大企業での導入から中小企業にとってのメリット・課題が見えた!

ERPパッケージをはじめから学ぶ

『アスキービジネス ITスキルアップ』誌(アスキー)
2006年10月号(Vol.17),pp.30-35 掲載


ERPパッケージへの期待と不安

大企業ではERPパッケージの利用が定着してきました。ところがその評価はさまざまです。「もはや個別仕様でのシステム開発の時代ではない」「ERPパッケージで早期に優れたシステムを稼動させることが重要だ」「経営革新にはERPパッケージが不可欠だ」というようなERPパッケージ礼賛論もあれば、「導入したが業務改革につながらない」「維持に膨大な費用がかかり、せっかく構築したシステムを放棄した」というような話もあります。

一方、一般的な中小企業では、これまで虫食い的なIT化を進めてきましたが、IT化の効果をあげるには全社的に統合したシステムにする必要性があります。ところがITに関する成熟度が低いので、自社独自で優れたシステムの仕様を検討するのは困難です。このような観点からすれば、ERPパッケージの導入が効果的に見えます。しかし、IT成熟度が低い中小企業がERPパッケージの導入や活用で成功するには、多様なハードルがありますし、財務的な足腰が弱いので、失敗したときの打撃は深刻なものになります。

本記事では、大企業におけるERPパッケージの導入の結果を参考にして、中小企業で検討すべき事項について考えてみます。

パート1 大企業におけるERPパッケージの登場と課題

中小企業でのERPパッケージの本格的な導入は始まったばかりですので、まずは大企業におけるERPパッケージ普及の背景とメリット、およびその問題点から確認します。

個別業務の市販パッケージの登場と限界

情報システムの構築は、自社の経営戦略・情報化戦略の方向性や対象となる業務のニーズなどから、自社独自の仕様に基づいて行なうのが一般的です。ところが、売上処理、会計処理、給与計算などは、どの企業でも似通った処理が行なわれます。そこで、多くの企業で利用できる情報システムとして市販パッケージが登場し、'70年代頃から普及しました。自社独自の仕様で個別に開発する場合と比較すると、「安い・早い」(安価かつ短期間で構築できる)、「品質がよい」(実際に多くの企業でテスト済み)、「改訂が容易」(法改正などに伴う改訂の必要がない)といった利点があります。

ただ、個別処理を対象としたパッケージでは致命的な限界が存在します。

●インターフェイスが必要

販売システムの売上データが会計システムの売掛金データになるように、多くのシステムは互いに連携しています。ところがそれぞれ個別のパッケージで、特にベンダーが異なる場合には、データのフォーマットや内容の解釈が異なるなどの理由から連携がうまくいきません。売上データを売掛金データにするための橋渡し的なシステムを構 築する必要があります。

●リアルタイムの処理ができない

たとえば、販売システムで売上データが発生したらただちに会計システムの売掛金データに反映させるといった、パッケージをまたいだリアルタイムの処理ができません。

●操作方法の統一性がない

個々のパッケージの内部ではデータ入力やファイル処理などの操作方法を容易になるように工夫していても、パッケージが違えば操作方法が異なります。あるパッケージに習熟しても、ほかを習得するのには手間がかかりますし、トラブルも発生します。

業務改革のインフラとしてのERPパッケージ

'90年代の前半になると、ERPパッケージが出現しました。ERPパッケージは統合業務パッケージと訳されていますが、企業の業務全体を統一した思想でまとめたパッケージです。

ERPパッケージは、個別パッケージのメリットを受け継ぎ、限界を解決しているだけでなく、業務改革のインフラであると認識されています。そして、グローバル化、ダウンサイジング環境への移行、西暦2000年問題への対応などの要請と重なり、'90年代を通して大企業に浸透しました。

ERP(Enterprise Resource Planning)とは、直訳すれば企業資源計画ですが、経営資源の最適化のことであり、その頃ブームになったBPR(Business Process Reengineering:経営革新)と同じ意味だといってよいでしょう。そもそも情報システムは業務の仕方を規制するものです。逆にいえば、業務を改革するには、インフラとしてのシステムを改革することが求められます。優れたERPパッケージでは、先進的な企業でのベストプラクティス(他社にも応用できる優れた方法)となる情報システムを専門家が調査をして取り込んでいます。そこで、BPRを実現するにはERPパッケージが適しているといわれるようになりました。

大企業のERPパッケージ導入における反省

期待されたERPパッケージですが、中にはそれに添う成果が得られなかったこともあります。

●アドオンの危険

ERPパッケージといえどもイージーオーダーですから、自社状況に合わせた手直しが必要になります。それを(広義の)カスタマイズといいます。カスタマイズには、社内の組織名称、得意先コードの桁数、償却方法(定額償却/定率償却)の指定など、ベンダー側が変更を想定しているものと、自社固有の販売方法や給与体系など、ベンダーが想定していないものがあります。前者を(狭義の)カスタマイズといい、通常はパラメータの設定などで指定できます。後者をアドオンといいますが、これは個別にプログラムを作成して組み込む必要があります。

アドオンが多いと、開発に費用や時間がかかり、ERPパッケージの長所を生かすことができないどころか、バージョンアップのたびにその部分が適切に動作するか、確認作業に多くの労力が必要になります。

●ユーザー主導から経営主導へ

アドオンを抑えることは、ERPパッケージに合わせて業務の仕方を変更することであり、靴に足を合わせることになります。それまでは、ユーザーニーズを実現することがよい情報システムを構築する基本だといわれてきましたが、ERPパッケージではユーザ ーの要望を抑えることになります。それには不満に思うユーザーを説得する必要がありますので、経営者が自ら先頭に立ってERPパッケージ導入の意義を納得させることが重要になります。

●「仏作って魂入れず」の恐れ

「ERPパッケージは稼動した。でも、BPRの成果は上がっていない」というケースが多くあります。この原因として、ERPパッケージの導入にばかり目が向いて、肝心の業務の見直しや組織の変更など、非情報系活動がおざなりになっていることが挙げられます。

特に最近の情報システムは、自社内部だけでなく、他企業や消費者との関連が高く、目的達成に影響を与えることが多くなっています。このことからも、経営者は、ERPパッケージでなくERP=BPRの実現への関心を持ち続けることが大切です。

そのほか、適用業務の選択、将来の維持費用など、考慮するべき点は多くありますが、中小企業での導入時の留意点として後述することにします。

パート2 中小企業とERPパッケージ

中小企業におけるパソコンソフトの利用

パソコンの普及により、中小企業(というよりも小企業)でも情報化が進んできましたが、小規模企業ではIT技術者も乏しく、費用もかけられないので、当初から市販のソフトをそのまま利用するのが普通でした。

当初のパソコンソフトは、販売管理や会計処理などの個別の業務を単体のパソコンで処理するものでした。これらは数万円で導入できますし、単機能だからこそ経営戦略だとか情報化計画などと大上段に構える必要もなく手軽に利用できます。ITの成熟度が低い中小企業がIT化を開始するには、むしろこのようなレベルが適しているともいえます。

こうしたパソコンソフトは、システム間での連携のニーズが生じてきたことや、大企業におけるERPパッケージ普及の影響を受けて個別業務間の統合をするようになり、中にはERPパッケージを名乗る製品も出てきました。また、あるパソコンの処理結果を他のパソコンから参照したり、複数のパソコンから同時にシステムを利用するためにLAN環境にも対応するようになりました。適用業務の拡大や、ソフト間の連携、データ共有の必要性が認識されるに伴って、ステップバイステップでパソコンソフトの高度な利用へと進んでいくのは、中小企業にとって健全な対処でもあります。

しかし、このようなパソコンソフトは、事務作業をシステム化することに重点が置かれており、経営管理やBPRを目的とした本格的なERPパッケージとは区別して考えるのが適切です。パソコンソフトによりIT化を進める間にITの成熟度が向上し、経営管理やBPRの必要性が認識されるようになって、それに取り組めるようになったら、本格的なERPパッケージの導入を検討するとよいでしょう。

中小企業向けERPパッケージの出現

情報産業や金融業など特殊な業種を除けば、一般的な企業の売上高に対するIT投資は1%程度です。そのためERPパッケージへの投資も売上高の1%程度が目安だといわれています。従来のERPパッケージはソフトウェア価格だけで数億円、コンサルタントや構築費用も入れると数十億円にもなる高価なものでしたので、中小企業には無縁の存在でした。

ところが最近では、価格が数千万円のソフトウェアが多く出現し、ハードウェアやコンサルタントなどの費用を合わせても、1億円以下の費用から導入できるようになりました。すなわち、売上高が100億円程度の中小企業がERPパッケージを導入できるような状況になってきたのです。

ベンダー側からすれば、大企業でのERPパッケージ導入は次第に飽和状況に近づいてきました。そこで今度は、中堅・中小企業をターゲットにするようになってきました。

中小企業だからこそERPパッケージを

中小企業でのERPパッケージ導入では、前述の大企業でのメリットだけでなく、中小企業の特徴によるメリットが得られます。なお、中小企業のITへの取組みは多様ですが、話を明確にするためにIT成熟度の低い平均的な企業を前提に話を進めます。

●点のシステムから面のシステムへ

中小企業の特徴として、情報化が遅れていることが指摘されています。中小企業でのIT化は売上計算、給与計算、会計計算など個別業務の部分的なシステム化であり、しかも、それらが独立したシステムになっています。いうなれば、点のシステム化です。

当然ながら売上計算は受注から納入までの販売システム全体の一部ですから、受注、在庫確認、出荷、流通などの業務と連携した処理が必要になりますし、販売システムの売上データを会計システムの売掛金データとして使えば転記が不要になります。このように、全体の最適化を図るためには、全体を統合した一気通貫のシステム、面としてのシステムが必要になります。

●ひな型としてのERPパッケージ

全社的な観点から総合的なシステム化を図ることが求められますが、中小企業ではそれを設計する人材も少ないし、企業としての経験もありません。

このような環境では、白紙から検討するのではなく、一般的なひな型を参考にするのが適切でしょう。そのひな型がERPパッケージだといえます。すなわち、ERPパッケージの導入は、これまで遅れていたIT化を早急に進めるのに適した手段なのです。

さらには、ERPパッケージ導入ではコンサルタントの助力を得るのが通常ですが、それにより、経営の観点から必要な情報は何か、得られる情報をどのように活用するのか、それを実現するには業務活動をどう変革するのかを検討する機会になります。

●改訂に柔軟なシステム

中小企業の特徴に、大企業と比較して環境への柔軟性が高いという小回りのよさがあります。業務の内容や仕事の仕方が変化すると、それに伴って情報システムの改訂が必要になります。

それには改訂が容易な情報システムにしておくことが大切です。ERPパッケージは多様な業種・業態に適用されることを前提にしていますので、自社業務の変更に比較的容易に対処できますし、データの持ち方が整理され、機能がコンポーネント化されているので、システム改訂が部品の取替のように簡単になります。ERPパッケージは改訂に容易な環境でもあります。

パート3 中小企業におけるERPパッケージ導入時の留意点

中小企業でERPパッケージを導入する留意点としては、先に述べた大企業での反省点に加えて、中小企業の特徴によるものも多くあります。

コンピュータ以前の問題がある

ERPパッケージを導入すれば統合したシステムになるのではありません。業務自体を統合の観点から見直す必要があります。たとえば、ERPパッケージではデータを一元管理していることが前提になるので、営業部員が一部の在庫を個人的に管理していると混乱を招く結果になります。

また、ERPパッケージの特徴はシステムの統合化とスピードにあります。売上データを入力すれば、会計データも自動的に変更され、極端にはリアルタイムで決算ができます。ただ、実際の業務の仕方がリアルタイムになっていない場合は無駄なばかりでなく、混乱を増大させる危険もあります。

IT化を進めるには、業務の標準化や社内用語の統一など、コンピュータ以前の問題を解決しなければなりません。これは当然なことなのに、多くの中小企業ではコンピュータ以前の問題が山積みしています。ERPパッケージは融通が利かず、導入にはある程度の成熟度を持つ企業を想定していることから、これらの解決が特に重要になります。

中小企業のコア・コンピタンスを考えよ

中小企業の特徴に、大企業とは異なるビジネスモデル(事業分野・業務方法)がコア・コンピタンス(他社の追従を許さない優れた経営資源)になっていることがあります。中小企業では、国際標準とかけはなれた商慣行が残っており、コンサルタントはERPパッケージで時代遅れの商慣行から脱皮せよといいます。

当然ながら、単なる惰性で継続してきた不合理な商慣行は見直しが必要です。しかし、ERPパッケージのベストプラクティスとは、一般論としての優れた方法であり、個別状況での最適解ではありません。中小企業は大企業とは異なります。一見不合理な商慣行 が自社のコア・コンピタンスであり、得意先の満足を得ていることもあります。それを失ったら、大企業と同じ条件で競争することになります。

しかも、それがコア・コンピタンスなのか放棄すべき慣習なのかはコンサルタントには分かりません。それどころか、経営者も気づいていないことが多いのです。ERPパッケージの適用業務を検討するときには、自社固有の業務を列挙して、放棄すべきものと死守すべきものを明確にすることが大切です。

経営者の影響が大きい

よくも悪くも、中小企業ではワンマンタイプの経営者が多く、ERPパッケージ導入で必要な業務改革や、アドオンを抑えることは、経営者が強く指導すれば実現しやすい環境にあります。

経営者がワンマンである場合の危険もあります。経営者が業務改革やIT活用の知識が不十分なままに、ベンダーのおいしい話に乗って、自社の状況との検討もせずに、特定の製品やベンダーを決定してしまいます。大企業ならばCIO(Chief Information Officer)などのIT化に専心する責任者がいますが、中小企業には存在しませんし、IT部門も人材不足です。すると、ベンダーが主導権をとるようになり、経営者の独りよがりのシステムになったり、ベンダーに都合のよいシステムになってしまう危険があります。

導入・維持費用の覚悟を

ERPパッケージの導入費用は、ソフトウェア価格の数倍かかるといわれています。導入とともに、パソコンやLANといったインフラ整備の費用も必要になり、成熟度が低く人材が乏しい中小企業ではコンサルタントやベンダーに依頼する費用も多くなります。

また、ERPパッケージは保守費が高率ですし、バージョンアップでも多額の費用がかかります。導入当初はそれなりの費用対効果の検討をするでしょうが、後になってから維持費用が調達できなくなる危険もあります。その頃になると、新システムに切り替えることも困難でしょうし、ITなしでは業務が遂行できない状況になっているでしょう。すなわち、ERPパッケージ導入は大きなリスクを背負うことになります。それに対処するための内部留保手段を講じておくことも重要です。

深刻に考えないのも1つの方法

IT化すべてにいえることですが、特にBPRの実現を目的としているERPパッケージは、経営戦略や情報化戦略の明確化が前提になります。しかし、あまりにもそれを重視すると、いつになっても導入できませんし、逆に教科書的な戦略をでっちあげて、架空の前提で導入する危険もあります。

「自社でシステムを構築するのが面倒だからERPパッケージを導入するのだ」と割り切ることもひとつの考え方です。成熟度の低い中小企業が、早期にアベレージレベルへ到達するには、むしろこのようなアプローチが適切な場合もあります。ただし、こうした場合には、当初からERPパッケージを導入するのか、それとも自社の身の丈に合ったレベルのパソコンソフトから開始するのか検討するべきでしょう。

まとめERPパッケージ導入成功のために

大企業におけるERPパッケージの登場とそのメリット、反省点をベースにして、中小企業に特化した観点からERPパッケージ導入について検討すべき事項を考察しました。そのポイントをまとめると次のようになります。

  1. IT成熟度が低くIT人材も少ない中小企業こそ、ERPパッケージは適切な手段である。ただし、場合によっては、本格的なERPパッケージ以前に、パソコンソフトを活用するほうが適切なこともある。
  2. ERPパッケージの特徴は業務統合にある。その特徴を生かすには「コンピュータ以前の問題」を解決する必要がある。そうしないとかえって混乱が生じる。
  3. 中小企業は大企業と異なるビジネスモデルがある。そのコア・コンピタンスと、ERPパッケージの提供するベストプラクティスの組合せを考えることが重要だ。
  4. 経営者の絶大な権限は、ERPパッケージを成功させる大きな要因であるが、それが失敗の原因となる危険も多い。経営者は心せよ。

以上、中小企業のERPパッケージ導入での参考になれば幸甚です。