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情報化投資の費用対効果 (第1報もあります)

情報化投資の費用対効果に関する考察(第2報)

A Study on the Cost and Profit of Investments for Information Technologies.(No.2)

『東京経営短期大学紀要』第11巻(2003.3), pp.243-249,(2002/09/19提出)

木暮 仁

目 次

1 はじめに
2 プロジェクトと情報化の関係
3 情報化が目的となる理由とその弊害
4 費用対効果把握の目的
5 おわりに


1 はじめに

私は以前に「情報化投資の費用対効果に関する考察」(本紀要第8巻。これを「前報」という)を発表したが,本報はそのテーマを異なる視点から考察したものであり,前報の続編あるいは補足にあたるものである。

1.1 前報の概要

企業において経営者が情報化投資の提案を評価するのにあたり,

  1. 国家経済や企業収益と情報化投資との関係の統計的指標は企業での情報化投資の判断指標としては役立たないし,
  2. 多くの費用対効果に関する評価方法は主観的要素が多く定量的に把握するには困難がある。
  3. しかも費用対効果の明確化を厳しく求めると非生産的な作業に労力や時間を費やす危険もある。
  4. さらに,個別アプリケーション開発と情報インフラの整備とは異なる評価基準が必要である。
  5. このように,情報化投資の評価には,経営者自身が情報化投資の特徴を理解することが重要である。

1.2 本報の概要

本報では,まず情報化を含むプロジェクトにおいて,情報化以外の要因が情報化に及ぼす影響をカードシステムの架空例により検討した。そこで,よくいわれている情報化の効果とはプロジェクトの効果であり,情報化の効果だけを検討するのは意味がないことを示した。
 情報化はプロジェクトを達成するための一手段であるのに,とかく情報化が目的のようになる傾向がある。それがプロジェクトの効果と情報化の効果を混同させる原因になる。それは情報化提案者の都合に起因しているが,これが意思決定者の判断を誤らせる危険があることを示した。
 このような検討により,情報化の評価では効果を求めるのではなく,プロジェクト達成のための情報化にいくら費用がかけられるかを検討すればよいこと,しかも,その目的を考慮すれば,その値は概算的な値でよいのであり,精密な積み上げ計算は不要であることを示した。


2 プロジェクトと情報化の関係

 情報化投資を含むプロジェクトの成否は,情報化以外の要因が情報化に大きな影響を与える。架空例であるが,会員カードや自社クレジットカードを発行するプロジェクトを例にして説明する。

2.1 プロジェクトの目的と情報システム構築

このプロジェクトの目的は,カード支払いにより,顧客の利便性とレジ業務の簡便性を図ることと,顧客情報を活用してマーケティング戦略に反映させることの二つであるが,ここでは,効果が大きい後者だけを対象にする。
 このプロジェクトの目的は常識的にも比較的明確である。
  @ 真の目的は,顧客の拡大と固定化にある。
  A その手段として,顧客情報を収集して分析することが必要である。
  B 顧客情報を収集する手段の一つとしてカードの発行をする。
 すなわち,カードシステムは真の目的を達成するというプロジェクトの一つの手段である。その手段には,専門家による店舗観察や販売員の意見聴取など多様な方法がある。それらの手段では,コンピュータを利用する必要もないし,利用するにしてもスポット的に分析ツールを利用するだけでよいのかもしれない。
 ところが往々にして,それらの手段の検討が省略されて,「カードシステムを構築すること」がプロジェクトの目的となりがちである。当然ながら,これを実現するには,相当の情報化投資が必要になる。
 このように,多くの手段のうち情報化投資が大きな手段が比較的安易に選択され,その情報システムの構築が手段ではなく目的になってしまうことが多いのである。

2.2 情報化以外の活動が情報システムに与える影響

プロジェクトを成功させるためには,情報システム構築以外に多くの解決するべき課題がある。顧客に対しては,顧客にカードに加入してもらう努力や顧客属性情報を正確に記入してもらう努力が必要である。カード取り扱い販売店が自社直営ではない場合には,カード利用に関する販売店への説得努力(カードシステム利用の費用配分や販売店への分析情報の提供など)が必要である。このような活動をここでは非情報系活動ということにする。

実際にプロジェクトの成否を決定するのは非情報系活動であり,その活動が構築するべき情報システムに大きな影響を与えるのである。
 顧客情報の分析に関しては,「客層間の比較のために職業や地位・収入などを知りたい」「家族も考慮したプロモーションが必要なので家族構成を知りたい」「広告ミックスのために購読新聞雑誌や好きなテレビ番組を知りたい」「将来のeビジネス展開のためにパソコン保有の有無を知りたい」など多様な期待がある。それを満足させるには,カード処理に必要となる基本的な顧客属性項目以外に多くの項目が必要となる。ところが顧客は申込書に多くの項目を記入することや,プライバシー事項を記入するのは好まないので,申込書に未記入の欄が多くなる。さらには,このような申込書では加入者が獲得できないという理由により,申込書自体を簡素化することもある。そうなると上記のような当初期待した効果を撤回することになる。
 また,販売店との交渉で多様な情報提供を約束させられることがある。その要求は販売店により異なるので全体としては膨大な種類になるし,紙でほしいという店もあれば,オンラインで検索したいという店もある。しかも,加盟店数が計画通りに進まないときは,とかく情報提供サービスを強調して個別ニーズを受け入れる傾向がある。これらを満足させようとすれば,当初に予定したよりも巨大複雑な情報システムになってしまう。
 また,事前の検討がおろそかであったために,情報システムを構築してからデータが信用できないことが露見することもある。私の名前になっているデパートの会員カードはほとんど妻が利用しているし,石油カードは息子が主に利用しており,私はカードの類はほとんど利用していない。これをそのまま分析すると,60歳過ぎの男性が婦人下着を購入し,数千キロのドライブを楽しむことになってしまう。単なる集計的な分析なら誤差範囲に埋没するであろうが,データマイニングのような分析をするようになると,このようなデータが誤った結果をもたらすことになる。

情報システムの計画では,目的を明確にすることが重要だといわれる。しかしこの例のように,当初の基本的な目的は明確なのに,非情報系活動の如何により構築するべき情報システムの仕様が変更になるとか,構築後に所期の目的が実現できなくなることが発生する。ときによっては,プロジェクトの目的すら変更することすらある。

2.3 情報システムのプロジェクトに与える影響は小さい

上記のように非情報系活動は情報システムに多大な影響を与えるが,情報システムの出来・不出来がプロジェクト全体に与える影響は比較的小さいのである。
 極端にいえば,カードによる支払業務だけを対象にした情報システムは,ベンダは既に多くの経験があるので,その構築は比較的簡単である。支払業務以外の活用はユーザ企業により異なるので簡単には構築できないが,それでも要件仕様が明確になっていれば,ベンダに任せても常識的な誤差範囲でそれなりのシステムが実現できる。
 情報システムは計画した2倍の開発期間と2倍の費用がかかり,期待した1/2の機能しか実現しないという「2・2・2の法則」があるが,せいぜいその程度の違いである。これは非情報系活動による影響よりもはるかに小さい。しかも,この「2・2・2」になる原因が非情報系活動であることが多いのである。
 このように考えると,プロジェクトの効果の多くは非情報系作業によるものだといえる。ところが,これを情報化の効果だとする風潮が多い。あるいは意図的にこれを混同させているのかもしれない。


3 情報化が目的となる理由とその弊害

先に「多くの手段のうち情報化投資が大きな手段が比較的安易に選択される」ことと「プロジェクトの効果が情報化による効果だと混同されやすい」ことを指摘した。その理由を考察するとともに,その危険が大きいことを指摘する。

3.1 提案者の都合

情報システムはベンダが開発するとしても,プロジェクトの成否は非情報系活動にかかっており,その活動はユーザ企業が自ら行うものである。しかも,情報化投資による効果はユーザ企業が享受するのであるから,本来はベンダには関係のないことである。
 しかしベンダはユーザ企業が情報化を行うことにより利益が得られるのであるから,ベンダはどのような分野に情報化を行えば,どのような効果があるかを示すことが必要になる。それには,情報化投資の効果を大きく見積る必要があり,定量的効果よりも定性的効果や戦略的効果を重視しなければならない。それで,非情報系活動を含むプロジェクトの効果を情報化による効果と混同するように仕向けることになる。
 これは,中立を標榜するコンサルタントも同様である。行政も日本経済の発展のためには中小企業の経営体質の改革が重要であるとの認識から,情報化推進に積極的である。マスコミも情報化推進の立場になる。経営や情報関連の雑誌では,情報化投資による成功例は多く掲げられているが,失敗例は少ない。

3.2 関係者への刷り込みの危険

実際に経営革新には情報化投資が効果的であることは一般論として正しいであろう。しかし,「経営革新=情報化」という図式が経営者をはじめ関係者に刷り込まれると判断を誤らせる危険が生じる。
 目的を達成するには情報化以外にも手段があるのに,情報システムの構築が手段ではなく目的になってしまい,その情報化投資に反対を表明するのは改革に対する反対勢力のような立場になってしまう。その結果,他の手段を検討することを怠ってしまう危険があるし,目的達成に重要な非情報系活動の重要性を軽視してしまう危険がある。
 情報システム構築が主目的になると,非情報系活動は情報システム部門よりも業務担当部門が行うのが適切であるのに,情報システム部門がプロジェクトの中心になりやすい。それにより業務担当部門がプロジェクト達成に関する当事者意識が低下し,結果としてプロジェクトの目的が得られなくなる危険がある。
 情報化への期待が大きくなるために,プロジェクトの頓挫が情報化への不信,情報システム部門への不信につながる。それが反対勢力と思われるのを避ける行動と合体すると,情報化への積極的無関心へと発展することすらある。
 このように,プロジェクトと情報化の関係を混同することは,経営上大きな危険をはらんでいるのである。


4 費用対効果把握の目的

上記のような考察から,改めて情報化の費用対効果について検討する。いたずらに情報化投資の費用対効果の精度を追求することによる副作用に関しては前報でも述べたが,本報ではさらに基本的なこととして,費用対効果の精度を追求する必要がないことを示す。

4.1 情報化だけの効果把握は不要

情報化の効果について,情報化をしないときと情報化をしたときの比較をする人がいるが,それは適切な方法ではない。情報化が云々されるようなプロジェクトでは,最小限の情報化は不可欠なのが当然である。問題はどの程度まで情報化をするかなのである。しかし,上述のようにその期待する機能は非情報系活動の成果に大きく影響を受ける。
 従って,プロジェクトの効果から情報化だけの効果を取り出して評価するのは困難であるし,それが本質的に重要だとは思えない。むしろ,このプロジェクトに関連して,情報化のためにどの程度の費用がかけられるかを考えるほうが現実的である。

4.2 情報化の費用把握が必要な理由

社内開発の場合ではベンダと同様な原価計算が必要になるが,費用対効果が問題になる規模のシステムでは社内だけで開発することは稀である。また,実際には社員人件費は固定費と考えることができるので,費用の比較の対象は,社員の人件費ではなく,その社員をこの情報化に従事させることと,他の業務に従事させることとの比較になる。これは,状況により大きく変化するので,ケースバイケースで判断するしかない。

外注による開発では,二つの理由で費用測定が必要になる。その一つはプロジェクト構想において情報化にかけられる費用に関する予備知識のためである。情報化に割ける費用が1億円だとして,それを構築するのに通常では2億円かかるようではプロジェクト自体を再検討する必要があるし,5千万円程度でできるようならば安心して情報化に取り組むことができよう。この目的では,かなりラフな精度でよいといえる。
 もう一つは,ベンダの提示した価格が適切であるかどうかをチェックするためである。本来は情報システムの価格は原価ではなく効果で決まるべきであるから,上記の例では1億円以下ならばよいことになるが,原価に適正利益を加えても5千万円程度のものに1億円を払うのは不適切である。そのためにベンダと価格折衝をするときの内部資料が必要になる。しかし,これを行うのに精密な積み上げ計算をする必要があるかどうかは疑問である。むしろ,数社から見積りを提出させて比較したほうがよいかもしれないし,価格の折衝をするよりも参画するSEの人選やアフターサービスなどで有利な条件を引き出すほうが,折衝の効果が大きいかもしれない。
 このように,目的を考えると情報化費用の把握は概算レベルで十分であるといえる。

4.3 全体投資レベルでの費用対効果について

自社の情報化投資は,売上高,経常利益,全体の投資などと比較して適切であろうか,同業他社と比較して自社の情報化投資額は適切であろうかといった検討である。これに関しては,前報で「統計的指標は役立たない」と指摘したが,次のような観点からもそれがいえるのである。
 現実の情報化予算では,このような尺度が暗黙の基準になることが多い。しかし,経営戦略のあるべき姿からすれば,自社の戦略における情報化の必要性から情報化投資額を決定するべきであり,全体投資レベルの検討は「横並び発想」なので意義がないといえる。
 評価は個々の案件について行われるべきである。ある投資で失敗しても他の投資で成功すれば全体の投資が容認されるというのであれば,個々の費用対効果を考えることがあまり意味のないことになろう。しかも,これでは投資と効果との関係が不明確であり,将来の意思決定の改善に結びつかない。

そもそもこのような統計では郵送法によるアンケート調査によるものが多く,質問の解釈は回答者に任されている。その解釈はまちまちであるし,各企業の会計の方法,そのアンケートに対する労力のかけかたによっても異なる。
 情報化投資額を情報システム部門費用と解釈したとき,自社社員の人件費やオフィスの費用も含んでいるかどうかで大きく数字が異なる。利用部門でのハード・ソフトの購入費やエンドユーザの人件費なども入れればかなり大きな数字になる。さらに,Webページの開設は広報部門,それによるeコマースの運営は営業部門というように他部門でも情報化を進めているときには,全体の数字は非常に大きくなろう。
 このような解釈が多様なものを平均した数値と自社が比較しようとする数値が一致しているとは思えない。なんらかの参考程度になるかもしれないが,それで自社の情報化投資レベルを評価することはできないだけでなく,誤った判断になる危険もある。


5 おわりに

前報に続いて,情報化投資の費用対効果について,異なる観点から考察した。その主な主旨は次の2点である。

  1. プロジェクトの効果と情報化の効果とを混同してはならない。実際には情報化の費用対効果では効果を問題にするべきではなく,どれだけ費用がかけられるかを問題にするべきである。
  2. 情報化費用の把握は,その目的を考えれば概算値でよく,精密な額を求める必要はない。
 しかし,情報化投資の費用対効果の把握は無意味であるというのではない。当然ながらプロジェクトにおける情報化の意義を明確にすることは必要であるし,情報化を低い費用で実現させることは大切である。むしろそれを正しく理解するためには,ここに示したような考察が必要なのである。


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