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「月刊LASDEC」2004年3月号掲載

フレデリック・P・ブルックス,Jr.著,滝沢 徹,牧野祐子,富澤 昇訳
『人月の神話』

ピアソン・エデュケーション,1996年,ISBN4-7952-9675-8


本書の原著は1975年に発行された。著者のブルックスは,その後の汎用コンピュータの基本的なアーキテクチャを決定づけたIBMシステム/360のOS開発マネージャであり,その経験と豊富なデータに基づいて,システム開発のありかたをエッセイ風に示したものである。そして本書は,原著発行20周年記念増補版として,原著の主張に関するその後の討論や最近の研究を追加したものである。この増補版も1996年に訳本が出版されてから現在も増刷が続いている名著である。
 原著発行当時も大きな反響を生んだが,四半世紀後になって読み返しても,ハードウェアやソフトウェアの変化による影響はあるにせよ,本質的な点は現在でもそのまま通用する。著者の洞察の深さに敬服するが,それにもまして問題が本質的なためであろう。

以下,内容のいくつかを紹介する。
 「人月の神話」とは,プロジェクトが遅れているときに人員を追加しても解決できないだけでなく,むしろさらに遅らせる危険があることを示している。これは現在でも関係者が陥りやすい陥穽である。それを解決するには,大規模システムでも優れた技術者1人が設計をして,付帯業務を他のスタッフが行う「外科医チーム」が適切だとしている。これは現在のRAD(Rapid Application Development)やXP(eXtreme Programming)にも引き継がれている。
 「バベルの塔」では,大規模プロジェクトは小規模プロジェクトとは異なる問題が発生することを指摘する。そして,管理を容易にするために,作業の分割と機能の専門化が必要であること,わかりやすいプログラムを記述することが重要だと指摘する。
 われわれは,ウォータフォール型の開発とは,ライフサイクルのフェーズごとに確認をして,1回のサイクルで開発するものだと信じ込まされている。ところが「一つは捨石」では,それを2回行う必要があるとしている。その後,この表現を変更したが,上流に向かう動きが重要だと指摘している。
 「切れ味のよい道具」では,高水準言語と対話型プログラミングの効果が大きいことを示している。現在でいえば,優れたライブラリの再利用や開発環境ツールの活用であろう。現在でも経営者はとかくこのような投資に消極的である。

全体を通してブルックスが主張しているのは,本書の副題である「狼人間を撃つ銀の弾はない」ことである。ソフトウェア・エンジニアリングでは多くの技術が生まれたが,万能で極度に効果のある技術は存在しないのだ。それらをうまく組み合わせることが必要なのだと指摘する。

このように,本書は時代を超えてシステム開発に関係する者のバイブルである。しかも,上記の見出しのように,機知にあふれたマーフィーの法則として読むことすらできる。気軽に読み続けるうちに,現状の問題に気づき愕然としたり,大きなヒントを得るであろう。なお,増補版で追加した部分はかなり専門的であり読みにくい。そこは省略しても本書の価値は十分である。