スタートページ主張・講演経営者・利用部門のためのIT入門第1章 ITへの期待の変化

IT基盤の変遷


情報処理を行う機器構成は、次のように変化してきました。

レガシー時代
1980年代末までは、IT部門に設置された大型汎用コンピュータによる集中処理が主流でした。
 研究部門や技術部門では、技術計算に適したミニコンピュータを利用しており、遠隔地の工場や支店に小型コンピュータやオフコン(オフィスコンピュータ)を設置することがありました。しかし、これらはIT部門に設置された汎用コンピュータの補完的な位置づけでした。「コンピュータの性能は、その価格の2乗に比例する」というグロシュの法則が成立していたのです。
 IT基盤が集中していれば、組織も集中します。そのため、IT部門は多くの機能を担当し、その規模も大きくなりました。
 汎用コンピュータ全盛の頃をレガシー時代といいます(「伝統的な」という意味もありますが、「時代遅れの」というニュアンスで使われます)。
オープン時代
「IC集積度は18カ月で2倍になる(しかも価格は変わらない)」というムーアの法則は、パソコンの価格性能比の急激な向上を示すのによく引用されます。1980年代末になると、パソコンと汎用コンピュータの価格性能比の違いが顕著になり、パソコンをLANで接続した分散処理のほうが、コストダウンになるとされ、ダウンサイジングの動きが起こりました。
 汎用コンピュータでは、メーカーごとに独自の仕様がありOSも異なりました。そのため、他社機用のソフトウェアが使えない、他社の端末と接続するのが難しいなど、互換性が低いものでした。それに対して、パソコンではOSさえ同じならば、どのメーカー、どの機種でも互換性があります。このような動きをオープン化といいます(オープン化が進んだため、差別化要因が価格だけになったので、廉価化が進んだともいえます)。
 オープン化は、ベンダとの関係にも大きな影響を与えました。レガシー時代では、すべてのIT業務を汎用コンピュータメーカー1社に委託せざるを得なかったのが、オープン時代になると、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなどを多数のベンダに分割して委託することができます。そのほうが適材適所のベンダ起用ができるし、ベンダ間の競争により有利な取引ができます。それでマルチベンダ化が進みました。
 (日本企業でのダウンサイジング)

欧米企業ではダウンサイジングが劇的に行われたのに対して、日本企業では、その移行は緩やかなものでした。
 日本企業ではコスト以外に品質を重視する伝統があります。IT部門はリスクを回避する文化があります。当時のオープン環境は、パソコンもネットワークも未成熟で信頼性が低いものでした。将来動向も不透明でした。正確性を重視する基幹業務系システムをオープン環境に移行するのには躊躇しました。また、当時は、土地・株バブルの崩壊により日本経済は不況でした。ダウンサイジングがコストダウンになるといっても、一時的な費用がかかります。それで、部分的な移行にとどめたのです。西暦2000年問題への対応、ERPパッケージの導入を機会にダウンサイジングが進みましたが、日本では汎用コンピュータがかなり後まで残りました。

ダウンサイジングが遅れたため、コストダウンが不十分だったこともあります。しかし、それよりもベテランがレガシーシステムに縛られ、オープン環境でのシステム開発に従事できなかったことが大きな欠点です。システム開発の方法論を知らない若い人が中心になったため、勝手な信頼性の低いシステムが乱立しました。ベテランが参加しようとした時点では、オープン環境での技術面で大きな差が生じていたので、受入れない状況になっていたのです。これが、オープン環境でのその後の発展の阻害要因になりました。
 しかし利点もあります。ダウンサイジングによりハードウェアやソフトウェアのコストは下がりますが、管理費用などの「見えない費用」が高くつき、全体としてはあまりコストダウンが実現できなかったのです。また、その後、ネットワークの高速化・低廉化により、サーバを中央にまとめる動きが出てきました。それらの状況が一段落してから移行するほうが安全だといえます。

Web時代
インターネットが普及してくると、社内の情報システムでも利用者とのインタフェースはWebブラウザになりました。事業所内LANと他事業所や取引先、さらには個人消費者とのネットワークがシームレスに行えるようになりました。OSの壁を超えたオープン化になったのです。このように、多くの情報システムがインターネットを前提としたものになってきました。
Web2.0時代
2000年代中頃から、Web2.0といわれるようになりました。Web2.0とは、特別の技術や用途を指すものではありません。最近のインターネット利用が、以前の利用と比較して、インターネットの第2世代というような時代に入ってきたことを指しています。ブロードバンドの常時接続が一般化したこと、ブログなどの双方向性が進んだこと、オンラインとオフラインの区別が不明確になってきたことなど大きな変化があります。
このような環境変化により、SaaSやクラウドコンピューティングのように、情報システムのハードウェアだけでなく、ソフトウェアもデータさえも自社に置かず、インターネットの向こう側に置く動きになってきました。

●集中化と分散化
 費用の面、運用管理の面から、集中すべきか分散すべきかについて繰返し議論されてきました。

  1. TSSにより、データの入出力は分散化、処理は集中化の環境になりました。
  2. ダウンサイジングにより、分散化が急速に進みました。
  3. ところがサーバの管理など現場業務の増大が問題になりました。ネットワークの高速化・低廉化により、サーバを1か所(IT部門)にまとめる集中化動向が進みました。
  4. SaaSやクラウドコンピューティングは、複数のベンダに委託する面では分散化ですが、企業ごとに所有していた情報システムをインターネットでまとめてしまうという面では集中化だといえます。