量子コンピュータとは、「重ね合わせ」」や「量子もつれ」など量子力学の現象を利用して並列計算を行うコンピュータです。
量子コンピュータの種類
量子コンピュータ 量子力学の物理現象を利用して並行処理を高速に行うコンピュータ
量子ゲート方式 量子ゲートを論理回路とし、汎用化を目的 超電導量子回路 IBM, Googleなど
量子イジングマシン方式 イジングモデル(問題を擬似的に再現)をシミュレーションする問題限定型
量子アニーリング方式 極低温環境での量子現象を利用 超電導量子回路 D-WAVEなど
量子ネットワーク方式 常温でレーザー照射による量子現象を利用 NTT/NIIなど
量子インスパイア―ド方式 特殊アルゴリズムで量子コンピュータを古典コンピュータでシミュレーション。国産メーカーなど
量子ゲート方式は基本的にデジタルコンピュータです。整数の扱いが得意で、暗号解読での素因数分解のような整数を扱う処理に適しています。
量子イジングマシン方式は、シミュレーション専用装置の性格が強く、アナログコンピュータに近いので厳密な整数を扱うのには適していません。巡回セールスマン問題や ナップサック問題のような組合せ最適化の分野での利用が期待されています。
量子コンピュータの基本知識と量子ゲート方式
- 量子力学と量子コンピュータ
量子コンピュータとは、量子力学の物理現象を利用することで、大量のデータを、同時並行的に計算しようとするコンピュータです。
量子力学とは、量子(原子、電子、光子など)を扱う物理学の理論です。量子は、私たちの日常とは非常に異なる物理現象を示します。
例えば、密閉した箱に猫がいるとして、その猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けなければわかりません。量子力学では、箱を開ける前は、生きている状態と死んでいる状態の2つが同時に存在するとするのです。
- 量子ビット(qubit)
量子ビットとは、古典コンピュータのビットに相当します。
量子が0と1の状態をもつとき、それを量子ビットといいます。猫の例のように、測定すれば0か1のどちらかになりますが、測定しない間は、0と1の両方が同時に存在するのです。
3個のビットは23=8通りの状態がありますが、一度に一つの値しか扱えないので、すべてのケースを処理するには8回の計算が必要になります。
それにに対し、量子ビットが3個あれば、8つの状態をもっているので、全体のケースを1回で処理できます。すなわち8倍の速度にります。量子ビット数がnならば、2n倍の速度になります。
そのため、量子ビット数を増やす研究が重要であり、いくつかの研究所で実験が行われている。
- 量子干渉効果
並列計算ができても、量子ビットは観察した瞬間に0か1に決まってしまうので、1回の計算では得られた結果が正しい答えかどうか分かりません。正しい答えになる確率を高めるには、同じ量子回路を複数回繰り返す必要があります。N個の取り得る状態に対し、√N回程度で求めるデータを見つけることができるというグローバーのアルゴリズムがあります。
- 量子チューリングマシン
チューリングマシンとは、計算機を数学的に議論するための単純化・理想化された仮想機械で、古典コンピュータの基礎理論です。一定の手順に従えば答えが求められるような計算は、理論上すべてチューリングマシンで実行できるとされています。それを量子計算にまで拡張したのが、デイビット・ドイチェによる量子チューリングマシンです。
すなわち、量子チューリングマシンに基づくシステムを実装すれば、古典コンピュータと矛盾しない自動処理が行えることになります。
- 量子ゲート(Quantum gate)
量子ビットを組み合わせた回路を量子ゲートという。
古典的な論理回路では、否定、論理積、排他的論理和などがありますが、量子ゲートには量子ビットの特徴による論理回路が追加されます。1量子ビットはユニタリ行列で表現され、制御NOT(CNOT:XORに相当)や<パウリ行列などがあります。/li>
- 量子ゲート方式
以上の理論に基づく正統的な量子コンピュータの方式です。量子チューリングマシンの実装であり、古典コンピュータと同様にデジタルコンピュータです。2000年頃までは、量子コンピュータといえばこの方式であるとされていました。
量子コンピュータが実務的に期待される性能を発揮するには、数千個の量子ビットが必要だといわれています。2017年にIBM社はIBM Qを開発しました。量子ゲート方式によるビジネスおよびサイエンスに向けた初の汎用量子コンピュータといわれますが、それでも16量子ビットで、数千個には到底及びません。
量子イジングマシン方式
イジング(ising = 1s + ing)とは「~をしている」の意味。
量子ゲート方式が量子ビット数増加で悩んでいる間に、2000年頃になると、それとは異なるアプローチで、量子コンピュータを実現しようという動向が出てきました。
イジングモデル(Ising model)とは、統計力学において二つの配位状態をとる格子点から構成され、最隣接する格子点のみの相互作用を考慮する格子模型です。
量子イジングマシン方式とは、磁石の構成単位であるスピンをその格子点とし、それを量子ビットだと考えて量子コンピュータをしようという方式です。
代表的な方式に、量子アニーリング方式と量子ネットワーク方式があります。
- 量子アニーリング方式
量子イジングマシン方式の一つ。アニーリング(annealing)とは「焼きなまし」のこと。コンピュータ上で発生させた解の候補を確率的に色々と変えながら、最終的に正解ないしそれに近いものの確率を高くする方法をシミュレーテッド・アニーリングといいます。量子アニーリング方式とは、量子力学での「重ね合わせ」を利用してシミュレーテッド・アニーリングを行う方式で、1998年に日本の西森秀稔、門脇正史が発表した理論です。
代表的な量子アニーリング方式にカナダのD-Wave社が開発したD-Waveがあります。量子アニーリングを直接ハードウェア的に実現するもので、微小な超伝導閉回路を基本素子とし、閉回路上を超伝導電流が右に回るか左に回るかを量子ビットに対応させています。
2011年に発表されたD-Wave oneは、128量子ビットでしたが、ロッキード・マーチン社に納入され、世界初の商用量子コンピュータとされています。
2015年に発表されたD-Wave 2Xは、1000個以上の量子ビットを実現し、2017年のD-Wave 2000Qでは2万量子ビット達成しました。
- 量子もつれ(quantum entanglement)
量子力学の奇妙な物理現象に「量子もつれ」があります。量子を2つに分裂させると、一方の量子の状態が変わると、何等の操作を行わなくても瞬時に他の量子も同じ状態(厳密には、スピンの正負が逆の状態)になり、しかも、量子もつれの現象は距離に影響を受けないのです。
- 量子テレポーテーション(量子相転移)
量子テレポーテーションとは、量子もつれにより、量子ビットの情報をそっくりそのまま別の場所に移動する通信手法です。これに工夫を加えると、量子ビットに何らかの計算処理を施して別の場所に移動できる。それを量子相転移といいます。
複数の量子テレポーテーション組み合わせれば、量子ビットにさまざまな計算処理ができるので、それを量子ゲートだとみなすことができます。
- 量子ネットワーク方式
量子イジングマシン方式の一つで、量子テレポーテーションによる量子コンピュータです。量子ニューラルネットワーク、ともいいます。
この方式の研究は日本で進められており、1万個の量子ビットが実現しました。長距離光ファイバで構成された共振器を周回する時分割多重OPO(光パラメトリック発振器)のパルス(スピン)群をニューロンと見立て、量子測定フィードバック回路をシナプス結合と見立てます。
量子コンピュータの用途
- 暗号解読
量子コンピュータの可能性への関心が急激に広まったのは、1994年に発表されたショアのアルゴリズムです。公開鍵暗号方式が成立する条件である「大きな数の素因数分解は高速な古典コンピュータを使っても数万年かかる」とされていたのが、高速な量子コンピュータが実現すれば、短時間でできることを示したのです。
公開鍵暗号方式はインターネットセキュリティの基盤であり、これが脆弱になれば、すべての通信が不安全な状況になります。軍事も同様です。ある組織が秘密裏に暗号解読方法を入手したら世界征服すら可能性があります。
- 組合せ最適化問題
与えられた条件下で、膨大な組合せの中から最適な組を探しだす問題です。有名な問題にナップザック問題や巡回セールスマン問題などがあります。身近な話題ではコンピュータ将棋や自動車の自動ルート検索なども数学的には組合せ最適化問題になります。AI(人工知能)の分野でも組合せ最適化問題が役立つものが多くあります。
量子ビットは、いくつもの状態を同時にとることができるので、多くの組合せを少ない回数で処理するのに適しています。