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ITコーディネータ・プロセスガイドライン

学習のポイント

本章では,経営戦略から情報システムの構築,運用・保守までのプロセスを全体的に理解することを目的とします。その範囲を網羅している『ITコーディネータ・プロセスガイドライン』の概要を学習します。
 また,IT経営応援隊による『IT経営教科書:これだけ知っておきたいIT経営』と『CIO育成テキスト』を紹介します。

キーワード

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以下の図をクリックすると,拡大図が表示されます。


ITコーディネータ・プロセスガイドラインの概要

Ver1.1,2006年4月:http://www.itc.or.jp/about/guideline/dlfile/itc_pgl_v1_1.pdf

ガイドラインの位置づけ

ITコーディネータ(ITC)とは,経営者の側に立って,ITベンダとの橋渡しを行うことにより,中小企業のIT化を支援するころを任務とする経営とITに関する専門家です。
 『ITコーディネータ・プロセスガイドライン』は,ITCが企業のIT化を支援するときのガイドラインで,ITコーディネータ協会が策定したものです。情報システム構築のプロジェクトのプロセスを体系化して,それぞれについて留意するべき事項(原則)と,その内部手順を説明したものです。

全体の体系

ガイドラインの内容は次の通りです。

  はじめに
  ITCプロセス全体フロー
  第一部 共通ガイドライン
    第1章 プロセス&プロジェクトマネジメント
    第2章 コミュニケーション
    第3章 モニタリング&コントロール
  第二部 フェーズ別ガイドライン
    第Ⅰ章 経営戦略フェーズ
    第Ⅱ章 IT戦略策定フェーズ
    第Ⅲ章 IT資源調達フェーズ
    第Ⅳ章 IT導入フェーズ
    第Ⅴ章 ITサービス活用フェーズ

各章の記述内容は,次のような構成になっています。
  1.概要・・・目的,位置づけ,要約,ITCの役割など
  2.基本原則・・・このフェーズで関係者が守るべき事項
  3.プロセス・・・業務の詳細(アクティビティ)と主要
           な入出力の関係のフローチャート

プロセス>アクティビティ>タスク
 この種の基準では,業務を体系化して,業務の大区分をプロセス,中区分をアクティビティ,単位業務をタスクと呼んでいます。本ガイドラインでは,3がプロセス,3-1,3-2などでアクティビティ,3-1-1,3-1-2などでタスクを示しています。

第一部 共通ガイドライン

第一部は,プロジェクト全体を円滑に運営するために,ITCが留意するべき事項を掲げています。

プロセス&プロジェクトマネジメント
ITCは,このプロジェクト全体をマネジメントすることが最大の任務です。それでプロジェクトマネジメントに関する留意事項をあげています。
●参照:「プロジェクトマネジメントとPMBOK」 (std-pmbok)
コミュニケーション
プロジェクト運営において,プロジェクトメンバー間,発注者(対象企業)と受注者(ITベンダ)の間,経営者とITCの間などでの意思疎通が重要です。どのように情報交換するのか,どのような文書を作成するのか,それらについての留意事項を示しています。
モニタリング&コントロール
プロジェクトを成功に導くには,目的を明確にして周知し,各フェーズにおいて,進捗状況や成果の把握をして差異分析を行い適切な調整を行うことが重要です。また,プロジェクト全体で,計画した成果が得られたかどうかを評価することがが重要です。

第二部 フェーズ別ガイドライン

第二部は,情報システムの計画から運用まで,何を行うべきかを示したものです。規格から運用保守までの全フェーズを網羅していますが,経営者を支援する立場なので,経営戦略やIT化戦略など,いわゆる上流工程に重点が置かれていること,システム開発自体はITベンダに依頼することを前提にしています。
 上図からわかるように,経営戦略フェーズは他のフェーズへの最初のフェーズとして,どのようなIT化を進めるのかという基本方針になることと,他のフェーズの検討・実施において経営戦略との相互関連の視点が重要です。

各フェーズのプロセス

以降,第二部の各フェーズについて,プロセスを中心に簡単に説明します。

経営戦略フェーズ

(アクティビティ)・・・プロセスを細分化したもの
  3-1.企業理念・使命
  3-2.外部環境情報収集
  3-3.内部環境情報収集
  3-4.経営環境分析とあるべき姿の構築
  3-5.リスク評価
  3-6.経営戦略策定
  3-7.経営戦略展開
  3-8.経営戦略実行(プロセス改革)

自社の経営理念・使命の確認,社内外の環境情報収集を行い,SWOT分析などにより,経営戦略を「経営戦略企画書」として策定します。
 それをベースにして,マーケティングや財務など各組織での「戦略実行計画書」に展開しますが,各組織でのIT関連については「IT領域戦略課題」としてまとめます。これが次の「IT戦略策定フェーズ」の入力になります。

経営戦略実行(プロセス改革)とは,前述「全体の流れ」の図の下の部分であり,各フェーズにおいて業務プロセスを改革することです。「プロセス改革実行計画書」を作成して改革を行い,その結果をモニタリングして「プロセス改革評価報告書」にまとめ,次期経営戦略に反映させます。

参照: 「経営戦略策定技法」 (kj4-keiei-senryaku)

基本原則
 基本原則とは,該当するフェーズを行うときに遵守するべき事項を掲げたものです。
 例えばこのフェーズでは,次の10原則が示されています。

  2-1.顧客価値創造の原則
  2-2.企業理念との整合の原則
  2-3.CSR(企業の社会的責任)と継続企業の原則
  2-4.コアコンピタンスとトータルコンピタンスの原則
  2-5.経営の成熟度の原則
  2-6.知の共有と成長の原則
  2-7.最適資源配分の原則
  2-8.戦略と事実に基づく経営の原則
  2-9.継続的改善・改革の原則
  2-10.収益性の原則

IT戦略策定フェーズ

(アクティビティ)
  3-1.フェーズの立ち上げ
  3-2.IT領域内部環境分析
  3-3.IT領域外部環境分析
  3-4.目標ビジネスプロセスモデル策定
  3-5.IT戦略策定
  3-6.IT戦略展開
  3-7.フェーズの完了

経営戦略フェーズで作成した「IT領域戦略課題」に基づき,「IT戦略企画書」と「IT戦略実行計画書」を策定するフェーズです。

経営戦略を実現するために,ITで実現すべき課題をまとめたのが「IT領域戦略課題」ですが,社内でのIT環境の現状,社外でのIT動向や他社動向などの情報も検討して,業務プロセスとIT環境の「あるべき姿」を策定します。これが目標ビジネスプロセスモデルです。
 その目標までのステップとして,いつまでに何を実現するかを検討するのが,IT戦略策定であり,「IT戦略企画書」にまとめられます。

IT戦略展開とは,短期計画の具体化であり,次期システムとして構築するべき情報システムについて,業務プロセス改革,IT資源調達,導入,ITサービスなどの方針を「IT戦略実行計画書」としてまとめ,次のIT資源調達フェーズにつなぎます。


IT資源調達フェーズ

(アクティビティ)
  3-1. フェ-ズの立ち上げ
  3-2. IT資源調達計画
  3-3. RFPの発行
  3-4. 調達先の選定、契約
  3-5. IT導入計画策定
  3-6. フェーズの完了

「IT資源調達」とは,情報システムを構築するのにあたり,その計画を作り,発注先のベンダーを選定するプロセスです。

このフェーズで重要なのがRFP(Request For Proposal:提案依頼書)の発行です。RFPとは,自社が数社のITベンダに提案を依頼する文書で,構築すべき情報システムが持つべき機能や性能,ベンダへの条件,提案書の内容などについて記述したものです。このRFPが適切なものでないと,適切な提案が得られず,多くのトラブルの原因になります。
●参照:「情報システムの外部調達」 (kj4-gaibu-choutatu)

IT戦略策定フェーズで作成した「IT戦略実行計画書」からIT資源調達計画を行い,RFPを作成するのですが,そのときにベンダからの提案を評価する基準を決めておく必要があります。

ベンダ数社から得た提案書を比較検討したり,交渉を重ねて,開発すべき情報システムの仕様を決定し見積もりを検討してベンダと契約をします。そして,「IT導入計画書」を策定します。

IT導入フェーズ

(アクティビティ)
  3-1.フェーズの立ち上げ
  3-2.IT導入実行計画策定
  3-3.新業務プロセスの詳細化と業務移行準備
  3-4.IT導入とマネジメント
  3-5.総合テスト計画およびシステム移行計画の策定と準備
  3-6.マニュアルの作成と教育・訓練の実施
  3-7.総合テストの実施とITサービス活用への移行
  3-8.フェーズの完了

情報システムの構築自体はベンダが行いますが,完成した情報システム受け入れるまでには,発注側としても多くの業務があります。

開発途中での調整
「IT導入計画書」などで構築する情報システムの仕様が決められたはずですが,作業が進むにつれて,仕様が不明確,誤解の発見,改善のための追加などが発生します。また,多くの理由により,進捗が遅れることがあります。これらを適切に調整するために,定期的あついは不定期に会合を持つ必要があります。
総合テスト
単純なプログラムミスなどのテストはベンダが行いますが,システムが要求した機能や性能を実現しているか,使い勝手はどうかなどをチェックする総合テストは,受入確認テストでもあるので,発注者が中心で行う必要があります。総合テストの計画および結果の文書化が重要です。
●参照:「テストの方法」 (ad-test)
教育・訓練
情報システムの利用者のためのマニュアルを作成し,教育・訓練をすることが必要です。これは業務の立場からの説明が必要なので,発注者側が行うのが適切です。

ITサービス活用フェーズ

(アクティビティ)
  3-1.サービスレベルマネジメント(SLM)の仕組みの具体化
  3-2.ITサービス活用
  3-3.ITサービス提供
  3-4.SLMの実施
  3-5.IT戦略達成度評価
  3-6.定期的なIT化の総費用対効果の評価
  3-7.継続的なIT環境改善と業務プロセス改革の提言

このフェーズは,3-5までと,3-6以降に大きくわかれます。
 前者は,情報システム構築運用のプロジェクトが完了するまでのプロセスであり,ITサービスに関する契約が締結され,実際に適切に行われているかの報告をすることと,プロジェクトの終結として,IT戦略策定フェーズでの「IT戦略実行計画書」が達成できたことを評価して「IT戦略達成度評価報告書」にすることです。
 後者は,稼動した後での継続的なプロセスです。自社のIT化についてモニタリングを行い事後評価をすることと,次の業務・IT化戦略への提言を行うことです。

ITサービスとは,従来は「運用・保守」といわれていた分野です。情報システムの運用段階では,操作性や応答速度など利用者からの不満も生じますし,情報システム内部でのミス,改善要求,環境変化への対応など多様な理由により改訂が行われます。それらに適切に対処することが求められますが,それをマネジメントシステムとしてとらえることが重視されるようになり,ITサービスといわれるようになりました。

SLA/SLM
入力してから結果が得られるまでの時間,システムが故障する回数と回復までの時間など,情報システムやベンダが利用者に保証するサービスレベルについて合意する内容をSLA(Service Level Agreement)といい,そのマネジメントシステムのことをSLMといいます。
 SLAは,本来ならばIT資源調達フェーズでの契約の一環として結ぶべきですが,その段階では未知なことが多いので,IT導入フェーズで確認することもあります。
ITサービスマネジメントとITIL
ITサービスをマネジメントシステムととらえ,その方法を規格化したのがITIL(Information Technology Infrastructure Library)です。その中核になるのが,「サービスマネジメント」に属する「サービスサポート」と「サービスデリバリ」です。ITサービスの各プロセスについて,達成目標,必要性,責任(活動任務),主要な検討項目,利点と起こりうる問題(考慮点)を示しています。
●参照:「ITサービスマネジメントとITIL」 (std-itil)

IT経営応援隊による教科書等

IT経営応援隊とは,経済産業省による中小企業の経営改革をITの活用で応援する委員会で,情報処理推進機構(IPA)とITコーディネータ協会が事務局になっており,ITコーディネータは応援隊に多く参加しています(2006年度までの3年限定のプロジェクトですが,その後も延長される予定)。
 IT経営応援隊では,その活動の一環として,中小企業経営者を対象とした『IT経営教科書:これだけ知っておきたいIT経営』,CIO育成研修用のテキスト『CIO育成テキスト』を作成しています。
 ここでは,内容には深く立ち入らず,どのような性格のものかを紹介するにとどめます。

『IT経営教科書:これだけ知っておきたいIT経営』

2006年版: http://www.itouentai.jp/kyoukasyo/pdf/kyoukasyo.pdf

  Section0 はじめに
  Section1 社長のIT経営“やれないモード”自己診断
  Section2 IT経営「やれない壁」の発生要因と“気付き”
  Section3 急速に変化する経営環境下で生き残るために
  Section4 経営戦略を作ってみましょう
  Section5 IT経営企画を立案してみましょう
  Section6 IT投資/導入/活用フェーズの留意点
  Section7 IT経営の実現に向けて
  Section8 公的支援制度を活用してみましょう

ITを利用した経営改革,経営にITを活用することを「IT経営」といっています。中小企業でのIT経営が遅れている大きな原因の一つは,経営者が経営にITが役立つことに気づいていないことです。
 本教科書では,経営者がIT経営を「やれない」理由を列挙し(Section1),それにはどのような壁があるのかを示して,それに気づくことが必要であるとして(Section2),それぞれの壁を打破するにはどうするかを示しています(Section3-7)。そして,それらを実行するためのIT経営応援隊の支援などを紹介しています(Section8)。

Section3-6は,ITコーディネータ・プロセスガイドラインとほぼ似た順序になっていますが,内容・表現はITの初心者を対象としたものになっており,経営者が理解しやすい具体的な説明になっています。例えば,次のような記述ですし,フローチャートも具体的で,参照すべき項も示すなどの工夫もされています。

 Section4 経営戦略を作ってみましょう
  4-1「取り組むべき重要経営課題」の発見と解決はこうすればできる
  4-2 あなたの業界の将来予測をしてみましょう
  4-3 経営環境分析と重要経営課題の抽出をしてみましょう
  4-4 自社の経営戦略を作ってみましょう

『CIO育成テキスト』

http://www.itouentai.jp/cio/pdf/cio_text.pdf

 第1部 事前学習編
  第1章 CIOとは
    CIOとは,CIOの役割,CIOに求められるスキル
  第2章 各フェーズのCIOの役割
    経営戦略フェーズ,IT戦略策定フェーズ,IT戦略実行フェーズ
  第3章 CIO紹介
    伊澤株式会社,東海バネ株式会社,株式会社ダン
 第2部 事後学習編
  第4章 IT化の実行
    IT化企画策定,IT化資源調達,IT資源開発・導入,
    IT資源運用・評価
  第5章 ITコーディネータ
    ITコーディネータとは,ITコーディネータ活用法

IT経営応援隊事業の一環として中小企業でのCIO研修を行っていますが,本書はその研修用教材の一つです。実際にRFPを作成するなどの演習を主とした研修であり,その前後での座学用のテキストとして利用されます。
 『ITコーディネータ・プロセスガイドライン』が社外のプロフェッショナル用の知識体系,『IT経営教科書』が経営者向けの啓蒙書であるのに対し,本書は,社内でIT経営を実現する実務者(経営者を含む)を対象にしたテキストだといえます。

例えば,事前学習でのCIOの役割では,次表につき詳細な解説がなされています。

主なステップ各ステップでのCIOの主な役割
企業理念・使命
  • 経営者の思いや価値観、発想をよく理解し、大切にしながら経営やITに関する提案を行い、実行する。
経営環境分析
(内部・外部環境情報の収集)
  • 企業全体の経営状況やレベル(成熟度)、独自性を的確に把握できる方法を提案し、推進する。
  • 顧客・市場特性、業界ポジション及びIT技術の動向等急速に変化する経営環境的確に把握する方法を提案し、実行する。また、将来の環境変化の見通しについて、自分の考えを経営者が理解できるように説明する。
経営戦略策定と展開
  • 企業理念・使命の実現を目指し、経営環境分析の結果に沿って、独自能力を発揮し、企業が成長できるような経営戦略を経営者と共に作り上げる。
  • その際、経営の視点ばかりでなくITの視点からも経営戦略の実現に向けた 提案を行う。
  • ITの導入や活用に関するメリット・デメリットおよびリスク等を経営者が理解できるように説明する。
  • 全社の意見を吸い上げて経営戦略を策定するとともに、策定された戦略を全社に浸透させる方法を提案し、実際に推進する。
  • 経営戦略達成度評価、経営戦略実行プロジェクト活動のモニタリング&コントロールを行う仕組みを経営戦略等に組み込む。
経営戦略実行
(プロセス改革)
  • 経営戦略に沿って、現場第一線で働いている従業員など各階層の従業員の理解を得ながら業務プロセス改善を推進する。
  • 同業他社や異業種でのベストプラクティスの紹介し、自社の状況等にあわせた導入を推進する。
  • 経営戦略達成度評価、経営戦略実行プロジェクト活動のモニタリング&コ ントロールを実際に実施し、必要に応じて活動の改善を行う。
その他
  • 企業全体の能力が向上するように企業文化や人間関係を考慮し、関係者の理解を得て活動を行う。
  • 会議や話し合いでは、参加者の意見をうまく引き出し、参加者全員の合意を形成できるようにコーディネートする。

経営戦略フェーズにおけるCIOの主な役割 参考:ITCプロセスガイドライン

情報処理推進機構(IPA)『CIO育成テキスト』2006年
http://www.itouentai.jp/cio/pdf/cio_text.pdf p.21 より

また例えば,事後学習での「IT化資源調達」のRFP作成では,EAとの関連やEAでの参照モデルの活用方法などについても説明しています。
●参照:「EA」 (kj4-ea)