主張・講演エンドユーザ・コンピューティング(EUC)の光と影

コミュニケーション系システムの問題点

コミュニケーション系システムがうまく運用すると,活発な創造性の高い組織ができます。しかし,コミュニケーション系システムは個人が積極的に発言しなければ意味がありません。その動機付けに失敗すると,よしんば表面的には活用されているように見えても,実際の効果が生まれない危険があります。


知識共有化を阻害する要因は多い

電子掲示板にせよナレッジ・マネジメントにせよ,知識の共有化をするには,知識を持っている人が知識を公開しなければなりません。それには,次のような阻害要因があります。右図でA〜Eのときには発信しません。また発信されたFも受信側のア〜エのように利用されないこともあります。結果としてFオだけが有効に利用されたことになります。

発信側の要因

A 自覚していない
自分が価値のある知識を持っていることに気づかない。自分が知っていることは他人も知っていると思えば,あえて発表しようとはしません。高い知識を持っていればいるほど,こんなことは常識だと思いますし,中途半端な人は「こんなことを発表したら,なんだアイツの知識レベルはこの程度か」と評価されるのではないかと心配します。
B 表現できない
暗黙知を形式知とするのは,自分が意識していないことですからを表現するのが困難です。誰かがうまく質問してくれれば答えられるのですが,知識を体系立てて文章にするのは苦手の人が多いのです。
C 発信したくない
自分が他人の知らない知識を持っているので地位が保たれているので,それを公開するのは不利になると思う人も多いでしょう。特にリストらが進行しているときには「知識を搾り取ってからクビ」のような状況も考えられるので,自分の墓穴を掘ることにもなりかねません。
D 面倒になる
閉鎖的な組織では自主的な発言が制限されます。「他部門あるいは上に電子メールを出すときは,かならず直接の上司の承認を得ること」などが明文的あるいは暗黙的なルールになっているとき,わざわざそれまでして発信したいとおもうでしょうか? それに,自分の仕事以外のことに口をだすと,自分が面倒に巻き込まれるだけでなく,上司や先方の組織から睨まれないかと思います。沈黙は金ですし,さわらぬ神に祟りなしです。
E 作業が面倒
わざわざ発信するのは,その作業が面倒です。かなり慣れている人でも,わざわざ文章を作って発信したいでしょうか。

受信側の要因

ア 発見しない
「私の知る限りでは,これが最良の方法です」ということがりますが,「私の知らない」こともたくさんありますね。知識活用の認識が広まっていない組織では,自分の知識だけで仕事をすることが当然だと思っています。また,わざわざ掲示板を調べるのが面倒なこともあります。
イ 発見できない
適切な知識を探すにはそれなりの技術が必要です。そのために,せっかく適切な知識が登録されているのに,発見できないことがあります。これを減らすために全文検索にナレッジ・エンジニアリングの工夫をしたツールの採用なども考えられます。
エ  価値がない
発信側と受信側のニーズがマッチしていないことはよくあります。たとえば受信側は失敗例を知りたいのに,自分の失敗を発信する人は少ないでしょう。
ウ  価値に気づかない
本当は適切な知識があったのに,それを適切な知識であると気づかないこともあります。

コミュニケーション系システムの推進には問題が多い

見かけの成功と実質

統計上は活発に運用されているように見えても,内容を調べると,効果が出ていないこともあります。

電子メールは情報共有化にはならない
電話ならば一方の声は他人に見られます。ファックスは持ってきてくれる間に内容が読まれます。手紙でも誰から誰に何か連絡したことがわかります。それに対して,電子メールは比較的他人に知られない通信手段なのです。
本来ならば掲示板に掲げるのに,「あの人には内緒」にしたいので,同報メールにすることも考えられます。同報メールが多いのは秘密にしたい人が多いことの裏返しのこともあります。
過剰な掲示板数も問題
掲示板の個数が多いのは,それだけ多くのグループがあり活発な運営が行われていると考えられます。でもあまりにも過剰であったり,複雑なパスワード体系になっているときは,不自然な締め出しが行われている結果だともいえます。

推進策での誤解

組織の実情を理解せずに他社の成功例を表面的に採用すると,かえって推進を阻害してしまうことが多いのです。

トップの関心
「ワシも掲示板をよく見ている」「よい意見があったときは,ワシからも激励の記事を入れている」のは,「トップが見るので会社の方針に反対するような意見は出さない」ように自己規制が強くなることがあります。まして「グループウェアによって社員の考え方がよくわかる」などといわれれば,ホンネが発信されることはなくなるでしょう。むしろ「管理職以上閲覧禁止」としたほうが活発な意見が交換されることすらあるのです。
発信するルールを作る
多くの商談は不調なのが当然です。「これまで口頭で上司に報告していた商談報告を掲示板に掲げて多くの部門も状況がわかるようにしよう」は,「自分の失敗を不特定多数に知らせたくない」となります。それを強制すると「いつどこへ行った」程度の価値のない内容になってしまいます。一般的に発信を強制すると,数は多くなっても内容は価値のないものになります
入力フォーマットを作る
「入力しやすいようにフォーマットを用意したり,文章を書かなくてもボタンをマークするだけでよい」とするのも問題があります。口頭で商談報告をするときには,先方の社長の娘が結婚したとか,訪問途中でこんなことがあったという雑談もするので,そこから価値のある情報が得られることもありますが,フォーマット化した報告にはそれが除外されてしまいます。
表彰をする
組織の中にはやっかみがあります。「アイツは表彰されたがっている発言魔だ」のような噂を立てられると,発言しにくくなります。逆に発言数の競争をすると,どうでもよい発言が多くなり,価値のある情報が埋没されてしまいます。

既存組織文化との関係

ふだんから自由な発言が活発なオープンな文化を持つ組織では,グループウェアなどが導入されれば,特に努力しなくても効果的な活用が期待できます。ところが「沈黙は金」のようなクローズな文化の場合には,上記のような問題が起こりがちです。あるいは,クローズな文化をオープンなものに変えるためにグループウェアを導入することがあります。このようなときには,変化を推進する動きと,それを好まない既存文化との間にコンフリクトが起こります。

これを解決するには,全社的な意識改革運動が必要になりますが,その推進にあたっては,自社の文化をよく考えないと上記のように,かえってそれを阻害する結果になる危険があります。


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