量子コンピュータに対して、現在一般に使われているコンピュータ(パソコンからスーパーコンピュータまで)を、ここでは古典コンピュータという。
量子コンピュータの方式
量子コンピュータの主な方式
上図出典:中田 敦(日経コンピュータ)「日本独自の量子コンピュータ」2014年
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20140314/543707/?rt=nocnt
下図出典:NTT「光を使って難問を解く新しい量子計算原理を実現」2016年
http://www.ntt.co.jp/news2016/1610/161018a.html
(注)上図 レーザーネットワーク方式 量子アニーリング方式 量子ゲート方式
下図 量子ニューラルネットワーク 量子アニーラ 量子コンピュータ
お詫び:私は量子論の素人です。本節の記述は参考URLなどにより、私が理解した(と思われる)範囲なので、あいまいなだけでなく誤りがあるかもしれません。
- 量子ビット(qubit)
量子ビットとは、通常コンピュータのビットに相当するもの
量子ビットは、0と1の両方が同時に存在するという量子力学に従う。
3個のビットは23=8通りの状態があるが、一度に一つの値しか扱えないのに対し、量子ビットでは、8つの状態を同時に扱える並列計算になる。すなわち8倍の速度になる。40個ならば1兆倍の速度になる。
そのため、量子ビット数を増やす研究が重要であり、いくつかの研究所で実験が行われている。
- 量子干渉効果
並列計算ができても、量子ビットは観察した瞬間に0か1に決まってしまうので、1回の計算ではそれが正しい答えかどうか分からない。同じ量子回路を複数回繰り返すことにより、正しい答えになる確率を高めることができる。それを効率的に行うために量子干渉効果を利用する。
その手段として、超伝導量子干渉素子(SQUID:Superconducting Quantum Interference Device)や光パラメトリック発振器ネットワークなどが用いられる。
- 量子チューリングマシン
チューリングマシンとは、計算機を数学的に議論するための単純化・理想化された仮想機械で、古典コンピュータの基礎理論である。一定の手順に従えば答えが求められるような計算は、理論上すべてチューリングマシンで実行できるとされている。それを量子計算にまで拡張したのが、量子チューリングマシンである。
すなわち、量子チューリングマシンに基づくシステムを実装すれば、古典コンピュータと矛盾しない自動処理が行えることになる。
- 量子ゲート(Quantum gate)
量子ビットを組み合わせた回路を量子ゲートという。
古典論理回路では、否定、論理積、排他的論理和などがあるが、量子ゲートには量子ビットの特徴による論理回路が追加される。1量子ビットはユニタリー行列で表現され、制御NOT(CNOT:XORに相当)や<パウリ行列などがある。/li>
- 量子ゲート方式
以上の理論に基づく正統的な量子コンピュータである。量子チューリングマシンの実装であり、古典コンピュータと同様にデジタルコンピュータである。2000年頃までは、量子コンピュータといえばこの方式であるとされていた。
量子コンピュータが実務的に期待される性能を発揮するには、数千個の量子ビットが必要だといわれている。
しかし、この方式では2017年現在で20個未満の段階であり、実務的な段階にはなっていない。
- 量子イジングマシン方式
イジングモデル(Ising model)とは、統計力学において二つの配位状態をとる格子点から構成され、最隣接する格子点のみの相互作用を考慮する格子模型である。
量子イジングマシン方式とは、磁石の構成単位であるスピンをその格子点とし、それを量子ビットだと考えて量子コンピュータをしようという方式である。
この方式は、シミュレーション専用装置の性格が強く、アナログコンピュータに近い。そのため、暗号解読での素因数分解のような整数を扱う処理には向いていない。巡回セールスマン問題や ナップサック問題のような組合せ最適化(Combinatorial Optimization)の分野での利用が期待される。
- 量子アニーリング方式
量子イジングマシン方式の一つ
アニーリング(annealing)とは「焼きなまし」のこと。コンピュータ上で発生させた解の候補を確率的に色々と変えながら、最終的に正解ないしそれに近いものの確率を高くする方法をシミュレーテッド・アニーリングという。量子アニーリング方式とは、量子力学での「重ね合わせ」を利用してシミュレーテッド・アニーリングを行う方式である。
代表的な量子アニーリング方式にD-Waveがある。量子アニーリングを直接ハードウェア的に実現するもので、微小な超伝導閉回路を基本素子とし、閉回路上を超伝導電流が右に回るか左に回るかを量子ビットに対応させる。2015年に発表されたD-Wave 2Xは、1000個以上の量子ビットを実現した、
- 量子もつれ(quantum entanglement)
量子を2つに分裂させると、一方の量子の状態が変わると、何等の操作を行わなくても瞬時に他の量子も同じ状態(厳密には、スピンの正負が逆の状態)になる。しかも、量子もつれの現象は距離に影響を受けない。
- 量子テレポーテーション(量子相転移)
量子テレポーテーションとは、量子もつれにより、量子ビットの情報をそっくりそのまま別の場所に移動する通信手法。これに工夫を加えると、量子ビットに何らかの計算処理を施して別の場所に移動できる。それを量子相転移という。
複数の量子テレポーテーション組み合わせれば、量子ビットにさまざまな計算処理ができるので、それを量子ゲートだとみなすことができる。
- 量子ネットワーク方式
量子イジングマシン方式の一つで、量子テレポーテーションによる量子コンピュータ。量子ニューラルネットワーク、レーザーネットワーク方式ともいう。
この方式の研究は日本で進められている。2000量子ビットが実現した。長距離光ファイバで構成された共振器を周回する時分割多重OPO(光パラメトリック発振器)のパルス(スピン)群をニューロンと見立て、量子測定フィードバック回路をシナプス結合と見立てる。
光パラメトリック発振器と量子測定フィードバックから構成される量子ニューラルネットワーク
出典:NTT「光を使って難問を解く新しい量子計算原理を実現」2016年(
http://www.ntt.co.jp/news2016/1610/161018a.html)
量子コンピュータの歴史
~1990年代中頃 学術的理論の時代
この時代は、量子コンピュータはあくまで学術的な研究対象にとどまっており、広く関心が集まることはなかった。
- 1980年 ポール・ベニオフ、量子コンピュータの可能性を示唆
それまでにも量子力学の研究により、量子を使えば高速計算ができることは知られていたが、不確定性原理による理由から、計算過程でエネルギーを消費し、量子的な系の情報が失われてしまうので、量子コンピュータは実現しないと考えられていた。
ポール・ベニオフは、量子系においてエネルギーを消費せず計算が行えることを示した。これにより、量子コンピュータの研究に火が付いた。
- 1985年 デイビット・ドイチェ、量子チューリングマシンの定義
チューリングマシンとは、計算機を数学的に議論するための単純化・理想化された仮想機械で、古典コンピュータの基礎理論である。
デイビット・ドイチュは、それを量子計算にまで拡張し、量子コンピュータが通常のコンピュータと同様な考え方で実現できることを示した。
1990年代中頃~2000年代 実務的関心が高まる
- 1994年 ピーター・ショア、ショアのアルゴリズム開発
ショアのアルゴリズムとは、これまで計算量が大きく不可能だとされていた数学問題が、量子コンピュータが実現すれば短時間で解けるアルゴリズム(計算手順)を示した。
その中には、公開暗号技術の基本になっている大きな数の因数分解が短時間で解く(現在の暗号技術を崩壊させる<)ことが示されており、学会だけでなく実業界でも一挙に量子コンピュータの研究が広まった。
- 1996年 ロブ・グローバー、グローバーのアルゴリズム開発
大量のデータの中から、ある条件に合致するデータを見つけるための量子探索アルゴリズム。量子コンピュータでは多数の状態の重ね合わせを一度に並列に処理できるが、正しい答えは確率的にしか得られない。正しい答えになる確率を高めるには、同じ量子回路を複数回繰り返して、量子干渉という干渉効果を利用する。グローバーのアルゴリズムは、 N個の取り得る状態に対し、√N回程度で求めるデータを見つけることができることを示した。
- 1998年 ベルンハルト・オマール、QCL(量子プログラミング言語)実装
QCL (Quantum Computation Language) は、Cや Pascalのような命令型プログラミング言語に、量子的操作のための機能を付け加えた命令型量子プログラミング言語である。
- 1990年代後半 ハードウェアの試作
この頃までの量子コンピュータは、量子ゲート方式だけであった。量子ビット数を増やす研究が重要であり、いくつかの研究所で実験が行われるようになった。しかし、数キュービットの段階であり、実務的な段階にはならなかった。
2000年代 量子イジングマシン方式の研究
量子ゲート方式が量子ビット数を増やすことで悩んでいることから、異なる発想で量子コンピュータを実現しようとする研究が進んだ。
- 1998年 西森秀稔、門脇正史、量子アニーリングの理論
- 2007年 D-Wave社、量子アニーリング理論に基づく量子コンピュータ開発
- 2008年 デービッド・ワインランド、イオン・トラップ型量子コンピュータ開発
イオン・トラップとは、安定した状態でイオンを捕捉すること。捕捉されたイオンは、小さな棒磁石のように振る舞う。棒磁石の方向を量子ビットの1と0に対応させれば量子コンピュータができる。
2010年代前半(1) 実用量子コンピュータD-Waveの出現
2011年にカナダのD-Wave社が世界初の商用量子コンピュータ D-Waveを発表。量子アニーリング方式である。
2010年代前半(2) 日本の量子ニューラルネットワーク
- 2013年 レーザーネットワーク方式
国立情報学研究所の山本喜久、4個のOPO(光パラメトリック発振器)からなるCIM(コヒーレントイジングマシン)を実装、理論通り動作することを確認した。
- 2016年 量子ニューラルネットワーク実現(右図)
量子ニューラルネットワーク(ONN:Quantum Neural Network)はレーザーネットワーク方式の発展。
NTT、国立情報学研究所(NII)、OPO数を10,000へと飛躍的に増大することに成功
右図出典:NTT「光を使って難問を解く新しい量子計算原理を実現~量子ニューラルネットワークの開発~」
(
http://www.ntt.co.jp/news2016/1610/161018a.html)
2010年代後半 実務応用の動き
IBM
- 2016年、IBMは5量子ビットの量子コンピューターをクラウドで公開
5ビットの量子コンピューターにクラウド経由で誰でもアクセスができる。
計算手段は、「Real Quantum Processor:実際の量子プロセッサー」にするか「Custom Topology:量子シミュレーター」にするかを選択できる。
- 2017年 IBM Q開発(右図)
量子ゲート方式による16量子ビットの「IBM Q」を開発、ビジネスおよびサイエンスに向けた初の汎用量子コンピュータ。量子コンピューターと従来型コンピューター間のインターフェース構築に向け、開発者にAPIを公開。量子コンピューティングの強力なサービス群をIBMクラウド・プラットフォーム上で提供
右図出典:flickr「IBM Q」
https://www.flickr.com/photos/ibm_research_zurich/sets/72157667479583962/)
- 2019年 IBM、商用量子コンピューター(名称:IBM Q System One)を開発。
Google
- 2017年 グーグル、ジョン・マーティン(UCSB)と連携し量子コンピュータの独自開発を開始。
- 2019年 グーグルの量子超越性の実証
量子コンピュータ Sycamoreが世界最高速のスーパーコンピューターが1万年かかる計算問題を3分20秒で解いたと発表
IBMは、「1万年かかる」に疑問を発表。この頃からIBM対グーグルの量子コンピュータでの競争・対立が高まる。
日本
2020年代前半 日本の量子コンピュータ
- 2017年 東大規模光量子コンピュータ実現法を発明
東京大学 工学系研究科のグループは、究極の大規模光量子コンピュータ実現法を発明した。
- 2021年 スクィーズド光源
理化学研究所、東大、NTTがスクィーズド光源を開発。実用化すれば、大規模な冷却システムが不要になるという。
- 2023年 クラウド公開の国産初号機を開発
理化学研究所 量子コンピュータ研究センターは、国産超伝導量子コンピュータ初号機(64量子ビット)を発表。クラウド利用を開始した。
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