業をするのだが、コンサルタント会社は、報告書の汎用的なテンプレートを持っているので、それに合わせてメモの内容を挿入するだけである。そのため、テンプレートに入れやすい意見は採用されるが、テンプレートに合わない意見は無視される。テンプレートに入れるべき意見がないときは、あらかじめ用意されている意見を用いることになっている。これにより、整然とした報告書が作成される。なお、手作業ではクライアント名を変更し忘れる恐れがあるので、報告書作成ツールを用いるのが通常である。
 報告書はページ数を多くすることが秘訣である。報酬以上の仕事をしたことが示されるだけではない。大部にすることにより、それを読もうとする誘惑を防ぐことができる。コンサルタントの報告書に「貴社を取り巻く環境」(実際には「貴社」に限定しない一般論)のような既存資料を流用しやすい部分が多いのは、これが理由である。
 また、内容よりも、報告会で手渡しするときの印象、社長室の本棚を飾るのにふさわしい装丁にすることが重要である。クライアントは、「著名なコンサルタントに依頼をした証明」を求めているだけだから。
SWOT分析では、WとTは多数列挙されるが、SとOは出てこない
 謙虚は日本人の美徳である。「他社と比較して、当社は~」というときは、必ず当社が劣っていることが指摘される。「環境変化により~」では、決まって自社にとって脅威になる面が指摘される。
 中には優れた面や機会が挙げられることもあるが、それはSWOT表のバランスをとるために掲げられたのに過ぎず、それに着眼して戦略に結び付ける方向には進まない。そのために、コアコンピタンスの強化ができないのである。
経営戦略はIT戦略にブレークダウンするプロセスで矮小化される
 IT戦略は経営戦略と整合性を持つはずだが、経営戦略をIT戦略に展開するのは難しい。
 「利益率を10%向上する必要がある。その実現のためには在庫の30%削減が不可欠である。その手段として在庫管理システムを構築する」というように、経営戦略でのKGI(重要目標達成指標)やCSF(主要成功要因)を作る(でっち上げる)のは比較的容易である。ところが、どのような在庫管理システムを作れば在庫が30%削減できるのかを明確にするのは難しい。
 IT屋に聞くと「まず、在庫の正確な把握が必要だ」という。それを実行しようとするが、「その前に、受注や出荷情報をリアルタイムに知る必要がある」ので、結局は「リアルタイム入力システム」を構築することになる。すなわち、「在庫30%削減」が「在庫のオンライン把握」に矮小化されるのだ。
 しかも、リアルタイム入力システムを検討する段階になると、関心は入力画面の体裁やレスポンスの速度などになり、当初の「在庫30%削減」や「利益率10%向上」は忘れ去られている。これらのシステム構築や維持の費用が「利益率10%」を食いつぶさなければ良いのだが。
IT活用が盗人に追い銭を与える
 「負け犬」の事業は、撤退が最良の戦略である。ところが、ITを活用することにより、表面的なコストダウンに成功して、一時的に黒字化させることができる(かもしれない)。でも、負け犬が金の生る木になるはずはなく、IT利用は撤退時期を遅らせるだけで、結果的に累積赤字を増大させる結果になる。それなのに、経営者も担当者も負け犬だと気付いておらず、ITにより黒字化できるとなれば、喜んでシステム構築を支援する。
戦略に関しては弱気。システム開発に関しては強気
 先述のように、SWOT分析では弱気になりがちなのに、個別案件のIT化プロジェクトになると、一転して強気になる。無理なスケジュール、ギリギリの費用で実現しようとする。「なせば成る」の精神論が主流になり、リスクを考慮しなくなる。これが「222の法則」(システムは、予定した2倍のコスト、2倍の期間がかかり、1/2の機能しか実現できない)の原因になる。

電子政府に学べ(2010/06/15 大幅改訂)

「上の好むところ、下これに倣う」のは当然である。自民党政府は、e-Japan戦略(2001年~2005年)以降、数次のIT推進5カ年計画を進めてきた。政権交代した民主党も「新たな情報通信技術戦略」(注)により、IT推進戦略を採用している。
 その大きな柱の一つが「電子政府、電子自治体の推進」である。われわれ民間も、その方法をならって企業のIT化を推進すべきである。

(注)旧自民党政権の「i-Japan戦略」をそのまま引き継ぐことを潔しとしないのであろう。内容はあまり違いがないのに、あえて従来の表現を変えている。「日本健康コミュニティ」は「どこでもMY病院」に、「国民電子私書箱」は「国民ID制度」に名称変更した。
 また、たった15ページの本文中に「クラウド」という言葉が13回も出現している。さらには「新世代・光ネットワーク、次世代ワイヤレス、クラウドコンピューティング、次世代コンピュータ、スマートグリッド、ロボット、次世代半導体・ディスプレイ等の革新的デバイス、組込みシステム、三次元映像、音声翻訳、ソフトウェアエンジニアリング等の戦略分野~」の記述が2カ所もある。
 おそらく「新たな用語による情報通信技術戦略」の間違いであろう。IT用語辞典として活用できる迷著である。

より高い観点からKGI(評価基準)を設定せよ
 e-Japan戦略では、申請業務や入札業務などのオンラインシステムの構築を推進した。その結果、5年間で3兆円規模の投資により、ほとんどの申請や手続き業務を電子化し、カバー率では世界でトップクラスになった。このプロジェクトの巨大性、対象の網羅性、開発の迅速性は、日本のシステム開発史に特筆すべき偉業である。
 ところが、その利用率の低いことが指摘されたのだ。2005年末ごろの新聞、雑誌では、住民基本台帳カードや国税電子申告・納税システム(e-Tax)の利用率は0.5%程度であるとか、申請システムの中には、文部科学省申請システムのように申請1件当たりのコストが3400万円もするものがあるなどと非難された。
 民間企業では、このような投資を「失敗」というが、そもそも利用度を効果の基準にすることが低次元の発想なのだ。このプロジェクトは、疲弊したIT産業を活気づけてデフレ脱却を図るという高い目的をもっていたのである。
 その高い目的を進めるために、e-Japan戦略に続くIT新改革戦略では、指摘されたシステムの廃棄どころか、利用率向上による維持発展策を採用した。操作性改善のためのシステムを再構築、e-Tax推進のための税額割引などの追加投資を行っている。
 ところで、IT新改革戦略では「利用率50%達成」を目標にしているが、50%の利用率で職員の負荷はどれだけ削減できるのだろうか。オンライン・オフラインが共存すると、かえって業務が複雑になるのが狙いか?
率を上げるには、分子を大きくするか分母を小さくする方法がある
 分子を上げる手法は国税庁が考案した。e-Taxの利用率では、自主的にオンライン処理で完了させた件数だけでなく、そのシステムを使って計算し出力した書類を郵送した件数、さらには税務署に来た納税者に説明して利用させた件数も加えたのである。
 分子を大きくするよりも分母を小さくするほうが効果的なことは、旧社会保険庁により証明された。未納事業者に督促するよりも、納付対象事業者数を減らす努力をするほうが、納付率を高めるのに効率的で、職員の負荷も減らすことに成功した。
 なお、オンラインシステムの利用率の数値を高めるには、従来のオフライン業務のサービスレベルを低下させる手段があるが、その実証実験は公表されていない。
可視化を重視せよ
 投資は「可視化」されなければならない。行政投資は「箱もの」投資に決まっているが、それは成果を可視化するためである。無形のシステムを可視化するには文書化するのが適切である。電子政府プロジェクトでは、EA(エンタープライズアーキテクチャ)という方法を採用した。それに準拠することにより、膨大な文書を作成できた。
 
スケジュール計画が目的実現に大きな影響を及ぼす
 EAの採用は電子政府システムの構築が進んだ後で公表された。これは「最初の一つは放棄するつもりでいよ」という大御所ブルックスの法則の実践であり、「文書化はシステム構築以降に行うのが適切だ」という民間のノウハウを応用したともいえるが、それよりも本来の目的である「より大きな投資」を実現するのに効果的な方法だったのだ。
測り方を工夫すれば、ネズミは象よりも大きくなる
 投資では事後評価が重要だ。しかし、評価方法により結果は大きく変わる。
 WEF(世界経済フォーラム)が毎年発表する「ICT競争力ランキング」で、ここ数年、日本は20位付近に低迷している。それに対して総務省は、評価項目が不適切だとして独自の評価基準で調査し、「日本のICTインフラに関する国際比較評価レポート」で日本が総合1位であることを示した。
 総務省の発表では、電子自治体システム全体の利用は急速に伸びている。ところが、個人を対象とした利用率が高いものは施設の利用予約や図書館の貸出予約である。電子自治体構想の当初に利便性の例として用いられた地方税申告や転居手続きなど、役所に出掛ける手間を省く分野は依然として利用率が低い。利用効果ではなく、利用件数を単純集計しているのがミソである。
 電子申請やWeb広報などのユーザー満足度を測定し公表している自治体は多いし、その満足度は高い。ところが、その調査方法の多くは、そのサービスを提供しているWebサイトで行っており、利用した人だけを母集団にした調査である。しかも、そのサービスに要した費用は知らされていない。「このサービスを利用するのと、従来通りだが○○円税金が下がるのとどちらがよいか」と聞いた調査結果を見たことがない。

マネジメント標準(2007/12/26)

COBIT、ISMS、ITIL、PMBOKなど、多くの標準や規格が花盛りである。ここでは、それらを「マネジメント標準」という。ところで、これらは誰に理解させようとしているのだろうか?

マネジメント標準は、IT部門だけが関心を持つ
 IT部門はマネジメント標準が出現するたびに、その勉強をしようとか、資格を取ろうなどと大騒ぎをする。ところが、これらの標準では経営者のリーダーシップの下で全社的な活動を行うこと、PDCAにより継続的に成熟度を向上させることを要求している。本来ならば、経営者を含むすべての関係者が関心と理解を持つべきものである。
 COBITはITガバナンス関連の標準なので、本来なら経営者が対象のはずである。ところが、COBITを読んで理解できる経営者は皆無に近い。次の改訂版では、ぜひ「本書を読んで理解できること」を、成熟度測定基準として付け加えてほしいものだ。
 例えば、販売システム構築プロジェクトでは、(名目だけかもしれないが)販売部長がプロジェクトリーダーになる。それなのに、販売部門はPMBOKという用語すら知らない。
マネジメント標準の効果は新規ビジネス創造にある
 マネジメント標準策定の目的は、より多くの企業がそれを理解して適用することにより、成熟度の向上を図ることにあると思われるのだが、一般に次のような戦略になる。  これを協会独自で行うのには限界がある。それで、○○基準をISO規格にすることにより、半強制的な仕組みにする。
 このように資格ビジネスへと変身し、資格者を増加させて収入を得ることが目的になる。中には、バッジや手帳、名刺などの関連グッズにまで事業拡大する。
資格制度は教条主義を生み出す
 これらの資格試験では、当然ながらその基準に記述された文言を忠実に暗記していることが求められる。
 実際のセキュリティ対策やプロジェクト運営においても、基準に示された方法以外の手段を用いてはならず、示された文書をすべて作成することが必要だと信じてしまう。それによりプロジェクトが遅れることなどには関心を持たない。
マネジメント標準に関心を持つのは、取得と更新のときだけである
 ○○認定を取得した理由は、顧客にそれを取得していることを示すためであり、実際の業務マネジメントを改善するためではない。それはISO9001を取得している工場で欠陥を隠したり、HACCP(ISO 22000)取得の食品メーカーが期限切れの原料を混入する事件が続出しており、しかも、それを審査認定した機関が取り消し処分を受けていないことからも明白である。
 認定書表示が目的なのだから、関係者がマネジメント標準に関心を持つのは、取得と更新のときだけであり、文書をいかに整えるかが最大の作業になる。それにはITの活用が不可欠である。それで、マネジメント標準は、IT部門だけが関心を持つのである。
中小企業こそ法規や基準を重視せよ
 個人情報保護法や日本版SOX法は、中小企業を対象にしていない。ところが中小企業の取引先である大企業はその対象になるし、業務発注先の監督が義務付けられている。それで取引先の要求により、中小企業がISO9001やプライバシーマークを取らされることになる。
 しかも、大企業は自社での順守レベルよりも厳格なレベルを、中小企業に要求する。審査員による第三者認定と異なり、取引先による第二者認定では要求事項や認定基準が恣意的に決められるので、要求がエスカレートする。マネジメント標準の乱立は、中小企業への脅威である。

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