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パソコン通信の歴史


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パソコン通信とは

パソコン通信とは、インターネットが急激に普及する以前(1980年代後半~1990年代中頃)に行われていた会員制の電子メールや電子掲示板などのサービス形態である。

インターネットとの類似性

データ管理、セキュリティ対策、操作性や効率性などを考慮しなければ、パソコンからホストコンピュータへの接続ができれば、電子メールや電子掲示板の仕組みは簡単に実現できる。

パソコン通信もインターネットも、これらの基本的機能に様々な工夫をしたものであるから、そのサービスは似たようなものである。

インターネットとの相違性

インターネットでプロバイダに加入するのは、自分がWebサイトを構築するのでなければ、インターネットへの接続サービスを得るためだけであり、インターネットに接続した後は、加入プロバイダに関係なく全世界のコンピュータにアクセスできる。
 それに対して、パソコン通信では、プロバイダAに加入したとき、接続できる相手はAのホストコンピュータだけである。電子メールや電子掲示板の記憶場所はすべてAのコンピュータに存在するものに限定される。また、原則として他のプロバイダとの接続はしていないので、プロバイダAに加入しても、プロバイダBの加入者との通信はできない。
 会員制のクローズした世界であることが、インターネットとの最大の相違点であり、これにより、次の特徴が生じる。

また、当時のネットワークインフラや技術の限界があった。これらは当時のインターネットでも同様。

パソコン通信の位置づけ

社外とのデータ通信には、テレックスやファクシミリが使われていたが、これらはコンピュータ利用とはいえない。社内でのデータ通信は、1970年代末頃に汎用コンピュータと多数のパソコンをTSSで接続する利用が普及し始め、それを用いて電子メールや電子掲示板に似た利用ができたが、全社的に活用している企業は稀であった。
 インターネットは、一般企業では普及していなかった。米国では既に軍や研究機関で用いていたが、現在のインターネットの原型であるNSFnetの運用が始まったのが1986年、民間利用が認められたのが1991年である。日本では慶応大学,東京大学,東京工業大学間でのJUNETがスタートしたのが1984年である。

日本でのパソコン通信は、1980年代前半から始まったが、本格的に発展したのは1985年の通信回線開放からである。NECのPC-VAN、富士通のNifty-Serveの2大プロバイダから数千に及ぶ草の根BBSまで、多様な規模のパソコン通信が行われ、企業や個人に急速に普及した。
 1990年代に入ると、ダウンサイジング環境での社内でのコミュニケーションツールとして、グループウェアが注目されるようになった。電子メールや電子掲示板を主としたビジネス活動に密着した機能を比較的安価に自社構築できるので、社内ではこれに移行する企業が多くなった(グループウェアは後にインターネットと合体する方向へ進む)。個人利用では、1990年代中頃から、インターネットが急速に普及するのに伴い、パソコン通信の加入者はインターネットへと移行していった。
 このような動向により、パソコン通信は1990年代後半から衰退するようになり、2001年にはBIGLOBE(PC-VAN)、2006年には@Nifty(Nifty-Serve)がパソコン通信サービスを終了した。

このように、パソコン通信は、本格的な活用が行われたのは10年程度であったが、その間に企業や個人において、情報連絡や情報共有化の重要性、情報大規模発表の場の獲得など、インターネット社会への露払い的な役割を果たしたといえよう。


パソコン通信の歴史

パソコン通信の導入期

1970年代末:米国でのパソコン通信のはじまり

コンピュータを他人がアクセスできるならば、パソコン通信の考えはすぐに思いつくし、実現も容易である。そのため、「最初の」パソコン通信を特定するのは困難である。
 よく引用されるのが、CBBS(Computer Bulletin Board System)である。1978年にシカゴで Ward Christensen と Randy Suess の二人によって始められた地域的な小規模ネットであったが、このシステムを取り入れた多くのネット群が米国各地に広まった。

1979年に、CompuServeがサービス開始を開始した。これが大規模パソコン通信サービスの最初である。
 1986年には、Nifty-Serveが代理店になり、日本でもサービスを行った。
 1997年に、後発のパソコン通信プロバイダでインターネット等で大躍進したAOL(America Online, Inc.)に買収された。

1980年代前半:日本でのパソコン通信のはじまり

日本では、1982年に第二次回線開放が行われた。当時は通信回線は電信電話公社が独占しており、原則として、民間企業が他人の通信を媒介することは禁止されていた。この開放により、データ処理を加えて他人の通信を媒介すること、すなわち、計算センターのような利用は自由になった。しかし、電子メール交換のようなデータ処理をしないものは未だ許可されてない。
 そのため、パソコン通信サービスを行うには、特別の認可を得るとか、データ処理をしていると認めさせる工夫が必要だった。1982年に開設されたパソコン通信サービスには、CORTON-NET(東京山王ホテル内)やMacEvent(千葉県浦安市)などがあるが、小規模な実験的なものであり、商業的に発展したものはほとんどない。

1980年代前半では、日本語の取扱いが可能ではあったものの、各社独自の体系だったので、機種を超えてメール交換をするにはプロバイダが採用している「標準」体系との変換機能が必要になる。初期の段階では、そのツールの整備が面倒であったり、米国の基本ソフトをそのまま使うために、英数カナ(半角)しか使えないものも多くあった。
 パソコンとアナログ回線との接続にはモデムが必要であるが、1985年まではモデム接続には制度的な制約が多く、加入者線を利用したデータ通信には、音響カプラが利用されていた。音響カプラにせよモデムにせよ、当時は300bpsという低速であり、しかも伝送中での誤り発生が多発していた。
 これらの不都合が解決されるようになったのは、1980年代の後半からである。

パソコン通信の発展・成熟期

1980年代後半:パソコン通信の離陸期

1985年に第三次回線開放が行われ、現在のように、通信回線を利用したデータ交換サービスが自由になった。それにより、パソコン通信プロバイダが急増した。

  • 1985年 アスキー「ASCII-NET」
    最初の本格的なプロバイダである。「パソコン通信ハンドブック」出版と連携して、日本のパソコン通信の関心を高めた。
  • 1986年 NEC「PC-VAN」
  • 1987年 ニフティ「Nifty-Serve」
      サービス名     PC-VAN  Nifty-Serve
      運営者       NEC     日商岩井+富士通(1999年より富士通単独)
      サービス開始年   1986年   1987年
      現在のサービス名  BIGLOBE     @nifty
      移行年       1996年   1999年
      パソコン通信終了年 2001年   2006年

    1980年代中頃までは、ワープロ専用機が広く利用されており、ワープロ専用機を用いてパソコン通信をしたいとの要望が高かった。ニフティでは「パソコン・ワープロ通信」と呼んでいた。

パソコン通信プロバイダは、
  PC-VANとNifty-Serveの2大プロバイダ
  会員数1万人以上の大規模プロバイダ
  それ未満の「草の根BBS」と呼ばれる多数のプロバイダ
に分類できる。

インターネットと異なり、会員内だけの交流になること、通信料金が高いことからアクセスポイントが近くにあることが望まれることから、規模の大きなプロバイダに加入する傾向が大きいのは当然である。それで全盛期では、2大プロバイダで全体の60%を占め、大規模プロバイダを含めて90%に達していた。2大プロバイダ以外の加入者も2大プロバイダに加入していたり、PC-VANとNifty-Serveの両方に加入していた者もいた。

2大プロバイダ以外の大規模プロバイダは、「ASAHIネット+People」ではIBM利用企業の社員、ASCII-NETではパソコンに強い個人、日経MIXでは医師や弁護士などの自由業が多いなど、それぞれ特徴をもっていた。
 草の根BBSは、市内電話が利用できる地域型や特定の話題に限定したもの、あるいは大手プロバイダのサービスに飽き足りず高度利用を実験的にサービスするものなどが多かった。情報提供のために開設している自治体(大分県第三セクターの「COARA」が有名)も多くあった。

1990年代のパソコン通信加入者(インターネットも含む)の推移


パソコン通信(インターネットも含む)加入者数の推移
出典:電子ネットワーク協議会(現ニューメディア開発協会インターネット協会)
「会員数1万人以上のパソコン通信ネット局 会員数推移」
91年7月~97年3月, 97年6月~98年6月より編集・作図

パソコン通信の衰退期

1990年代後半:インターネットへの移行とパソコン通信の終焉

パソコン通信のプロバイダはインターネットのプロバイダになったし、従来のパソコン通信加入者にインターネット利用も提供したので、パソコン通信利用者とインターネット利用者を区別していない。そのため、インターネット普及後のパソコン通信利用者を特定するのは困難である。
 上図では、1995年以降に急増しているようにみえるが、これはインターネットの普及が影響している。棒グラフのように、「パソコン通信のみ」の利用者は極めて少数であり、1997年→1998年で急速に減少している。おそらく、大多数を占める「両方利用」のうち、パソコン通信利用の比率も低下しているのではないかと思われる。

1990年代末から2000年代にかけて、多くのプロバイダがパソコン通信サービスを終了してインターネットのみに集中するようになった。
パソコン通信サービス終了年
  1997年 ASCII-NET
  1997年 日経MIX
  2001年 BIGLOBE(PC-VAN)
  2006年 @nifty(Nifty-Serve)
 米国でも2006年にAOLは、買収したCompuServeを含めてパソコン通信サービスを終了した。@niftyがここまでサービスを継続したのはCompuServeとの関係があったからだともいわれている。この時点での@niftyのパソコン通信利用者は2万人程度であった。