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フェイクニュースの歴史


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フェイクニュースの概要

フェイクニュースの定義

フェイクニュースの定義は、研究者によって様々である。
インターネット上英語辞書 Dictionary.com(2017年)では、フェイクニュースとは「センセーショナル性を持ち、広告収入や、著名人・政治運動・企業などの信用失墜を目的としたオンライン上で広く共有されるように作成された偽のニュース記事」であるとしている。
 なお、欧州では fake news ではなく、disinformation ということが多い。

フェイクニュースの起源は、おそらく有史以前に遡るであろう。戦争などの環境では、敵の軍事行動や敵国民の戦意喪失、自国民への高揚などのためにフェイクニュースを活用するのは当然でもある。
 しかしここでは、SNSの日常化、画像加工技術の普及化が進んだ2010年以降だけを対象とする。
 この頃には、2003年には、自分のWebサイトで広告手数料を得るGoogle AdSense がサービス開始したし、2005年にはYouTube、2006年にはFacebook、Twitterがサービス開始していた。

関連用語の概要(米大統領選挙を例に)

「フェイクニュース」が広く認知されたのは、2016年のトランプ(Donald Trump)対クリントン(Hillary Clinton)の米大統領選挙である。
 「ローマ法王がトランプ氏支持を表明」とか「クリントン氏がイスラム国(IS)に武器売却」など多くのフェイクニュースが続出した。選挙前3か月間において、トランプ有利のフェイクニュースは約3,000万回、クリントン有利なものは約760万回もシェアされたという。
 結果としてトランプが勝利したが、その勝因にフェイクニュースがかなり影響しているといわれた。

トランプは自分に不利な立場だったテレビや新聞など既存のマスメディアはすべてフェイクニュースであり、自らが発信するツイッターやそれに同調するWeb情報だけが真実だと主張した。これは在任中変わらなかった。
 次回(2000年)の対バイデン(Joe Biden)との大統領選挙では敗北したが、トランプは自ら「選挙方法や集計方法に違反があった」とのフェイクニュースを発信し続けた。


いくつかのフェイクニュース事件

2016年、2020年の米国大統領選挙は前述したので省略。

2016年 熊本地震ライオン脱走事件

熊本地震の直後、ツイッター「地震のせいで 近くの動物園からライオンが逃げ出し。街に出ている」との記事が写真(静止写真)ととも投稿があった。2万人以上にリツイートされ、動物園に問い合わせが殺到した。
 投稿者の20歳男性が業務を妨害した疑いで逮捕された。面白半分で行ったらしく、街とライオンの写真もネット上のものを無断使用し合成したとのこと。

2018年 関西空港の台湾事務所職員自殺事件

台風21号が関西空港に大きな被害を与えた。
 「中国大使館が専用バスを手配して空港内に閉じ込められた外国人を救出した」とのフェークニュース(実際には関西空港が手配)がSNSで拡散。同時に台湾事務所が傍観していると批判する投稿が拡散し、台湾の大手メディアも一斉に批判した。
 批判された台湾事務所の担当者が自殺する事態にまで発展。フェークニュースだと判明したのは自殺の翌日であった。最初のフェークニュース発信元は不明だとのこと。
このように、フェークニュースから発展して誹謗・中傷が続出して、大きな被害を与える事例は非常に多い。

2020年 新型コロナウイルスに関するフェイクニュース

恐怖や無知(情報不足)がフェイクニュースを拡散させる原因になる。
 「漂白剤を飲む、度数の高いアルコールを飲むと体内のウイルスが死滅する」「ワクチンには微小のICチップが埋め込まれ、個人行動の監視に用いられる」などのフェイクニュースが大きな問題となった。
 新型コロナウイルスは現実の恐怖であり、このウイルスに関する情報が不足していることから、これらのフェイクニュースは急速に広まった。メタノール中毒で入院・死亡者が多く発生したり、ワクチン接種を拒否した人も多かったという。
 なぜ、このようなフェイクニュースを投稿するのか、その分析が多数行われているが決定的なことはわかっていない。むしろ、リツイートが多いことの分析が進んでいる。

2022年 ロシアのウクライナ侵攻に関するディープフェイク動画
2023年 ガザ紛争に関するディープフェイク動画

戦時では、敵軍の誤行動への誘導、敵国民への戦意消失、自国民への戦意高揚、第三国へのアピールなど、意図的なフェイクニュースが発信されるのはむしろ当然であろう。現代ではこのような情報戦は実際の戦闘に匹敵するといわれている。
ディープフェイク動画は兵器の一つになったのだ。なかには政治的意図なく収入目的や面白半分でディープフェイク動画を投稿したりリツイートしたりしているかもしれないが、その影響が甚大なことを認識するべきである。

ロシア軍によるブチャでの無差別殺人があったとするウクライナの主張に対して、ロシアはウクライナの捏造であり、遺体はむしろウクライナ軍の攻撃によるものとし、その証拠写真を公開した。ところが、後の映像の検証や衛星写真の解析によって、ロシア軍撤退前から当該地点に遺体が複数あったことが確認され、ロシアの反論はフェイクニュースだとされた。
 ゼレンスキー大統領が、ナチスの鉤十字を付けたシャツを着用したり、降伏を呼び掛けたりする偽動画が拡散されたこともある。状況から判断してフェイクであることは明らかであるが、動画そのものは通常の人が真偽を判断するのは不可能だとされた。

ガザを実効支配するハマスのイスラエルへの奇襲攻撃、それに対するイスラエルの過剰報復攻撃は、大量の一般市民被害を生み出し、世界中に人道的立場での関心が高まった。
その被害状況を知らせる映像には、膨大なフェイク動画が含まれ、フェイク動画が世間の意識を誘導していることが認識された。また、フェイク動画の作成や拡散を抑制する手段や文化の遅れが指摘された。

2023年 ペンタゴン近くの大規模爆発とのディープフェイク動画

ディープフェイク動画が経済的混乱を招くことがある。
 ペンタゴン近くで大規模な爆発が起こったようなディープフェイク動画が拡散。消防当局の否定声明発表前に、一部メディアが誤って事実として報道。ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均が一時80ドル近く急落した。
 これがフェイクだと気づいた人でも、現実に株価急落を察知すると、その後完全に回復するかどうかを懸念して売却することもあり得る。真偽に関係なく混乱が生じることがあるのだ。


フェイクニュースの社会的影響

フェイクニュース

「フェイクニュース」という言葉の起源

fake news という言葉は以前からあったかもしれないが、現在の意味で最初に用いたのは、2016年の11月11日に、Facebook(現 META)のザッカーバーグ(Mark Elliot Zuckerberg)がカンファレンスで用いたのが最初。
 トランプ大統領は、自分に批判的な従来のマスコミを fake news だとして攻撃。これが一般に広まった大きな要因である。

フェイクニュースの拡散

2018年にマサチューセッツ工科大学のヴォソゥギ(Soroush Vosoughi)らは、Science誌に論文「The spread of true and false news online」を発表、「フェイクニュースのほうが真実より拡散スピードが速く、また、拡散範囲が広い」ことを示した。
 2006年から 2017年に Twitter で配信された約300万人が 450万回以上ツイートした約126,000 件の記事を真実または偽として分類した。その結果、真実が1,500人に届くにはフェイクニュースより約6倍の時間がかかることや、フェイクニュースのほうが真実よりリツイートされる可能性が70%も高いことを示した。

ディープフェイク

ディープフェイクとは「ディープラーニング」と「フェイク」を組み合わせた造語。AIのディープラーニングを発展させ、たとえば画像を人工的に合成して架空の画像を生成するような技術である。そもそもは学術用語であり、反社会的な用語ではない。
 この技術が、動画や音声に他人の顔や発言などにすり替えると、あたかも本人の行動のように見え、しかも一般人には(場合によっては専門家も)真偽が判別できない反社会的な偽動画にすることができる。。学問分野以外では、この反社会的な偽動画のことをディープフェイクということが多い。

反社会的ディープフェイクの例

ディープフェイクの大衆化

FakeApps のようなディープフェイク作成支援ソフトが続出した。2020年頃には生成AIが一般個人向けに公開され、誰でもが簡単にディープフェイク動画を作成できるようになった、
ある調査によれば、オンラインで検出されたディープフェイクは2019年時点で15,000件未満だったのが2023年初頭では数百万になったという。
また他の調査では、2019年現在、1万4,000点以上のディープフェイク動画のうち、差し替えに使用された顔の本人の同意を得ないディープフェイクポルノは約96%を占めていたという。

フィルターバブル

フィルターバブルとは、「インターネット上で泡(バブル)のなかに包まれたように、自分の見たい情報しか見えなくなること」である。
 2011年にパリサー(Eli Pariser)の著作『The Filter Bubble(邦題:閉じこもるインターネット)』で初めて使用した。

検索エンジンやSNSは、過去のクリック履歴や検索履歴などの情報から利用者の関心があると思われる情報を自動的に判断して、検索結果やフィードに表示する。この機能をパーソナライズという。利用者の利便性向上を目的とした機能であった。
 しかし、その精度が上がると、利用者はAIが勝手に判断した以外の情報へアクセスすることが難しくなる。自分が意識せずに、パーソナライズされたフィルタを介した情報だけに接し、しかも、それが公平な情報だと思い込む。

「フィルターバブル」を有名にしたのが、2016年の米国大統領選挙である。
 トランプは、選挙中も当選後も、自分あるいは協調者のSNS記事だけが真実であり、他のマスコミ記事はすべてフェイクだと喧伝した。その結果、トランプ支持者の多くがフィルターバブルになったという。

フィルターバブルの中にいる人に、他の意見があることを自覚させるのは困難だという。たまたま他の意見に接しても、それへの反論を強化することが多いという。
 また、同じフィルターバブルの中にいる人たちの交流は、互いにバブルを強固にして、極端になる傾向があるという。悪く言えば狂信者になる。

異なるフィルターバブルにいる人の間では、自分たちが正義であり、そうでないものは悪魔に操られている異教徒だと考えるようになる。ここに深刻な分裂・対立が発生する。
 独裁者や戦時でのプロパガンダや報道管制などはフィルターバブルの典型的な例だろう。

ポスト真実

語源・定義

「ポスト真実」という言葉は、テシック(Steve Tesich)で、1992年に週刊誌「The Nation」のイラン・コントラ事件と湾岸戦争についてのエッセーで使ったのが最初だったという。  現代用語としては、2010年に非営利団体のオンラインマガジン「Grist」でDavid Robertsが使ったという。

オックスフォード英語辞典は、2016年の「Word of the year」で「ポスト真実」(post-truth)を選び、「世論を形成する際に、客観的な事実よりも、むしろ感情や個人的信条へのアピールの方がより影響力があるような状況」を示す言葉だと定義した。
 フィルターバブルの結果、その中で自分が信じることが真実や事実なのであり、「万人が認める」真実や事実はどうでもよくなったという状況になってきた。

「ポスト真実」と政治

ポスト真実の政治では、客観的事実よりも感情的要素の方が人々の意見形成に大きな影響を与える。断言を繰り返し、事実に基づく政策の詳細説明は無視される。

「ポスト真実」という用語が広まる以前から、このような概念は政治に利用されてきた。

収入目的のフェイクニュース投稿者

アテンションエコノミー

アテンションエコノミー(attention economy、関心経済)とは、情報が指数関数的に増加して、人々が読み切る限界を超えている状況では、情報の質よりも関心を集めることが経済的価値を持つようになり、それ自体が重要視・目的化・資源化・交換財化されるということ。

近年、アテンションエコノミー社会への移行に伴い、「稼ぐため」のフェイクニュース投稿目的が可能になってきた。
 Google Adsenseなどのコンテンツ連動型広告サービスでは、Google からのバナー広告を自分のWebサイトに掲載し、その表示回数やクリック回数に応じて、広告主からの手数料をGoogle を通して得るという仕組みがある。これを利用して稼ぐ方法である。

2016年の米国大統領選挙でのフェイクニュース投稿者

これほど大規模ではなくても、収入目的のフェイクニュース投稿は日常的な状況になってきた。
 さらに、「フィルターバブル」や「ポスト真実」の動向は、閲覧者や閲覧回数を確保・増加させる絶好の機会である。意識するしないに関わらず、この動向に加担する行動になる。
 その対抗策として、2016年 Google は、Adsenseを通じて提供する広告がフェイクニュースサイトに掲載されないよう規定を変更する方針をとった。しかし、フェイクニュースサイトのなかには、それをかいくぐる工夫をするなど、攻防が続いている。

フェイクニュース対策のジレンマ

特定の個人を誹謗したり人心を攪乱したりするフェイクニュースは犯罪行為(少なくとも反社会的行為)である。反面、表現の自由は基本的人権の大きな要素である。SNSなどで誰でも容易に意見表示が容易になったことは、民主主義を推進する大きな力である。

SNSなどの利用者が「フェイクニュースに騙されるな」「フェイクニュースにリツイートして拡散させるな」の心がけを持つ必要があるが、フェイクニュース作成技術の進化もある。特にAIを用いた技術により、フェイクであることに気づくのが困難になっている。しかし、これらの技術は本来は社会的に役立つのに悪用されているだけなことが多く、規制するのは困難である。

多くの国際機関、行政や公共団体、民間組織がこれらの対策に取り組んでいるが、多くのジレンマに苦労している。