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情報化投資の費用対効果 (第2報もあります)

情報化投資の費用対効果に関する考察

A Study on the Cost and Profit of Investments for Information Technologies.

『東京経営短期大学紀要』第8巻(2000.3) pp.137-149

木暮 仁

目 次

はじめに
1 情報化投資評価に関する先行研究および一般的な認識
2 情報化投資の特徴と評価の困難性
3 情報化投資における経営者の役割
おわりに


はじめに

情報はヒト・カネ・モノに次ぐ第4の資源であるとか,情報技術は企業戦略実現の武器であるなどといわれ,情報化投資は絶対額でも企業全体の投資に占める割合でも増大している。ところが,情報技術の活用に積極的な優良企業としてマスコミで取り上げられた企業が,その後の企業競争で遅れを取ったり倒産したりした例もある。情報化投資は利益に貢献するのか? これは,コンピュータが企業に本格的に導入されはじめた1960年代初期から現在に至るまで,繰り返し討論されてきた。まさに「古くて新しい問題」である。

店舗の新設や設備の増強などの一般投資と比較して,情報化投資は経営者にとってわかりにくいといわれる。その原因として,情報関連の用語が難しいことや,情報システム部門とのコミュニケーションが不足していることがあげられるが,本質的には,情報化投資そのものが持つ特殊性に起因していると考えられる。情報化投資に関して多くの研究がなされてきたが,情報化投資の特徴に関して実務的な分析をした例は比較的少ない。本論文では,このような観点から情報化投資の費用対効果を考察する。


1 情報化投資評価に関する先行研究および一般的な認識

本章では,情報化投資の企業収益への影響,情報化投資の採算性評価について,先行研究や世間でいわれている一般的な認識を整理し,それだけでは経営者が情報化投資の意思決定をするには不十分であることを示す。

1.1 情報化投資と企業収益の統計的分析

(1)国レベルでの情報化投資と経済発展の関係による評価

最近は,日本と米国における経済状況と国全体での情報化投資傾向との関係から,情報化投資が収益性の高いことを主張する意見が多い。

企業における総設備投資に占める情報化投資の割合を,ここでは情報化投資率と呼ぶ。これは,企業の情報化への積極性を示す指標と考えることができる。図11)で見るように,米国の情報化投資率は常に日本のそれを上回っており,その格差は次第に大きくなっている。

米国では1980年代の不況期でも情報化投資率を着実に伸ばしてきた。1980年代に低迷していた米国製造業は,1990年代になると急速に復活したが,その原動力の一つが積極的な情報化投資の成果であるといわれている。

それに対して日本では,バブル崩壊に続く平成不況期では情報化投資を抑制した。ちょうどその時期がダウンサイジングやインターネットの発展期であり,情報活用に大きなパラダイム変化が起こった時期であったのに,日本はそれに乗り遅れてしまった。それが,日本経済が低迷から長期間抜け出せないでいる理由の一つだともいわれている。



図1 日米の情報化投資率の比較(富士通総研資料より)

日本での情報化投資の伸び率と実質GDPおよび総設備投資の伸び率の比較を図22)に示す。これから,日本における情報化投資の特徴として,@情報化投資の伸び率の変化が,一般投資のそれと比較して極端に大きいこと,Aその上昇・下降が一般投資に先行していることがわかる。

日本の経営者は,販売や生産に比べて情報の優先順位を低く認識しているために,景気が悪くなると他に先んじて情報化投資をカットする。しかし,それが長期化すると企業競争で不利になることも理解しているので,景気が回復してくると,先行して情報化投資を行なうのである。すなわち,日本の情報化投資は,それ自体がバブル的であったといえよう。



図2 日本における情報化投資伸び率の推移(中小企業白書平成9年版より)

(2)企業レベルでの情報化投資と企業収益の統計的分析による評価

図3のように,横軸に情報化投資,縦軸に企業収益をとり,多数の企業についてプロットする。情報化投資が企業収益に貢献するのであれば,両者の間には正の相関があるから,Aのように右上がりになるし,貢献しない(あるいは貢献が少ない)のであれば,Bのように水平になる。



図3 情報化投資と企業収益との相関概念図

当然,情報化投資と企業収益の2変数を単に回帰分析したのでは正しい結果が得られないので,企業固有の特性を分離したり、投資と収益のタイムラグを考慮するなどの加工を行なうことが必要になる。このような統計的な分析により,情報化投資と企業収益との間に相関関係が認められるかどうかについては,かなり以前から多くの研究がなされてきた。

1980年代でのデータに基づく研究では,否定的な結果が主流的であった。たとえば,Strassmann(1990) 3)は,多数のデータを用いて多様な分析をしたが,情報化投資と企業収益の間にはなんら有意差のある関係を見出すことができないことを示した。また,「あらゆる分野でコンピュータの時代だといわれている。ただし,生産性の統計以外では」という言葉は,ソローのパラドックスとしてよく知られている。

それが,1980年代末から1990年代のデータを用いた分析では,両者の間には相関があるだけでなく,情報化投資は他の投資にくらべて企業収益への貢献が非常に高いことを示す研究が多くなった。たとえば,BrynjolfssonとHitt(1993-1995) 4)は,コンピュータに対する限界投資利益率(ROI)は81%にも達し,一般投資の13倍にも達することを示している。松平(1998) 5)は,日本企業を対象に分析したが,製造業においては情報化投資によるROIは,他の投資の8.3倍にもなると算出している。

日経情報ストラテジー誌6)が上場企業を対象にした実態調査では,「社長が情報戦略に関して積極的かつ満足度の強い企業グループは,それ以外の企業グループに比べて2倍以上も業務を伸ばして」おり,そのような企業グループでは「不況にもかかわらず情報化投資の削減は考えないばかりか,狙いを定めた重点投資をしている」という。

(3)統計的分析における問題点

情報化投資と企業収益の関係が,不況の1980年代では否定的だったのが好況の1990年代では肯定的になった理由は何だろうか? 多数のケースによる統計であるから,その間に情報システムの内容が抜本的に改善されたとは思えない。投資には成功も失敗もあるが,この間で成功する確率が増大し,失敗する確率が減少したとも解釈できる。

一般的に,景気が低迷しているときは何をやってもうまくいかないし,右上がりの成長期には,少し位のトラブルがあっても自然に解決してしまうことは,情報化以外の投資でもよく経験することである。すなわち,投資効果と景気の間には双方向の因果関係があるので,このような分析によって,情報化投資が収益向上に結びつくと決めつけることには危険がある。

1.2 企業内の個別システムレベルでの評価

「○○企業では,○○業務の情報化を行ない,○○の効果をあげた」というような成功事例は,情報関係の雑誌には満ち溢れている。しかし,あまりにも情報化の効果を強調すると,情報化の影響を過大評価してしまう危険がある。当然ながら不況産業でも情報化の成果があるはずなのに,話題になる成功事例はほとんどが元気印の業界である。企業収益と情報化投資効果との因果関係があいまいであるともいえるし,企業戦略の成功と情報化の効果を混同しているともいえる。

  日経コンピュータ誌7)で,「極論だが」とした上で,「経営に貢献しない情報システムはゴミ同然」であり,「本誌がかって情報化の先進事例として大きく取り上げた企業の中で,この1990年代に倒産したところがある。当時,そのシステムは輝いて見えたが,実際にはゴミだった」と編集者が書いている。そこまで情報システムが経営に影響を与えるかどうかは意見の分かれるところであろうが,倒産の原因は多様である。経営者の凡庸や背任までも情報システムの責任とするのは不適切であろう。

1.3 情報化投資の評価手法

(1) 一般論としての投資評価

情報化投資の評価も一般投資と同様に,ライフサイクルの全期間にわたって,予想される収入と支出のキャッシュフローを洗い出して比較することが考えられる。

ライフサイクルをn年とし,この投資によるi年目における収入の増加をP,支出の増加をCとして,割引率をrとすれば,この投資の現在価値Aは,次の式により求められる。

 A=Σ(P−C)(1+r)−i    (i=0〜n)

そして,現在価値法で評価するならば,A>0であることが基準になるし,DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法であれば,A=0となるrが他の投資のrより大であることが基準になる。さらに,PやCが不確定のときは,それらを確率分布として与えれば,Aも確率分布として得られるので,リスクを含んだ採算計算の問題に帰着する。

(2)定量的効果・定性的効果・戦略的効果

上記のような評価が簡単にできれば問題はないのであるが,情報化投資の効果では,単純に測定できない要素が多いのが特徴である。情報化投資の効果は,@定量的効果,A定性的効果,B戦略的効果に区分してとらえるのが一般的である。定量的効果を図る投資であれば,比較的容易に効果測定ができるが,定性的,戦略的となるに従い,その効果を金額的に測定するのが困難になる。しかも,最近の情報化投資では,戦略的効果を目的とするものが増加しているのである。

定性的,戦略的効果を把握するために,多様なモデルが開発されている8)

@ ポートフォリオモデル
複数の情報化投資案件につき,設定した項目に対して相対的なスコアをつけて優先順位を決定する。定性的効果の評価に向く。
A 戦略評価モデル
マイケル・ポーターの競争モデルをベースにして,戦略的効果を定性的に評価することにより,定性的把握を容易にしようとするものである。
B 価値評価モデル
BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の評価に用いられるモデルである。各業務プロセスを多次元の評価基準によって,多面的な影響を定性的に測定する。
C バランススコアカード
その投資が戦略的観点から掲げた目標にどう影響するかを評価するモデルであり,経営トップの意思決定を支援するのに利用される。

また,システム監査の立場から有効性評価の研究も行なわれている。力・藤野・堀江(1998)9)は,監査における立証命題の構造として,@事業貢献度,A投資効果達成度,B情報活用度,Cインフラ利用度,Dユーザ満足度の5つの観点からの総合的な評価モデルを提唱している。このモデルでは,評価項目にプロダクトとプロセスの評価視点を乗じたものを評価特性とし,それを評価基準と比較することにより,情報システムの有効/非有効を判断している。

(3)効果把握における主観性

戦略的効果を定性的に,定性的効果を定量的に測定するための手法が重要であることは疑問の余地はない。しかし,これらの測定手法では,項目の設定,重みの設定,それに与える評価などに主観が多分に入り込む。

優れたコンサルティング会社は,多くの実績から項目や重みの設定に工夫を重ねているが,それでも実際の評価段階では適宜取捨選択することが行なわれる。さらに各項目の評価では,その投資を推進する人は過大な値を入れがちだし,それに慎重な立場の人は過小にするであろう。対象が戦略的になればなるほど関係者の利害が大きくなるので,評価値は大きな差がつく傾向があるし,それを収束させることが困難になる。ときには,総合評価の結果を考慮して個々の評価値を設定するといった本末転倒なアプローチになることすら考えられる。

しかも,「情報がいつでも入手できる」とか「情報の共有化が図れる」というような効果を定量化することは現実には困難であり,説得性のない値をでっちあげるだけである。そのようなことに費用や時間を使うことが有効な方法だとは思えない。


2 情報化投資の特徴と評価の困難性

いかに統計的に情報化投資のROIが高いことを示しても,それが個々の特定の投資にもあてはまるとはいえないし,経営環境は企業により異なるので,他社で成功したからといって,自社でも成功するとはいえない。本章では,個々の情報化投資を経営者に説明したり経営者が意思決定をしたりするときに,一般の投資と比較して情報化投資の費用対効果を明確にすることが困難である特徴を列挙する。

2.1 インフラ投資と個別アプリケーション投資

(1)インフラ投資の特徴

情報化投資は,基盤整備のためのインフラストラクチャ(以下「インフラ」と略記)投資と個々のシステム構築のためのアプリケーション投資に区分することができる。ここでインフラ投資とは次のようなものを指す。

一般に,インフラ投資そのものは利益につながらない。それを利用したアプリケーションシステムによって利益を生み出すのである。インフラが整備されていれば,個々のアプリケーションの開発・運用は低費用で開発でき円滑な運用ができるが,インフラが貧弱だと開発・運用に多大な費用や時間がかかる。全体的な観点では,インフラ投資は収益性の高い投資であるといえる(図4)。しかし,経営者が十分にインフラ投資の重要性に理解していなかったり,予算制度がインフラ投資とアプリケーション投資を区別した評価基準を持っていなかったりすると,適切な判断ができない危険がある。



図4 インフラ投資とアプリケーション投資の関係概念図

(2)インフラ投資評価の困難性

インフラ投資は,アプリケーション投資に先行する。経営環境の変化が激しいときには,インフラ投資の検討時点で将来そのインフラを利用するすべてのアプリケーションを列挙することはできない。よしんばできるとしても,全アプリケーションの費用や効果を算出するのは膨大な労力を必要とする。そのために,インフラ投資時点で収益性を示すことは困難である。

また,インフラ投資は多額の費用が発生するし,情報技術動向が不明確な場合には,インフラ整備をした直後に新技術の出現により陳腐化してしまう危険がある。単に効率が悪いだけでなく,そのインフラが存在するために,かえって新技術を採用できなくなることすらある。すなわち,インフラ投資は,ハイリスク・ハイリターンの性格を持つのである。そのため,経営者が情報技術動向にうといと,適切な意思決定をするには危険が伴う。

(3)アプリケーション投資での矛盾

また,アプリケーションに必要なインフラが未整備のときは,そのインフラ投資までも含めた投資計画になるので,インフラ投資額が大きいと,そのアプリケーション投資の収益性は低くなる。逆に,インフラ整備がなされた後では,アプリケーション投資の収益性はかなり高くなる。同じ投資計画がタイミングにより評価が大きく異なるという矛盾が発生する。

2.2 情報化投資の不確実性

(1)投資提案での曖昧性

自動車を購入するときは試乗ができる。注文住宅の購入でも見取り図はあるし,気の利いた工務店なら簡単な模型も示してくれる。ところが,情報システムでは企画書だけでサンプルすら提供してくれない。プロトタイプを作ることすら多大な費用がかかる。

また,通常の商品なら松・竹・梅のような代替案があり,それを比較することにより費用と価値の検討ができるが,情報システムでいくつかの案が示されることは稀である。帳票の個数等で調整することも考えられるが,全体のシステム構成が複雑に組み合わさっているので,帳票数を半分にしても費用が半分になるわけではない。この事情は,ファンクションポイント法による見積り方法を採用してもあまり変わらない。

(2) 報化投資における経営者の役割

上述のように情報化投資の評価には困難なことが多いが,それを理由にして検討をなおざりにしてよいということではない。困難だからこそ,なおさら経営者の情報化に関する認識を高め,関係者との意見交流を円滑にすることが重要なのである。

3.1 経営者の情報化に関する認識

(1)戦略的効果に対する判断

「データに基づく経営」が重視されるあまり,経営者が投資案件について費用や効果を定量的に示すことを部下に要求しがちである。費用戦略的効果や定性的効果を定量的に把握できれば,それにこしたことはないが,無理に定量化しようとすれば,その作業量は大きくなるし,その値はあまり意味のないものになってしまう。

八橋(1997) 12)は,システム化の投資分野を図5のように区分した。そして,戦略との整合性が高く費用対効果が高い分野の案件を取捨選択の意思決定をするのは経営者の任務であるとし,そして,ことさらに費用対効果を云々して投資を遅らせるのは経営判断として致命的になることを指摘している。



図5 システム化の投資分野選定の枠組み

Brynjolfsson & Hitt(1998)13)は「最初の局面ではコンピュータに対する投資と生産性の向上との関係が主要な研究テーマであったが、新しい研究の焦点はコンピュータの導入をどうすれば生産的にすることができるか、という問題である」と指摘している。また,多くの論者が,情報システムの成功には経営者の強力なリーダーシップが必要だと主張している。情報化投資を競争戦略として考えるならば,「この投資は採算にのるだろうか」というような防衛的な発想ではなく,むしろ「採算にのせるにはどうすればよいか」という攻撃的なアプローチをするほうが適切である。

(2) 経営者の情報システムに関する満足度

「経営者は自社の情報システムに満足していない」とよくいわれる。しかし,最近はかなり改善されてきた。1996年の日経コンピュータ誌14)と1999年の日経情報ストラテジー誌15)のアンケート調査を比較すると,約2年半の間に,自社システムに「満足」と「やや満足」は20.2%から46.3%に上昇し,「やや不満」と「不満」は66.4%から29.0%に減少している。

このような変化の原因は,経営者の意向を取り込んだ情報システムが多くなったことにもよろうが,それほど急激なシステム構築や改訂がこの期間中に行なわれたとは思われない。むしろ,グループウェアの普及などにより,経営者自身が直接に情報技術に触れる機会が増加したことによると考えられる。

3.2 経営者と情報システム部門との関係

(1)経営者と情報技術

経営戦略と情報技術との統合が重要だといわれる。そのためにCIO(Chief Information Officer:情報担当役員)を任命する企業も多い。日経コンピュータ誌16)によると,上場企業の80%がCIOという名称はともかく情報化の担当役員を任命しており,しかも常務以上が50%以上だという。しかし,非管理職として3年以上情報システム部門に在籍した情報システム部門出身者が役員になっている企業は3社に1社程度であるという。

これが意味することは,経営の観点から情報システム部門をコントロールすることは重要であるが,経営には情報技術の知識は不要だと認識しているのである。担当役員がいるにしても,他の部門と兼務で担当しているとか,適当なポストがないので腰掛的に情報システム部門を担当しているようなことが現実には存在する。また,情報システム部門を情報企画部門にする動きがあるが,これは既存のゼネラルスタッフ部門に情報技術を持つ者がいないという理由でもあり,経営者がブレーンにも情報技術知識を求めていなかったとも解釈できる。

あるいは,このような状況を健全だと考えられるかもしれない。一般的な製造業では情報システム部門の予算が売上高に占める割合は1%にもならない。売上や費用から見れば情報システム部門は地方の営業所程度の存在だともいえる。それだけのために役員やゼネラルスタッフを投入する必要はなく,情報システム部門に権限委譲したのだといえないこともない。しかし,これを認めると,情報化投資云々だけでなく情報化の検討自体が経営戦略的に無意味になってしまう。

(2) 経営者と情報システム部門との意見交換

「経営者は自社の情報システムに満足していない」のは,情報システム部門が経営に目を向けていないので,経営者の意向を認識していないからだといわれる。また,情報システム部門は技術的な専門用語を並べるので経営者が理解できないのだともいわれる。このように,経営者と情報システム部門との交流が少ないのは,情報システム部門に責任があるような意見が多い。情報化投資での成功事例を見ると,情報システム部門が積極的に経営者にアプローチしている事例が多い。

しかし,現実的に考えれば,情報システム部門が経営者に働きかけるよりも,経営者が情報システム部門に働きかけるほうが簡単であるし効果もある。ところが経営者はあまりそのような行動はしないのである。

富士通システム総研(1994)17)が日米の経営者を対象に行なった調査によれば,情報システム部門を戦略部門と認識しているのは,米国では67%日本では58%で大差なく共に高い認識であるが,情報化への関与は,米国では全面的に関与しているのが66%もあるのに対して,日本では全面的関与が36%,投資意思決定のみが47%である。この多くは予算や稟議書の決裁をするという意味での関与であろう。そして,情報収集のための重要部署として,米国では本社スタッフ28%,情報システム部門25%であるのに対して,日本では本社スタッフが73%と非常に高く,情報システム部門はわずか2%に過ぎない。これはやや古い統計ではあるが,傾向としては現在も同じようなものと推察できよう。


おわりに

他の投資と比較して,情報化投資への意思決定には多くの困難な事項がある。しかし,次第に情報化投資の額は大きくなるしリスキーになる。競争戦略の観点から意思決定のスピードも要求されるようになる。経営者は,困難性を理由にして検討を避けたり延期したりすることはできない。

そもそも情報化は経営戦略に結びつけてこそ効果があるのだから,情報化投資(狭くいえばコンピュータ投資)を独立に評価すること自体に問題がある。経営戦略に合致した情報化を推進することが重要である。それが不十分である理由として,とかく情報システム部門に矛先を向けたがるが,むしろ経営者の認識や努力が不足していることに起因していることが多い。

本論文では,経営者として認識すべき事項を中心に論じたが,まだ観念的・定性的把握の段階であり,定量的に分析するまでにいたっていない。その解明が今後の課題である。


引用文献

1)浜屋 敏「80年以降,一貫して投資を増やした米国」日経BP社3誌合同別冊「不況に克つ情報化投資」,1999. pp.34-35. 原書注釈「総民間設備投資額から住宅分を除いた企業の総設備投資額に占める情報システム関連ハードウェア投資額の比率である.1997年には,国内企業は総設備投資額の22.8%を情報システム関連ハードに投資している。一方,米国企業の総設備投資額に占める割合は34.7%であり,国内企業を11.9ポイント上回っている。出典:富士通総研」

2)通商産業省『中小企業白書 平成9年版』p.99. 経済企画庁「国民経済統計年報」,総務庁「産業連関表」,通商産業省「産業連関表(延長表)」,通商産業省「機械受注統計」,日本銀行「物価指数年報」より通商産業省機械情報産業局試算。

3)P.A.Strassmann, The Business Value of Computers, 1990.(末松千尋訳『コンピュータの経営価値』,日経BP出版センター,1994)

4)E.Brynjolfsson & L.Hitt,Computer and Economics Growth: Firm-Level Evidence, Sloon School Working Paper #3514, August, 1994.

5)松平 Jordan『日本企業におけるIT投資の生産性』,富士通総研「FRI研究レポート」,No.37 Sep. 1998. 6)『元気な会社は「収益直結投資」』,日経情報ストラテジー,No.81, 1999.1, pp.21-22.

7)「経営に貢献しないシステムはゴミ 今こそ,ITをマネージせよ」日経コンピュータ, No.480, 1999.10.11, p.154。

8)ここに掲げたモデルは,主に次の文献によっている。大浦勇三「情報化投資評価の経済価値評価をもとにした新しい企業価値の創造」戦略コンピュータ,1995.3,pp.2-19。

9)力 利則,藤野喜一,堀江正之「システム監査における情報システムの有効性評価モデルの構築」経営情報学会誌,Vol.7 No.2, 1998.9,pp.16-21。

10)「C/S対メインフレーム/端末のコスト:データ比較」,ガートナーグループ,Japan Information Technology Strategies,Research Note SPA-800-1698, June 15, 1995.

11)松島桂樹「情報システム投資評価の基本的諸問題」,専修大学経営研究所『専修経営研究年報』,第22集,1998. p.193。

12)八橋雄一,「経営者よ,道を間違えるな!」,日経情報ストラテジー,1997年1/2月号,p.206。

13)E.Brynjolfsson & L.Hitt, Beyond the Productivity Paradox: Computers are the Catalyst for Bigger Changes, Communications of the ACM, August 1998. (浜屋 敏訳『生産性パラドックスを超えて−コンピューターはより大きな変化のための触媒である』,http://www.fujitsu.co.jp/hypertext/fri/erstaff/hamayas/bpp_j.html)

14)日経コンピュータ,1996年10月14日号,p.114。

15)日経情報ストラテジー,1999年1月号,p.24。

16)日経情報ストラテジー,1999年1月号,p.35。なお,同誌では「情報システム部門出身者が役員になっている企業が3社に1社もある」という論旨になっている。しかし,営業部門や経理部門の出身者と比較すれば,情報システム部門出身者が異常に少ないと解釈するのが適切だと思う。

17)富士通システム総研「企業経営における情報の有効活用に関するアンケート調査」,1994。


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