主張・講演エンドユーザ・コンピューティング(EUC)の光と影

ユーザの過度体裁愛好症

要旨

とかくユーザは情報の内容よりも出力帳票の体裁にこだわる傾向があります。これはユーザの生産性向上にならないばかりか,目的と手段を取り違えた見えないサボタージュになります。さらに,スーパーユーザがこれに罹ると,いつのまにか情報システム部門に反乱するようになり,情報システムの無政府状態を招くことに発展しかねません。


パソコンの利用は生産性の向上になるか?

一人に1台のパソコンが当然のようになり,ユーザのパソコン知識も向上してきました。その大きな目的は生産性の向上にあります。では,本当にパソコンを利用すると生産性向上になるのでしょうか? それを阻害しているのが,過度体裁愛好症の蔓延であり全社員コピーライター化の風潮です。

   
情報を入手するのは簡単だ
A君は,支店別府県別売上表(北海道は札幌支店,東北6県は仙台支店というように地域担当支店があります)を調べようと思いました。上図(1)のような小計・中計・大計をベタ打ちした帳票を入手するのは,典型的なツールがありますので,思いついてからパソコンを開きモタモタする時間を入れても10分もすれば得られます。もしこれを手作業で行うのであれば(仮に)1週間かかります。1週間の作業が10分でできるのですから,驚異的な生産性向上です。
罫線を引きたがる
ところがユーザはこれでは満足しません。ユーザは罫線がないと表だとは思わないのです。それで(2)のような帳票にします。
 こうなるともはや汎用ツールはありません。個別にデータをダウンロードしてパソコンの表計算ソフトで編集することになります。
これはかなりの工夫をしています。大計・中計・小計の順(本来,問題発見のためにはこの形式がまっとうですね)にしてあり。札幌支店では1道しかないのですから中計をする必要がありません。これらはここでの論調に無関係です。
グラフ化を
最近はマルチメディアの時代です。数字の羅列は悪であるという思想が有力です。また(3)のようなグラフは表計算ソフトで簡単に得られます。
ここからが腕の見せどころ
(3)ではあまりにも平凡です。立体グラフにしたり色彩の工夫をしましょう。タイトルの字体や枠取りも凝りましょう。などとやっているうちに(4)のような体裁になりました。これでやっと満足するのです。実はまだ満足していないのですが,このような加工をしている間に1週間たち手計算で行うのと同じ時間が経過したので,他の作業をしなければならないので打ち切ったのです。

ここで2つのことに留意する必要があります。
 (1)でも(4)でも情報の内容は同じです。10分が1週間になったのは「体裁」の向上でしかありません。
 A君の本来の業務からすれば,名古屋支店が業績不調であることを発見して,その対策をとることが仕事であり,それを迅速に行うことが生産性の向上のはずです。すなわち,A君の場合はパソコンの利用は生産性向上につながらなかったのです。

気づかないサボタージュ

オフィスワーカーが常に仕事をしているとは限りません。暇なときには喫茶店に行って週刊誌でも読んでいるでしょう。しかしそのときは,自分がサボっていることは自分自身も知っているし周囲にもバレています。忙しいときにそのようなことをする人はいません。

A君の場合は,一心不乱にパソコンに向かっています。本人も自分は仕事に打ち込んでいるし,周囲もそう見ています。本来ならば11分後に名古屋支店対策に取り掛かるべきところを1週間も放置していたことは,明らかにサボタージュであり,叱責を受けるのが当然なのに上司も熱心に仕事をしていると評価してしまうのです。おそらく仕事が立て込んでもA君は時間の許す限り,A君はこのような行動を繰り返すでしょう。目的と手段が混乱してしまったのですね。

パソコン1台あたりの維持にかかる総費用をTCO(Total Cost of Ownership)といいます。がートナーはユーザ部門や情報システム部門の管理費が非常に高いので,TCOはパソコン購入費用の5倍になると指摘して大きなショックを与えました。このような気づかないサボタージュを計算に入れたらTCOはさらにその数倍・数十倍になるでしょう。

全社員総コピーライター化の危険

A君だけがこのようなことをしているのなら,変わったやつだ程度ですむのですが・・・。Bさんが(当然違うテーマですが),(1)の帳票を作成して,11分後に部長にそれを見せて名古屋対策を提案したとします。部長はその話を聞く前に「なんだい,この帳票は。人に見せるようなものじゃないね。A君のを見たまえ」となるのですね。BさんもA君に負けていられませんから,A君は単なる柱グラフでしたが,Bさんは該当製品である乗用車の図を積み重ねるようにして・・・となります。

当然,CやDもそれにならうようになります。ついには全社員が帳票体裁の美化運動に参加するようになり,帳票コンクールが開催されるようになります。この企業が競争に負けるのは遠くありますまい。

私は,このような風潮がはびこるのは上司が悪いのだと思っていました。ところが,上司に提出する書類ではなく,自分の机の引き出しにしまっておくものもこのようにしているのに気づきました。どうやら「オレはこんな技術を体得できた」という自己実現を満喫しているようです。自己実現はマズローのいう動機付けの最高レベルですので,それを非難するのは気が引ける・・・

なかには自分で(4)のような加工ができない人もいます。すると,情報システム部門に(1)のような汎用ツールではなく,(4)までもできるように二次加工機能を組み込んだ個別のツールを作ってくれと要求します。情報システム部門がそれに応えようとすると,こんどは情報システム部門の生産性が低下してしまいます。これについては別途「ユーザの過度依存症」で詳述します。

スーパーユーザの反乱

一般に仕事ができる人はパソコン知識も高いようです(「証明できるか」とか「その逆も真か」などの意見もありましょうが)。そのような人をスーパーユーザといいましょう。エンドユーザ・コンピューティングの普及のためにはスーパーユーザの存在は不可欠です。情報システム部門にとって頼りになるシンパです。ところがややもすると,このスーパーユーザが情報システム部門への反乱の首領になる危険があります。

ユーザ派閥の形成

ゴルフとパソコンには「教え魔」がいます。せっかく自分が(4)のような技術を習得したのだから,この技術伝播をするのは社員としての使命であると考えて,支店販売部門会議で発表し講習会を開きます。

情報システム部門は標準化が好きです。それで表計算ソフトは○○と標準ソフトと決めて,アドオンソフトも情報システム部門が決めたもの以外の利用を禁止しようとします。ところがどいうわけかスーパーユーザは標準ソフト以外のソフトやアドオンソフトが好きなようです。それでこの講習会でも「○○はダメだ。△△だとこのようなことができる」と宣伝して,支店販売部門では△△が「部門標準ソフト」になります。同じような人が生産部門にいると,○○や△△ではなく□□にしようと主張して生産部門では□□が標準になります。このようにして,標準化は崩れ去ります。

情報システムの無政府状態

情報システム部門としてはこれでは困るので説得しますが,限定された分野では一般的にスーパーユーザのほうが情報システム部門よりも知識が高いので相手にされません。それでトップの前でスーパーユーザと情報システム部門の対決になるのですが,その結果は,とんでもないほうへ進んでしまいます。

情報システム部門の主張は「○○でも△△とほぼ同様なことができる」とか「標準化が重要だ」という点に集中しますが,スーパーユーザは「名古屋支店での問題点は・・・」を話題にします。当然トップは,表計算ソフトの機能よりも名古屋支店対策のほうが理解しやすいし重視しています。いつのまにか,スーパーユーザが名古屋支店問題を解決しようとしているのを,情報システム部門がくだらない技術的問題を理由にして反対しているのだということになり,「情報システム部門は経営を知らない技術バカだ」と烙印を押されることになります。

このようなことが何回か続くと,もはや情報システム部門はスーパーユーザが率いるユーザ軍団に手出しができなくなります。それは,単に表計算ソフトの標準化問題ではなく,情報システム全体に及びます。その結果,情報システムに関する情報システム部門のガバナンス能力は失われ,求心力のない群雄割拠の無政府状態が出現します。すなわち「ユーザ主導の情報システム」が成就するのです。

そもそもスーパーユーザは,情報システム部門がかわいがって無理も聞いて育ててきたのです。それが飼い犬に噛まれるようになったそもそもの原因は,ユーザの過度体裁愛好症にあります。すなわち「罫線は非行のはじまり」ですので厳重な監視が必要です。