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「月刊LASDEC」2003年9月号掲載

大橋正和著
『公共iDCとc−社会
電子政府・電子自治体・電子社会の基本理念』

工学図書(2003年) ISBN4-7692-9437-X \1900+税


地方公共団体では、従来からデータ入力や帳票作成などの業務を民間企業に外注していたが、電子自治体の実現のために、業務処理全体をアウトソーシングする動きが高まっている。また、電子自治体を推進するのに、中小の地方公共団体が個別にシステム開発をして運用するのは、財政面でも体制面でも困難である。一方、自治体の業務は民間企業とは異なり共通した業務が多い。
 それで、複数の地方公共団体が共同して、情報システムを共同で開発して、運用も共同でアウトソーシングすることのメリットが従来から指摘されてきた。総務省では2003年度から本格的に「共同アウトソーシング・電子自治体推進戦略」を推進している。本書は、この「共同アウトソーシング」の将来構想を示すものである。

著者は、地方自治情報センターの電子広域生活圏研究会委員や、経済産業省の情報経済分科会委員であり、以前から電子自治体の将来構想を提唱してきた。本書でも現在計画されている共同アウトソーシング計画をさらに高度化した社会インフラとしての「公共iDC」や、それを基盤にした新しいコミュニティとしての「c−社会」の構想を示している。

公共iDCとは、経済産業省では「コミュニティデータセンター」と呼び、従来の単なる情報処理センターではなく、地域を束ねる情報拠点・情報基盤であるとしている。著者は、その上にいかなるビジネスモデルを成立させるかが問題であると指摘する。それには行政だけではなく、NPOやNGO、さらには地場産業も含めた情報流通のハブとしての位置づけを構想する。
 これは単にネットワークやコンピュータで結びついた社会ではない。多様なものをつなぎ合わせることにより、新しい象徴や文化を創造する「プリコラージュ」により、自律的に文化を生み出す動的なコミュニティへと発展するのだと指摘する。すなわち、公共iDCは「公共」という言葉がついているが、その本質は「地域」なのだという。
 これまではe-Japanとかe−ビジネスのように「e」が重視されてきた。しかし、この「e」は「手段」であり、「e−社会」とは「コンピュータ化」に立脚した社会だといえる。それに対して、これからは人と人の関係や組織と組織の関係も重視した社会、すなわち、collaboration, concurrent, coherent, communityなどの「関係」が重視される社会が期待される。それを著者は「c−社会」という。この「c−社会」を実現するには「デジタル化」が必要であり、公共iDCはe−社会からc−社会への移行のために存在するのだと指摘する。

地方公共団体では、電子自治体への取り組みが本格的に進んでいるが、現状の対応だけに追われていると、木を見て森を見ないことになりかねない。将来の構想を立てて、その実現へのステップとして現在の行動を考える必要がある。本書は、その将来構想を示すものとして注目するべき図書である。