会計監査やシステム監査などを行うとき、取引伝票やアクセスログなどを調べて誤りや不正がない(ある)ことを確認する必要があります。伝票やログは膨大な量ですから、サンプリングにより確認します。
自然科学分野でのサンプリングの方法や分析手法では、統計学的な厳密性が重要ですが、監査では、実務として関係者が納得するレベルで簡便な方法でよいし、関係者が理解しやすいことが求められます。そのため、監査でのサンプリングに関しては会計士協会などから、方法論やガイドラインが示されています。ここでは、その概要と重要な用語の解説を示します。
サンプリングとは
- 母集団
- 監査人がサンプルを抽出し、結論を導き出そうとする項目全体のことです。
母集団は、適切性と完全性が確認できることが重要です。
- 適切性
監査目的との合致です。目的が買掛金の過大表示ならば買掛金明細書、過小評価ならば未払納品者や仕入先納品書などが母集団になります。
- 完全性
例えば、買掛金明細書を母集団とするとき、すべての買掛金が記録されている必要があります。
- サンプリング
- 監査手続には、母集団からその全ての項目を抽出して監査手続を実施する精査と、母集団からその一部の項目を抽出して監査手続を実施する試査があります。この試査がサンプリングで、一部の項目の特性から母集団全体の特性を評価することになります。
- サンプル単位
- 母集団を構成する個々の項目です。売上伝票とか小切手など。
監査人は、母集団内のすべてのサンプル単位に抽出の機会を与えるようにサンプリング方法を設定しなければなりません。
サンプルの分析に関する用語
逸脱
逸脱とは、所定のとおりにコントロールが運用されていないこと、監査での指摘事項になる現象です。未承認の取引データが入力されていたようなことです。エラーということもあります。
逸脱以外に虚偽の表示を加えた概念を誤謬といいますが、ここでは、それを混同して逸脱ということにします。
逸脱率=逸脱件数/サンプル数
予想逸脱率:逸脱率の予想値。監査で「そうあってほしい」とする値
許容逸脱率:監査人がこの程度ならば指摘する必要はないとする最大逸脱率
必要サンプル数
サンプルで得た値は、母集団全体の(真の)値とは違いがあります。サンプルから得た結果が「○○%の確率で信頼できる」ということを信頼水準といいます。自然科学では信頼水準を95%や99%に設定するのが一般的ですが、監査などでは90%にするのが通常です。
- 許容逸脱率が小→サンプル数が増加
許容逸脱率が小さいほど、多数のサンプルを調べて逸脱数が少ないことが求められます。
- 予想逸脱率が小→サンプル数が減少
同じ許容逸脱率の場合、予想逸脱率が小さいときは、逸脱数を小さくするので、必要サンプル数も小さくなります。
下表は、信頼水準90%の場合の必要サンプル数と(許容される逸脱件数)です。
赤の部分を例にします。「逸脱するものはない」ことを前提(予想逸脱率)として。サンプル全体のうち逸脱した件数の割合が10%を下回る(許容逸脱率9%)ことを証明するには、25件のサンプルを調べて逸脱したものが0件ならばよいことを示しています。
これは監査でよく使われており、日常反復継続する取引では「25件調べて逸脱がなければ、全体が逸脱していないといってよい」とすることが多いのです。
なお、日次=20~40件、週次=5~15件、月次=2~4件 といわれています。
予想 許容逸脱率
逸脱率 5% 9% 10% 15%
0 45(0) 25(0) 22(0) 15(0)
0.25 77(1) 42(1) 38(1) 25(1)
サンプリングの種類
統計学との関連による区分
- 統計的サンプリング
- 無作為抽出のサンプルを使い、統計理論を適用する方法
- 非統計的サンプリング
- 統計的サンプリングではないサンプリング方法
サンプルのとりかたによる区分
一般的なサンプリング法
- 任意抽出法(有意選出法)
- 監査人が勝手に抽出する方法。誤りや不正を発見するのに監査人の経験が役立つが、統計的分析には使えない。
- 無作為抽出法
- サンプルを並べて、乱数表などで得た数ごとに抽出する方法
- 系統的抽出法
- 一定間隔ごとに抽出
- 多段抽出法
- 母集団を複数の段階に分けて無作為抽出法を適用する方法。例えば、無作為に取引先を抽出し、その取引先別に、無作為に取引伝票を抽出する。
監査に特有なサンプリング
- 金額単位抽出法
- 金額単位をサンプリング単位として定義することにより、財務諸表に大きな影響を与える多額の金額をもつ項目を重点にサンプリングする方法です。少ないサンプル数で重大な結果を得ることができます。
- 連続サンプリング
- サンプル結果が有意性のある結論がだせないとき、サンプルサイズを増やす方法です。予想逸脱率が許容逸脱率よりも低いときに使います。
- 発見サンプリング
- 任意抽出法の一つです。不正行為があるかの監査で、不正がありそうなサンプルを、不正が発見されるまで、あるいは、大量サンプルでも不正がないと納得するまで探す方法です。予想逸脱率は低いが、逸脱があると極めて深刻な場合に適した方法です。
監査とリスク
監査リスク
重要な虚偽表示を見逃して誤った監査意見を表明してしまうリスクです。そのリスクの大きさは、
虚偽表示リスク = 固有リスク × 統制リスク
監査リスク = 固有リスク × 統制リスク × 発見リスク
で表されます。
- 虚偽表示リスク
監査が行われない場合に、財務諸表に重要な虚偽表示が存在するリスク
- 固有リスク
内部統制が行われていない状態で要な虚偽表示が存在する可能性
- 統制リスク
財務諸表の重要な虚偽の表示が、企業の内部統制によって防止又は適時に発見されない可能性
- 発見リスク
監査を実施しても重要な虚偽表示が発見できないリスク
サンプリングリスク
サンプルが母集団の特性を正確に反映しないために、監査人が母集団について誤った結論を行うリスクです。監査リスクでの発見リスクに相当します。
- 過誤採択
実際には誤りや不正がない、あるいは許容逸脱率以下なのに、サンプル調査ではそれがあると判断されるリスク。確認の追加作業により監査の効率性が下がります。
- 過誤棄却
実際には誤りや不正があるのに、サンプルでそれを見つけることができないリスク。監査の有効性に影響を与えます。
なお、不適切な監査手続の適用、又は監査証拠の誤った解釈など、サンプリング以外の要因により、逸脱を識別できないリスクをノンサンプリングリスク(非サンプリングリスク)といいます。