情報関連ベンダが直面している課題は多様ですが,中小企業市場へのアプローチも大きな課題でしょう。中小企業のなかには,先進的な情報化を成功させている企業もありますが,一般的には成熟度が低いといえます。そのような,情報化に関する素人が顧客のとき,営業のアプローチにも工夫が必要になります。今日はそれについて考えたいと思います。
当然ながら,私などが特効薬を持っているはずがありません。ここでは「素人顧客はこのような発想をするし,疑問を持っている」ことを整理して,それにどう対処するかの問題提起をしたいと存じます。
情報システムベンダ(以下「ベンダ」という)は,これまで大企業や中堅企業を顧客としてきました。その場合には,情報化の意思決定を下す経営者や実際にシステムを使う利用部門とベンダの間に仲介者としての情報システム部門が存在していました。ベンダの直接的な相手は,情報関連の知識もあり,業界の慣習も熟知している情報システム部門でした。
ところが情勢は変化してきました。大企業では,情報システム部門の戦略部門化やアウトソーシングにより,日常業務である仲介役としての情報システム部門が存在しなくなってきました。また,Webサイト構築のような特殊業務の情報化では,情報システム部門ではなく広報室や営業部が直接の相手になることも多くあります。ERPパッケージによる開発では,情報システム部門が存在しても,経営者や業務担当部門と直接に接する機会が増大してきました。すなわち,情報関連知識の素人であるエンドユーザとの直接取引の機会が増加してきました。
これまでも中小企業の情報化は成長市場でしたが,最近では中堅企業ではなく小企業の情報化が注目されています。この分野の市場で競争優位に立つことが,ベンダの戦略として重視されるようになってきました。
情報化の成熟度が低い中小企業では,情報システム部門どころか情報技術者すら不在です。中小企業の経営者は独裁的な権限を持っており,情報化に関しても経営者の一言で採否が決定してしまいます。ところが,経営者は情報化についての素人です。しかも,強い個性を持っており,他人の論理的意見などには耳を貸しません。話を聞く前に「情報はきらいだ」といったり,逆に偏見的な情報論を巻くし立ったりします。
多くの中小企業経営者は情報化には醒めた態度のようです。
行政は,日本経済の回復には中小企業の体質強化が重要であり,それには積極的な情報化が効果的であるとして,多様な情報化支援対策施策を講じています。でも,現実には「笛吹けど踊らず」の状況のようです。融資対策では,予算が余ってしまうと聞いていますし,人的支援措置として制度化したITコーディネータも,仕事がないという状況のようです。本当に中小企業は情報化を望んでいるのでしょうか?
笛を吹いても踊らない理由には,経営者のIT観が影響しているのでしょう。今日のような不況では,経営者は資金調達や販路開拓で頭がいっぱいで,情報化などは,もし必要だと感じてはいても,優先順位が低いのは当然です。
それだけでなく,過去の成功から「自分の知らないことは価値がない」と思っている経営者も多くいます。自分に知識経験のない情報化に関しては「食わず嫌い」な傾向もあります。このような状況では,情報化をしたにせよ,成功する確率は低いでしょう。
このような状況の中小企業に,ベンダが無理に情報化を押し付けたとしたら,思いもしなかったような多様なトラブルが発生するリスクがあります。あるいは,それによる費用負担ができずに,ベンダが回収不能になる危険もあります。
RFPはベンダが業務受託するきっかけですし,契約の基礎となるものですから,しっかりしたRFPを作成する必要があります。ITコーディネータや中小企業診断士も,RFP作成の支援が大きな分野になっています。
情報化成熟度の未熟な経営者は,ベンダが意図しない発想をします。それをRFPを例にして示します。
ベンダとしては,このようにいわれても困るのですが,経営者からみれば当然な主張です。「頑固な経営者に理解させること」が重要なのです。
「ユーザ企業が情報システムへの要求をどうすればよいかわからない」ことの傍証として,アンケート調査の結果を示します。
日経ITプロフェッショナル」2004月1月号によると,「要求定義に関して,困っていることや問題を感じていることは何か(n=1398,複数回答)」のアンケート調査の結果は,
1位:利用者の間で意見調整ができておらず,求めてくる要求が大きく異なる
2位:利用者自身が何をしたいのか分かっていない
3位:利用者の要求がめまぐるしく変わる
と,ユーザ側に起因する原因がトップを占めています。
この調査には,大企業も含んでいますし,ベンダだけでなく社内の情報システム部門も含んでおり,「利用者」とは,ユーザ企業を指していることも,エンドユーザを指していることもありましょう。いずれにせよ,この傾向は成熟度の低い中小企業ではなおさらでしょう。
情報関連業界の慣行は,国際標準的な慣行かもしれませんが,多くの中小企業経営者が慣れ親しんできた日本的な慣行から見ると,かなり特殊です。情報システム部門は,長年にわたって,社内とベンダの調整悩まされながら,それなりにギャップを解消してきました。
その情報システム部門が不在な状況では,ベンダがそのギャップに直面します。ここでは,経営者から見た疑問を列挙します。
中小企業経営者はそれを信念にしています。これが以下の全体を通しての基本です。
しかも,ギャップの多くがベンダに有利で顧客に不利にされることに憤慨します。
店舗や生産設備の購入と比較して,情報システムの購入は勝手が違うように感じます。
情報化投資の費用対効果を明確にすることが重要だといわれています。その裏には,経営者にとって,舗投資や機械の購入と比べて,情報化投資には独自の特徴があり,費用も効果もわかりにくいことがあります。それが,情報化への不信につながっていることもあります。
しかし,費用対効果の知識は,経営者にとっての基本的な情報リテラシーです。これを理解してもらうことが必要になります。
情報化投資には,個別アプリケーションの投資(個別アプリ投資)と,インフラ投資があります。個別アプリ投資とは,販売システム・生産システム・電子稟議などの開発であり,目的もわかりやすいし,それが開発した時点からその効果が発生します。
それに対してインフラ投資とは,ハード・ソフトの整備だけでなく,データ体系の整備,システム開発方法の標準化,情報リテラシーの涵養,情報化成熟度の向上などがあります。インフラの整備により個別アプリが低コストで開発でき,それの成功確率も高くなるので,メリットは非常に高いのですが,インフラ投資は,インフラ自体では直接効果はなく,その上に載る個別アプリにとり効果が発生しますので,効果を得るのに長期間かかります。
このように,インフラ投資はハイリスク・ハイリターンの投資であり,客観的評価が困難だという特徴があります。それで,インフラ投資は戦略的意思決定の問題であり,経営者の責任です。ところが,経営者はインフラ投資と個別アプリ投資の区別が理解しにくく,インフラ投資にもにも費用対効果の明確化を要求しがちです。
ハードウェアは「モノ」ですから,その費用は比較的わかりやすいはずですが,コンピュータ特有のわかりにくさがあります。
レガシー系(またはサーバ系)を考えましょう。1リットルのバケツには2リットルの水は入らないが,コンピュータは工夫によりどうにでもなる性質があります。情報システム部門は,処理データ数の増大により,今年末には能力限界に達するので増強をしてほしいといいます。ところが経営者がそれを無視しても,請求書が発行できないとか決算ができないというトラブルは滅多に発生しません。
それは情報システム部門が,該当するプログラムを裏技を使って効率化するからです。でも,その結果,そのプログラムは標準化から程遠いものになり,その後の保守改訂に大きな問題をはらむことになります。でも経営者は,そのようなことを理解しませんから,「なんだ。うまくいってるじゃないか」と考えて,むしろ情報システム部門を非難します。
オープン系(パソコン改訂)でも,新しいOSに準拠したパソコンに変更しようと提案しても,「どうして今の機種では困るのか? 旧機種では新販売システムの入力ができないのか?」とか,「改訂するといくら儲かるのか? 処理速度が速いといっても,それがどう利益につながるのか?」などと質問されると,明確に答えられる人がいるでしょうか?
それで,「パソコンの寿命は2年」(日経コンピュータ)といわれても,「バージョンアップはもうやめた」(日経パソコン)にもなってしまいます。
目に見えるハードウェアすらわかりにくいのですから,無形物のシステム開発では,その費用はさらにわかりにくいものになります。開発工数が○○人月といわれても,なぜそれだけの工数になるのかわかりませんし,プログラムのライン数といわれても,どうしてそれだけのラインになるのかわかりません。ファンクション・ポイントは,画面数やファイル数がベースになるので比較的わかりやすいとはいえますが,その1画面あたりの係数の根拠がわかりません。
要するに,情報システムの開発に携わった経験のない人にとっては,「わからない」のであり,それを証明するのも困難です。
費用がわかりにくいのですから,効果はなおさらわかりません。その効果は個々のシステムにより異なるので,ここでは,効果そのものではなく,計画時にいわれたことと,実際にシステムが稼動したときのギャップについて取り上げます。
このようなことは,情報システムに従事している人にとっては「よくあること」と受け取りますが,それを理解していない経営者は,ベンダや情報システム部門に騙されたと思います。
そもそも,経営者にとって最も基本的な情報リテラシーとは,「情報化投資の費用対効果のメカニズムを理解する」ことなのです。
経営者がパソコンの操作ができるのは,それなりによいことですが,秘書に頼むこともできます。「当社のトップは,情報技術動向に関心が高い。サプライチェーン・マネジメントやナレッジ・マネジメントに関してもよく研究している」のは,情報リテラシーが高いともいえますが,しょせん素人なのですから専門家にはかないません。必要に応じて専門家に依頼することもできます。これらは2次的リテラシーです。
それに対して,費用対効果の知識は,経営戦略や意思決定に属することなので,他人に任せることはできません。しかも,不適切な決定をすれば致命的な副作用を生じるのです。経営者にこのことをどうやって理解させるかが大きな課題です。
経営戦略を実現するプロジェクトを成功させることが本来の目的であり効果です。情報化はそれを円滑に効果的に達成するための手段に過ぎません。また,そのプロジェクト達成のためには,情報化だけでなく「組織や業務を改革する」ことや,情報化にあたっても「顧客や関係企業の協力を得る」といった非情報系の活動があります。経営者に非情報系活動の重要性を理解させることが大切です。
情報化の効果には,定量的効果,定性的効果,戦略的効果があり,最も効果が大きいのは戦略的効果です。当然,戦略的効果を得るには多くの努力が必要ですが,「ManyIF」で示したように,提案時ではそれを隠して,情報化の効果として戦略的効果を指摘します。
逆に費用の面では,TCOでいわれているように,管理費用・技術支援,エンドユーザ作業などパソコン維持の総費用は購入価格の5倍にもなるのに,提案時では費用として購入費用だけを提示します。
すなわち,効果では非情報化活動の効果まで算入し,費用では大きな要素である関連費用を算入しないのですから,バラ色の情報化計画になり,期待通りの収益向上が得られないのは当然です。
「ユーザ自身がニーズがわからない」で示したように,ユーザニーズが頻繁に変更になります。その大きな要因に非情報系活動が不安定なことがあります。それを「自社カードシステム」を例にして説明します。
プロジェクトの効果は,資本の効果,非情報系活動の効果,情報化の効果に区分できます(資本の効果はここでは対象にしません)。カードシステムの例のように,非情報系活動が情報系活動を左右するのです。プロジェクトの成否は非情報系活動にかかっているといってもよいでしょう。そして,非情報系活動はユーザ企業,しかも情報システム部門以外の部門の活動であり,ベンダには無関係の活動です。
ところが,ベンダ(だけでなく多くの論者)は,プロジェクト全体の効果を情報化の効果であるかのように主張して,情報化投資の費用対効果が大きいことを主張します。情報化をさせたいたいがために,あえてプロジェクトの効果と情報化の効果を故意に混同していると思われます。
その作戦は,表面的には効果的かもしれませんが,深刻な問題を起こしています。情報化礼賛論の氾濫により,経営者は「経営革新=情報化」という図式が刷り込まれ,上記のカードシステムなどのときに,経営者が情報化だけに関心を持ち,実際には非情報系活動が重要であることを見失いがちです。
非情報系活動を軽視すると,その活動が不活発になります。よく「ERPパッケージを導入したのに,肝心のBPRが実現していない」といわれますが,情報システムはできたが効果が得られないのは,これが原因でしょう。
また,非情報系活動を適切にコントロールしないために,情報化の混乱を招くことになり,構築の費用や時間がかかったり,実施後のトラブルが発生したりします。
結果として情報化が失敗します。しかも,プロジェクトの失敗が情報化の失敗だとされることになり,情報化そのものに不信になるのです。結局はベンダにとって不利になります。
プロジェクトの効果から期待する利益と非情報系活動費用を引いたものが,情報システムの上限費用になります。すなわち,情報化は効果を考えずに,この費用内で構築すればよいことになります。
また,情報化の効果を主張する人は「コンピュータがなかったら,手作業でデータ処理をするので,その人件費は・・・」などといいますが,現在の多くのプロジェクトではコンピュータやネットワークを使わないプロジェクトは考えられません。最低限の情報化費用は必要なのです。
ここでの上限費用を(松),下限費用を(梅)とします。情報化の費用対効果は,この範囲での費用対効果を考えればよいのです。それにより,不確実性のあるプロジェクトの効果把握を云々する必要はなくなります。「そもそも論」の回避だともいえます。それに対して,松・梅の効果は,品質,操作性など素人にもわかりやすいものです。
すなわち,プロジェクト効果と情報化効果を区別することにより,情報化の効果を経営者に明確に示すことができますし,情報化の責任範囲を明確にすることができます。
ここまでお話してきたように,素人の経営者に情報化投資に関する理解を高めることが重要です。では,どうやって理解させるのか? が問題になりますが,これは難問です。
「経営者が理解していないと,システム開発でのリスク(トラブル)が多い」「しかし,理解させるのに手間がかかる」ととらえれば,これは脅威でしょう。
しかし,脅威は機会の裏返しです。
「素人であることに付け込めば,うまく騙せる」ことは機会ですが,このようなアプローチは,顧客の信用を失いますので長続きしません。シッペ返しが大きく,むしろ脅威なのかもしれません。しかも,このような行為は,そのベンダだけでなく,業界全体の信用を失いますので,厳に慎むべきことです。
経営者に理解してもらうプロセスにより,ベンダへの信頼を向上できます。経営者が非情報系活動の含む上流工程を重視するようになれば,高付加価値業務の獲得につながります。また,経営者の信用を得ることにより,家庭医,相談役としてのベンダになることは,安定した業務獲得につながります。これは大きな機会でしょう。
このように,脅威を機会だと認識して,その機会を活用する自社の「強さ」をさらに強化することが求められます。
機会を活用する「強さ」のうち最大なものが「経営者の立場で話のできる人材の確保」でしょう。それには,狭い情報技術者ではなく経営経験者が必要になりますが,小規模ベンダではこのような上流分野の技術者は少ないし,社内養成も困難でしょう。
そうなると,ITコーディネータや中小企業診断士などの外部コンサルタントとの連携が効果的になります(私もその一人ですので,我田引水,自己PRですが)。
外部コンサルタントとして著名コンサルタント企業との連携が考えられます。そのような企業は,ネームバリューもあり優秀な人材を抱えていますので,提携先として強力です。しかし,そのようなスタッフは,高費用ですし多忙ですので,客先への訪問回数は少なくなり,家庭医的な活動には不向きです。また,レベルが高く,とかく高邁な理論を振り回す傾向がありますので,素人であり個性の強い経営者とうまくいくかどうか疑問です。対中小企業戦略のパートナーとしては不適であり,むしろ個人コンサルタントのほうが適していると思います。
一般的にベンダは,情報システムを実現するための具体的知識・能力を持っており,細かい質問に関して具体的な回答ができるし,実現を依頼されれば実際に構築できる「強み」を持っています。しかし,ベンダが経営者の立場で話をしても,結局は売り込みが目的だと思われるという「弱み」があります。
それに対して個人コンサルタントは,実際にユーザ企業での経営者の経験を持つ人も多く,共感を得やすい「強み」があります。しかし,個人活動ですので,実際にシステムを構築するには量的パワーに弱いし,肝心の顧客開拓力が低いという「弱み」があります。
このように,両者の「強み・弱み」は相互補完の関係にあり,提携がしやすいと思います。
とかくこれまでは,中小企業の顧客は,システムが小規模であり取引規模が小さいので,コストパフォーマンスの観点から,営業担当者も二軍(失礼!)を当てたり,訪問回数も少ない傾向がありました。これは営業上仕方がないともいえますが,それでは経営者に「理解」させることができません。
中小企業では,経営者が絶対権力者であり,かなりな個性を持っていますので,単に情報技術に詳しいという若い技術者では対応に限界があります。中小企業にこそ,世知に長けた上流工程のベテランを当てることが望まれます。
その最もベテランなのはベンダの経営者です。トップ同士が親友になることが効果的です。中小企業経営者は多分に浪花節的性格があり,このようなアプローチに弱いのです。これが「脅威」を「機会」に変える最適方法でありというのが,今日のお話の結論です。
かなり偏見と独断の多い意見を申し上げました。これらは既にご存じで実施されておられることもあるかと存じます。あるいは,何かのヒントになるかと存じます。「素人顧客へのアプローチ」は,今後ますます増大すると思いますが,皆様が適切な戦略を講じて,この市場でご成功なさることを期待しております。
ありがとうございました。