共著(花岡 菖・遠山 暁・島田達巳編),『情報資源戦略』日科技連出版社,第6章,pp.127-142,2000年4月
編者、出版社のご許可を得て、私の執筆部分を転載しました。
目 次
6.1 はじめに
6.2 発信受信モデル
6.3 情報共有化の推進
6.4 おわりに
情報システムは情報共有化を目的に発展してきたといえる。電子メールや電子掲示板(電子会議室,フォーラム)などにより代表されるグループウェア(groupware)は,まさしく情報の共有化を目的としており,ナレッジマネジメント(knowledge management)は,さらに進んで知識の共有化を目的としている。
企業にとって,意思決定の迅速化や組織の活性化などのために,情報共有化が重要であるといわれている。また,現在の社会は情報化社会から知識社会へと進んでおり,これからの成長企業は知識活用企業であり,それにはナレッジマネジメントの活用が重要であるといわれている。しかし現実には,せっかくハードウェアやソフトウェアを整備しても,情報共有が効果的に実現できないでいることも,よく指摘されている(1)。ここでは,情報共有化が効果的に運用できない原因をモデル化することを試み,そのいくつかの局面を解決するために必要となる手段について考察する。
共有化の対象としては,企業間での共有や組織間での共有も重要であるが,ここでは企業内における個人間での共有に限定する。また,個人間の共有についても,上位者から下位者への命令,その逆方向への報告などがあるが,ここではそのような業務指示的な情報伝達ではなく,対等なレベルの間での自発的な情報の受発信を対象とする。単純にいえば,グループウェアでの電子掲示板での情報交換のような分野である。
(1)たとえば,『日経コンピュータ』(No.475,p..149) でのアンケートでは,グループウェアやイントラネット導入がホワイトカラー生産性に寄与した割合は,「生産性はほとんど上がっていない」と「生産性は上がったが,投資に見合った効果が得られていない」の合計が46.1%になるという。
ここでの情報の共有化とは,情報の発信者が情報をコンピュータのデータベースに入力し,受信者がそれを検索出力することであるとする。
発信者が情報を発信しないものは共有できない。発信した情報も受信者が発見できなければ共有できない。さらに,受信者が情報を発見したとしても,それが受信者にとって価値のない情報では無駄な情報となる。すなわち,発信し,受信でき,価値があるものだけが有効な情報であるといえる。
図6-1は,上記の関係を詳細に区分したものである。発信者側での区分をA〜Fとするが,このうちA〜Eは発信されない事情を階層的に区分している。また,発信されたFについて,受信者側が有効に活用されない事情を階層的にア〜エに区分する。エは発信者と受信者の双方に関係する。結果として右下のFオだけが発信者の持つ情報が有効に受信者に提供されたことになる。
図6-1 発信受信モデル
さらには,受信者がFオの情報を得ても実際に業務に生かせないのでは価値がない。知識創造の観点では,この情報の活用こそが重要な課題なのであるが,ここではこれには深入りしないで,A〜EおよびFア〜エの分析を中心に考察する。
図6-1において,発信者が情報を発信するのはFの部分だけであり,A〜Eは発信者に情報があっても発信されない部分である。
その第1は,発信者が自分の持つ情報の価値を自覚していない場合である(図6-1のA)。「自分の常識は他人の非常識」という言葉があるが,それを逆に解釈すれば,他人にとっては新しい情報であるものが,自分は周知の事実であると思っていることがある。そのような情報はあえて発信しないものである。
例えば,情報システムの構築にあたって,要求分析のフェーズが重要であるのに,それが不十分なままに下流工程まで進み,大きなトラブルが生じることはよく経験する。要求分析において,利用部門が要求を秘密にする必要はないのだから,この原因は,利用部門が情報システム部門も当然知っているだろうと考えて,わざわざ要求事項としてあげないことにある。優れたシステムエンジニアになるには,業務知識を理解することが重要だといわれているが,これも,利用部門が常識であるとしてあげない要求事項を認識することが重視されるからである。
また,「能ある鷹は爪を隠す」ともいう。誰でも知っているようなことをわざわざ発信したら,自分の知識が低いことをさらけだすことにもなるし,周知の知識などを発信すると,目立ちたがり屋だと非難されるかもしれないという心配もある。
第2は発信者が自分の情報を表現できない場合である(図6-1のB)。
自分が発信に値する情報を持っていることを自覚したとしても,それを文章にして発信できるとは限らない。知識には形式知と暗黙知があるといわれるが,一般に暗黙知を形式知として表現するのは難しいものである。
エキスパートシステムが盛んであった頃には,専門家が自分の知識を知識ベースに登録することは困難なので,専門家から知識を引き出す技術を訓練したナレッジエンジニアの存在が重要であるとされた。最近,ナレッジマネジメントが盛んになると,組織的に暗黙知を形式知に変換することが重要視され,野中の形式知と暗黙知との相互変換によるダイナミズムが注目されている(野中,1990,p.2)が注目されている。そして,それを支援・推進するために,CKO(Chief Knowledge Officer)を長とするナレッジマネジメント組織を置く企業も現れてきた。
第3は重要な情報は発信しないことである(図6-1のC)。
形式知として発信ができる事項ではあっても,保身的な観点から発信したがらないことがある。ある分野において他人の知らない専門的な知識は個人的な財産であり,それを他人に公開したのでは,その価値がなくなってしまう。また,上司は部下の知らない情報を独占していることが地位と権力の源泉になっていることもある。
ナレッジマネジメントには影の面もある。リストラクチャリングやリエンジニアリングは現実には大量人員削減の理論的根拠となり,特に中間管理職やスタッフなどの間接的な知的ワーカを解雇した。ところが,それと共に企業で必要とした知識も失ってしまった。これを野中(1997,p.37)はコーポレートアルツハイマ現象といっている。この反省により,まずナレッジマネジメントにより,知的ワーカの知識経験を吸い上げて企業の財産にしてから解雇しようという面もある。このような環境では,自らの墓穴を掘るようなことはしたがらない。
第4は面倒なことに巻き込まれたくないという心情である(図6-1のD)。
単に質問に回答するのが面倒なだけでなく,情報を提供することによって,それに関連した質問が殺到したり,その分野の仕事に巻き込まれたりする心配もある。それに,現在の仕事に注力することを望んでいる上司からの評価が悪くなる心配もある。
また,発信した情報は誰が見ているかわからない。三藤(1998,p.41)はズボフ(Zuboff, S.)の説として,経営者は自らの権威を維持・向上させるために情報技術を完璧なpanopticon(一望監視施設)として用いることを示している。遠山(1998,p.216) は,情報技術には「参画の効果」と「従属と管理の効果」の二面性があるというワトソン(Watson)の説を紹介して,日本でもトップやCIO(Chief Information Officer)がグループウェアに後者の効果を求めていることを示している。このように上司が部下の発言を監視している状況では,建設的なつもりで発言するのではあっても,トップの方針と異なる意見をいったり現状の批判をしたりするのは勇気がいる。このような環境では,情報の共有化による組織の創造性向上を期待するのは困難である。
第5は発信作業が面倒さである(図6-1のE)。
A〜Dのような疎外要因がなく,発信することにためらいはないときでも,実際に発信作業をするのは面倒である。パーソナルコンピュータの電源を投入してアプリケーションを開き,文章を入力して通信回線を接続し,発信するまでにかかる時間は,発信する人や内容によっても異なるが,十数分はかかるであろう。また,自分の仕事に追われているときに,それとは異なる仕事を割り込ませるのは,精神的な余裕がないとできない。
受信者側の第1の問題は,受信者が情報を求めようとしないことである(図6-1のア)。
情報共有化は,受信者が情報を求めているという仮説が前提にあるが,実際の行動や意思決定では,必ずしもそうではない。サイモン(Simon, H.A.)は,意思決定では不十分な情報に基づく満足原理に基づくことを示しているし,エイコフ(Ackoff, R.L.)は,意思決定者は要求すべき情報を熟知してはいないことを示している(2)。このように,意思決定者は,現在自分が知っているだけの情報で行動することが多いのである。
情報発信の作業が面倒なように,情報受信の作業も面倒である。また,その作業を行なってみても適切な情報が存在するかどうかもわからない。さらには,情報を得てから行動することによる効果も明確ではない。しかも,情報を得るには,あえてグループウェアやナレッジマネジメントなどによらなくても,その分野を知っている知人がいれば,直接その人に電話などをすればよいように,情報技術に関係のないネットワークを活用する代替手段は多いのである。
(2)R.L.Ackoff, R.L. は,MIS(management information system)について,「情報が豊富に得られれば,経営者はより適切な意思決定ができる」など5つの事項を幻想であり,"Miss Information Systems" であるとした。
第2は,求めている情報が発見できないことである(図6-1のイ)。
文献検索では,検索されべき潜在文献数に対する検索された文献数を呼出率(recall factor),検索された文献数に対する目的に合致した文献数を適合率(precision factor)という。呼出率と適合率の積が求める情報の発見率になるが,現実のグループウェア利用においては,呼出率がかなり悪いのである。
通常のグループウェアの運営では,目的に応じて電子掲示板(Lotus Notes ではデータベースという)を設定するが,その設定が不適切なために,自分の必要とする情報がどの掲示板にあるのかわからなかったり,適切な掲示板の存在すら知らなかったりすることもある。
第3は情報を得たのに価値に気づかないことである(図6-1のウ)。
有益な情報が提供されており,それが検索により発見されたのに,受信者がその価値に気づかないこともある。偉人の伝記を読むと,自分の研究とは関係のない,ちょっとしたことがヒントになり歴史的な発見発明に貢献したような事例が多い。他の事例を自分の課題に応用することは,多分に受信者の心構えに起因する。「心ここにあらずんば見れども見えず」ではあるが,凡人にそれを要求するのは困難である。
また,情報の解釈多様性の問題がある。ダベンポート(Davenport, T. H,1994(訳書),pp.84-85)は,これについて多様な例をあげ,情報の複合的な意味が情報共有化で混乱を招いていることを指摘している。
第4は,受信者にとって適合率が低いことである(図6-1のエ)。
これは,受信者だけの問題ではなく,発信者と受信者の間での問題である。ここでは,情報の価値については深入りせずに,受信者が主観的に価値があると思う情報がデータベースに入っていないこととする。そもそも,発信者が発信したい情報と,受信者が求めている情報にはギャップがあるのは当然であるが,受信者にとって必要な情報があまり存在しないと,受信者はこのシステムで情報を求めようとしなくなる。利用が低調になると,発信者も発信する意欲が薄れるので,悪循環に陥ってしまう危険がある。
情報の共有化を推進するには,上記モデルでのFオを増大させ,A〜Eおよびア〜エを減少させることが重要である。それには,次の面でのアプローチが必要になる。
情報共有化の阻害要因と解決のアプローチとの対応表を表6-1に示す。しかし,これらのアプローチは互いに関連していることが多いし,問題点への解決も一通りではないので,ここでの対応は概念的なものである。
表6-1 発信・受信を活発にするためのアプローチ
比 較 項 目 | 意識改革面 | 仕組み面 | 情報技術面 | 運用組織面 |
---|---|---|---|---|
A 自分の情報の価値 を自覚していない | 受発信する意 識を持たせる | 簡単なことか ら始める | ||
B 発信者が自分の情 報を表現できない | 簡単なことか ら始める | |||
C 重要な情報は発信 しない | 企業への信頼 を高める | インセンティ ブを与える | ||
D 面倒なことに巻き 込まれたくない | 企業への信頼 を高める | インセンティ ブを与える | ||
E 発信作業が面倒で ある | 誤字の許容 | 入力容易な情 報技術 | ||
ア 受信者が情報を求 めようとしない | 受発信する意 識を持たせる | 出力容易な情 報技術 | ||
イ 求めているのだが 発見できない | | | ポータル技術 | 情報を整理し て提供する |
ウ 情報を得たのに価 値に気づかない | | 情報を整理し て提供する | ||
エ 受信者にとって価 値のない情報 | 教えてコーナ を作る | | 橋渡しをする 組織 |
情報共有化の重要性を認識させて,積極的に発信したり受信する意識を高めたりすることが重要であることはいうまでもない。しかしそれには,「上司が常に監視している」とか「知識を搾り出させてからリストラする」というような,企業に対する不信感を一掃することが前提になる。
「自分のノウハウを積極的に公開しない者はリストラの対象にする」という強圧的な手段により,表面的に成功させることはできるかも知れないが,そのような環境では,ますます優れたノウハウは発信されなくなる。また,組織内の団結を強化するには,外部からの圧力を利用するのは常套手段であり,企業存亡の危機を訴えて意識改革を求めるのも効果がある。しかし,最近のリストラ風潮により,社員の企業帰属意識はかなり低下している。危機をあおることが,かえってノウハウを個人の財産にしようとする動機にもなる。
すなわち,情報共有化は,すでに難破した企業を立て直す手段ではなく,まだ健全な間に難破を予防しさらに発展させるための手段なのである(3)。
(3)情報関連の雑誌では,情報共有化に成功した企業の事例紹介が多いが,私が見た限りでは,それらの企業はいわゆる「元気印」の企業であり,不況産業で倒産に直面した企業が起死回生の手段として成功した事例はほとんどない。
自分の持つ情報の価値を自覚させるとか,その情報を形式知として表現できる能力を育成することは,重要ではあるが時間がかかる。それよりも,商談報告や日報メモなどの日常的に文章にしている事項を電子掲示板に登録させるなどの習慣付けを行い,逐次高めていくのが効果がある。また,自分の持つ情報の価値についても,業務引継ぎや業務の自己点検のために自分の業務に関する文書を作成させて,それを登録させる方法もある。
しかし,これにも問題がある。実際には商談などは空振りに終わることが多い。本当はそのような情報が役に立つのであるが,「誰が見ているかわからない」「失敗を見せるのはいやだ」などの理由で,核心にふれた記述をしないようになる危険がある。そうならないためにも,組織文化の改革を先行させる必要がある。
情報発信の回数や内容を人事考課の要素としている企業は多い。さらに,発信した情報を受信者が利用すると,受信者から発信者へお礼としてのポイントを提供し,そのポイントを金銭に換算して支給するといったインセンティブを採用している企業もある(4)。しかし,これも「カネ稼ぎで登録している」というような中傷が出るような組織文化では,なかなか効果が出ないこともある。
(4)たとえば富士通では,共有情報に発信者が価格を設定し,その利用料は発信部署の利益にしている。1997年では全情報の4割が有料となっているという(『日経情報ストラテジー』No.63, pp.238-239)。
昔からインターネットなどで電子メールを行っていた人たちの間では,宛名,発信者名,件名などはメールのヘッダ部に記述されているので本文には記述しないとか,漢字変換ミスやタイプミスはエチケットに反しないという暗黙のルールがあった。そのようなことに気を使うよりも,情報交換を円滑にすることを重視したのである。
とかく企業の上位者は,下位者のレポートに「誤字が多い」とか「文章になっていない」という批判をすることが多い。案外これが,発信作業を面倒なものにしているのである。特にモバイルコンピューティング(mobile computing)の環境で,漢字変換に気を使うとか,文章の推敲までもしようとしたら,かなりの負担になる。個人が国語力の向上に努めることも必要であるが,このような環境においては,少々の間違いや手抜きを大目に見るような組織文化も必要である。
適合率を大きくするには,受信者のニーズを発信者に伝える必要がある。そのために電子掲示板には「教えてコーナ」を設置することが多い。しかし,とかくこのコーナが整理されずにゴミ箱状態になっていたり,文書管理が不十分で,一方ですでに情報が提供されているのに,一方では同じような質問が出されていることが多い。それを避けるためには,よく出る質問への回答集をFAQ(Frequently Asked Question)というが,それを整備することも効果的である。
情報共有化では,グループウェアやナレッジマネジメントなどの情報技術が重要であることはいうまでもないが,ここでは,入出力を容易にすることと検索を容易にすることに限定して,トピックス的にいくつか列挙する。
その第1がコンピュータ入出力の容易化である。現在での通常な環境では,発信作業や受信作業が非常に面倒である。発信するには,パーソナルコンピュータを取り出し電源を入れて起動させ,アプリケーションを呼び出して,キーボードで入力し,登録すべきフォルダを指定して,通信回線に接続して発信する必要がある。モバイル機器では,もう少し手軽になるが,これらの操作をするにはかなりの時間がかかる。せめて手帳にメモをする程度の時間や手軽さで受発信できるようにしたいものである。
最近はWindows CE,ザウルスのようなPDA(Personal Digital Assistant),iモードのような携帯電話など多様なモバイル機器が出現してきた。これらを用途により使い分ければ,上記のような制約はかなり解決できる状況になってきた。今後,ますます多様なモバイル機器が出現するであろうし,音声認識技術の発展により音声入力もさらに実用化するであろう。
まだ企業内での電子掲示板の検索機能は貧弱である。掲示板の一覧表,掲示板の中での発生順・発信者順・テーマ別のような縦割りでの体系はよくできているし,応答時間がやや長いことを無視すれば全件検索の機能もある。しかし,「求めている情報があるのに見つけられない」ことを改善するには,もっと強力な検索機能を持たせる必要がある。
最近のインターネットのポータルサイト(portal site)は非常に使いやすくなってきた。多様なリンクにより多角的な構造になっているし,自然言語や連想語による検索もできる。このような仕掛けができていれば,検索効率もよくなるであろう。しかし,社内の利用に大規模な検索エンジンを購入したり,シソーラスの作成に多大な労力をかけたりすることはできない。むしろ,社内用語の統一を行なうとか,文書構造の標準化を図ることが重要になる。
また,いくつかのポータルサイトが行っているように,受信者にいくつかのキーワードを登録させておき,それに合致した情報が登録されたら,自動的にその情報を受信者に通知するといったエージェント機能も効果的である。社内利用では対象とする文書が比較的少ないので,ある程度は効率が悪くてもよいから安価で運用のしやすいソフトウェアの出現が期待される。
ここでは情報システムの運用ではなく,情報共有化を進めるための組織,特に必要な人に必要な情報を提供するための組織をテーマにする。電子掲示板は図書館のようなものである。図書館に司書がいるように,電子掲示板にも情報司書のような組織が必要になる。
その第1は情報の整理である。呼出率や適合率を向上させるには,発信者からの情報をそのまま登録して受信者の検索に任せるのではなく,適宜,情報司書が,キーワードを追加したり登録分類を変更したりするなどの手入れをする必要がある。先に,社内用語の統一が必要なことを指摘したが,それを守るようにPRするだけでなく,必要に応じて情報司書が訂正するようなことも必要になる。
また,発信された情報に質問がありそれに回答するといったような文書を,ただそのまま保存しておくのではなく,互いにリンクづけをするとか,それらをまとめて一つの文書にするなどの整理をしておく必要がある。
第2に,受信者のプル型での情報入手に任せるだけでなく,情報司書から,情報を必要とする人に適切な情報を送りつけるプッシュ型の情報提供を行なうことが効果的である。そのようなサービスを,個人を対象にするのでは労力的に大変であるならば,ポータルサイトでよく見られるように,テーマ別の最新情報という形式で提供することが考えられる。
第3に受信者と発信者との間の橋渡しが必要である。情報司書の活動が活発になるに伴い,誰がどのような情報を求めているか,誰がどのような情報を持っているかが把握できるようになる。すると,情報司書から発信者に情報提供を求めることができるようになる。
組織における個人レベルでの情報共有化について,発信受信モデルを作成して,発信者−受信者間で情報共有化が円滑にできない理由を分析した。「ゴミ箱モデル」によれば,意思決定のメカニズムでは,タイミングにおける参加者の関心やキャッチフレーズなどの影響が大きいといわれている(5)が,知識創造の観点では,受信者がFの情報を得てから実際に業務に生かせるかどうかが重要である。電子掲示板の利用が普及してくると,そこで話題になっているテーマや発言の大勢の雰囲気などが,擬似世論として意思決定に大きく影響を与えることになる。その分析のためにも,図6−1のFオの部分がどのような環境のもとで形成されるのかを明確にする必要があるが,ここの発信受信モデルはそれに役立つと考える。このモデルに関しては定量的な実証分析が求められるが,現実には発信者や受信者の暗黙知や感情に関する部分が多いのでデータの収集が困難だと思われる。
また,Fオを増加させるためのいくつかの方法を示した。情報共有化のためには,よくいわれていることであるが,個人の意識と組織の文化に関係する事項が多いことがわかる。しかし,このような分野では,とかくトップのリーダーシップや個人の意識改革などの精神面が強調される風潮がある。それも重要ではあるが,ここで示したような,仕掛け,情報技術,推進組織などでの工夫も必要である。
なお,ここでは情報共有化の対象としてグループウェア的な利用形態を取り上げたが,データウェアハウスのようなデータの公開に関しても対象にする必要がある。また,情報共有化の範囲を組織における個人レベルに限定したが,企業間での情報共有化も興味のあるテーマであるといえる。
(5) ここでは,遠田雄志(1995)の解説によった。