スタートページ主張・講演 マーフィーの法則(vol.2)はじめに・目次

Murphyology on Information Technology (vol.2) 2000s

03 IT用語論

「はじめに言葉ありき」。ところがIT用語はロゴスではなく、むしろ秘密結社の符牒に近い。人間は言葉により物事を認識するのだから、IT用語の特性を理解することが大切だ。その理解をしたうえで、IT用語を適切に活用することが望まれる。


IT用語の事大主義(2009/6/16)

IT用語は英略語が多いので、部外者が理解しにくいといわれる。しかし、そのような英略語はどうせ相手に意味が通じていないので、誤解も生じない。むしろ、一般用語が特殊な意味で用いられているケースがあり、その方が誤解を生むので危険である。

「情報、システム、マネジメント、経営、戦略」をIT部門の5大慣用句という。どのような言葉にもつけられるが、特別な意味を持たないのは「根岸の里の侘住居」の類である
 「情報」とは、IT部門が取り扱う一切のものを指し、それ以外のものはいかに重要な情報であっても、「情報」とはいわない。
 コンピュータに入力する残業時間のデータは立派な情報であるが、「競争会社が新製品を発表しそうだ」などというニュースは、コンピュータに入らない限り情報とはいわない。すなわち、情報とはコンピュータ処理の入力と出力のことである。
 「システム」も同様で、コンピュータで処理することを指す。本来ならば、システムとは「複数の要素が共通目的を達成するために相互関連を行う機能の集合」のことであるが、受注、在庫確認、出荷などのシステムがバラバラで、相互関連をしていなくても「販売情報システム」という。
 「マネジメント」は、以前は「販売管理システム」のように「管理」と訳したが、倒産企業の格式を「管理株」、財政破たんした自治体を「管理団体」というのが露見してからは、「販売マネジメントシステム」のように「マネジメント」を使うようになった。
 いずれにせよ、人事管理システムとは給与計算のことであり、販売マネジメントシステムとは請求書作成のことである。近ごろは、マネジメントでも迫力が薄れたので、「ガバメント」が出現してきた。そのうちに「人事ガバメントシステム」となるだろう。オソロシヤ。
雲の隙間から経営覗く
 IT部門は「経営」が好きである。コンピュータ初期時代での「カードの穴から経営を覗く」は「パソコンの窓から経営を覗く」となり、さらに「網(あるいは雲)のすき間から経営を覗く」ようになった。
 「経営情報システム」とは、MIS(Management Information System)の日本語訳である。このコンセプトは1960年代に、ともかくすべてのデータをコンピュータに入れておけば、経営に必要な情報が多様な切り口で即座に取り出せるので、数値に基づく科学的な意思決定が迅速にできるとされた。ところが、その後の経過を見ると、この発想はMYTHでありMISSであったとされた。
 「戦略」とは帷幕の中で策を巡らすことであるが、これも単に「経営」の接続語であり「経営戦略」として用いられる。「戦略的情報システム」は、1980年代後半から1990年代初にかけて情報は企業競争の武器であると喧伝され「IT戦略」が発明されたが、実際には取引先とオンラインでデータを交換することであった。
 IT部門は、自部門を「経営戦略」部門だと位置付けている。それなのに「経営」者とのコミュニケーションが悪いことや戦略を提案できないことが指弾されている。ところで、経理部門はどうして「経営資産戦略部」といわないのだろう?
IT要員の職名は、職務に関係なく出世する
 コンピュ-タがやっとポピュラーになった1960年代では、まず男子はオペレータ、女子はパンチャーになり、プログラマに昇格してSEになるコースが標準であった。
 「パンチャー」は紙テープやカードがなくなるのに伴って、その名称もなくなった。「オペレ-タ」は、電話交換手のようにいずれはなくなるイメ-ジが伴うので、「ファシリティマネジメント」と呼ばれるようになり、管理者に出世した。最近は「ITサービスマネージャ」として、情報産業の花形職種のように見せかけている。
 「プログラマ」は往時は花形職種であったが、残業が多いイメージが影響して3K用語に転落した。1994年に通商産業省(現経済産業省)はプログラマを職業蔑視(べっし)語と認定し、情報処理技術者試験からこの用語を削除した。現在では分野別に「○○スペシャリスト」と表現し、高度技術者だとしている。実際には、ITSSにおけるエントリレベルの者がほとんどなのだが。
 「SE」もいつの間にか廃語になった。現在では、「ストラテジスト」や「アーキテクト」など、ほかの分野では到底考えられない立派な称号を発明している。
 IT部門以外への配慮も忘れない。情報処理技術者試験ではユーザーを「システムアドミニストレータ」として、システムの管理者、権限者であるとした。さらに、ITパスポートとして、国が免許皆伝を与えたような資格に昇格した。
 現在、IT分野での最高位はCIOである。それだけではポストが不足するので、CISO(チーフセキュリティ)やCKO(チーフナレッジマネジメント)などが名乗りをあげている。なお、これに伴い、CIOを(Chief Innovation Officer)に昇格させることが検討されている。
 このように名称の誇大化が進むと、名称が枯渇するのではないかと心配になる。
 ここで見識があるのが総務省統計局である。同局が管轄する日本標準職業分類は、1997に改訂したが、それでも情報処理技術者としては、SEとプラグラマしか認めていない(ちなみに、同分類では事務従事者に「キーパンチャー」や「ワープロ操作員」を残している。中央省庁にはカードリーダーやワープロが残っているらしい)(注:2011年末に職業分類が改正され、これらの伝統ある呼称は消滅してしまった)。
(発展法則)この法則はメタ法則の部分法則にすぎないとの指摘がある。これ以前にも、職業婦人→女子社員→OL(ladyは貴族女性の尊称)などの例があることから、「IT要員の」を外すべきだというのだ。

新用語・概念の活用方法(2009/7/29)

「新しい酒は新しい革袋に」入れるべきではあるが、「新しい酒」が古い酒と同様ならば、「新しい革袋」を用意するのは無駄である。
 流行語のような専門用語を「バズワード(buzzword)」というのだそうだ。
 IT業界はバズワードであふれている。以前からある用語と同じような概念なのに、あたかも新しい概念であるかのように新しい名前をつけて、商売にする連中もいる。
 新用語の中には長期的に重要な概念として定着するものもあれば、一時的な流行で忘れ去られるものも多い。米ガートナーは、バズワードの栄枯盛衰を「ハイプ曲線(hype-cycle)」によりモデル化している。
 将来発展するものに関心を持たないのはバカだし、やがて消えてしまう流行に飛びついてはしゃぐのもバカだ。

新用語の寿命は30番目の図書が出版されるまでである
 以前からあった用語(経営手法でもIT技術でもよい)をA、対象とする概念をBとする。
例:A=BPR→B=SCM、 A=ASP→B=クラウド  そして、Bに関する30番目(注)の図書『Bの落とし穴』が出版され、それを最後にBに関する図書は出版されなくなり、講演も行われなくなる。Bは禁句になったのである。ちょうどそのころに、さらに新しい用語Cが出現して、Cの黎明期になる。
(注)これは1990年代前半の数値である。インターネットによる情報伝達が進んだために、現在では20冊未満になったという説がある。
「これまでは~、これからは~」論の内容は、これまでいわれていたことを繰り返すだけである
 新用語・新概念Bが出現するたびに、「これまでは~、これからは~」がいわれるようになる。ところが、それと従来の用語・概念Aの違いはたいしたことではない。それで、A以前の「これまで」との対比になる。そのため、「IT部門の任務は、これまではデータ処理が中心であった。これからは経営戦略に密着した~」というような、1960年代にもいわれていたことが、用語と表現を変えただけで、いまでも繰り返されている。
 しかし、この論調は適切だともいえる。ITに関するアンケート調査では、「実施済み」「検討中」「予定なし」の比率は、数年前に同じ調査をした結果と、ほとんど同じである。多くの企業の「これまで」はA以前の状況なのだから。
「○○時代の~」「△△のための~」という図書の内容は、○○や△△には無関係である
 ○○として、1990年後半は「インターネット時代の~」、2000年代前半は「ユビキタス時代の~」、2000年代後半は「クラウド時代の~」などが一般的であった。△△には、「個人情報保護法」や「内部統制」など、そのときどきの強制力を持つ用語Bにするのが効果的である。『個人情報保護法対応のためのセキュリティマネジメント』は、個人情報保護法が衰退期になったときは、表紙だけを『内部統制対応のためのセキュリティマネジメント』と刷り直せばよい。
 市販ソフトウェアも同様である。Bの成長期や成熟期には「Bを実現する~」のキャッチフレーズがつけられる。そのソフトは以前には「Aを実現する~」と称していたのだが。
新用語は信じず布教に使え
 これらの新用語への批判や揶揄を口にしてはならない。保守反動派のレッテルを貼られてしまう。しかし、自分で信じてはいけない。短期で否定されるのだから、信じて行動するとマスコミにハシゴを外される。
・SISは企業生き残りの切り札 - SIS投資はバブルの申し子
・ダウンサイジングはコストダウンに - 見えないコストで高くなる
・アウトソーシングせよ - 空洞化するので本体へ戻せ
 このような用語を説得に利用することが秘訣である。「○○に対処するためには、ITの活用が必須であり、□□を提案する」と提案するとき、○○と□□の因果関係を気にする必要はない。ともかく流行の概念用語が使ってあればよいのである。
 例えば、「クラウド時代に向けた標準化の推進」であっても、「内部統制対処のためのハードウェアの購入」であってもよい。そうすることによって、提案が採用される確率が高くなる。出版も同様で『クラウド時代の園芸入門』などの用法も効果的である。
 くれぐれも30番目の出版に気を付けて、禁句となったAを用いないことが必要である。禁句を用いた提案は、没にされるだけでなく、提案者の品位を疑われることになる。

統計調査の活用(2009/8/27)

用語と同様に重要なのが数字である。自説をもっともらしくするには、第三者による統計データを示すのが適切である。経営者は「まわりがそうならウチも」という「隣百姓」的発想をするのだから、都合のよい調査結果を適切に使え。
 しかし、自分が統計数字を信じるのは危険である。それは、下記のような前提があるからだ。これを理解すれば、自分で「客観的な」統計を作ることができる。なお、その前提まで経営者に示す必要はないのは当然である。

誰が誰にアンケートしたのかをチェックせよ
 「○○が重視されている。アンケートによれば、すでに導入している企業が20%、検討中が50%、予定なしが30%であった」という結果が出た。「では、当社も」と考えるが、実はこのアンケートは、○○をテーマにしたイベント会場で実施したものである。
 例えば、「インターネットでの購入が急増している」というアンケート結果は多いが、そのアンケートはWebサイトで実施したものが大部分である。
回収率が低いアンケート結果を信用するな
 自分に関心がないアンケートには回答しないのが普通だ。回収率が20%のときは、「○○に関心を持っている」が70%、「持っていない」が30%であったとすれば、実際に関心を持っているのは20%×70%=14%、持っていないのは80%+20%×30%=86%である(関心があっても答えないこともあるが)。
 経済産業省による「情報処理実態調査(平成18年)」は、全体の回答数が4267社になる大規模調査だ。それによると、年間事業収入が10億円未満の企業の情報処理関係支出額は年間事業収入の11%であった。企業全体では2%未満である。この数値から「小企業は大企業よりもIT投資に積極的だ」と結論できないか? 企業全体のうち10億円未満の企業が占める割合は、実社会では90%程度なのに、回答企業ではわずか8.5%なのだが。
定義が不明確な調査項目を疑え
 ERPパッケージの導入調査では、パソコンの会計ソフトもERPパッケージと称しているので、従業員5名程度のIT担当者すらいない企業がERPパッケージを導入していることになる。データウェアハウスの導入調査では、すでにEUCとして情報検索系システムが定着しているのに特定の商品を用いていないことから、導入もしていないし導入予定もないと回答する。
 パソコン装備率では、分母となる従業員とはパソコンを使うべきオフィス業務担当者だけなのか、工場作業者や店舗販売員までを含めるのかを明示したアンケートを見たことがない。
 IT投資額の対売上比率では、生産分野での制御機器やCAD、広報分野でのWebサーバのホスティング費用などが含まれているのかどうか。これらを含まないとすれば、銀行のIT投資は非常に小さくなるはずである。一般にいわれているIT投資額とは、IT部門予算額だといい換えるべきであるが、どこまでがIT部門の管轄なのかは企業により大きく異なる。
IT関係の経営者へのアンケートは、「IT部門から見た経営者」と読み替えよ
 社長宛ての社用手紙は、秘書や総務担当者が仕分けする。アンケートを社長に渡すよりも関係部署に回すのが常識だし、社長が開封しても関係部署に回す。それが、経営者を対象にしたアンケートなのに、IT特有の用語・概念を含む質問に回答できている理由である。
 例外的に経営者自身が回答することもある。経営者は自分をよく見せる習慣がある。自社の実態ではなく、世の中(雑誌など)でいわれていることを思い出し、「模範解答」を回答する。
「CIOの最大関心事」は、IT雑誌が前月号に特集した事項と一致する
 CIOはITの基本方針を示すのが任務である。基本方針が数カ月で変わるとは考えにくい。関心事がころころ変わるのは、「その時々の話題に引きずられている」からだ。
 もっとも、CIOが関心を持っている項目は、アンケートの選択項目にはないことが多い。質問者がIT雑誌の話題から項目を選定しているのだろう。
 また。上述のように、CIO本人ではなくIT部門が回答している。雑誌での主張を「正解」としておけば、CIOに報告するのに無難である。
「IT部門の任務」では、時代に関係なく「これまではDP業務。これからはIT業務」である
 「これまでIT部門が従事してきた業務は、基幹業務系システムの構築・保守運用が主であった。これから(3年後)は、経営戦略に密着した全社的改革業務が多くなる」というアンケート結果が多いが、これは1960年代でのアンケート結果とほぼ一致する。
国際比較論では、常に日本は後進国である
 昔から識者は「米国では~。日本では~」として、日本の後進性を指摘するのが常である。
 CIOの関心事に関する調査で、米国ではセキュリティ対策が1位、日本では4位の結果が出ると「日本は社会的要請に応えていない」といい、次の年に米国でビジネス改善関連が1位、日本でセキュリティ対策が1位になると、米国は攻めの投資なのに日本は守りの投資だという。常に米国が正しいのである。
 最近は中国やインドと比較して、日本のIT関心度が低いことが指摘されている。日本ではITが成熟期になってきたのに、これらの国では成長期であることには言及されていない。
 このような自虐的論調のために、IMDなどの国際ランキングで日本の順位が下がるとはしゃぐが、順位が上がったときには沈黙する。

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