そもそも、経営者にとってのITに関する基本知識は、IT投資の費用対効果に関する事項のはずです。極端にいえば、パソコンやインターネットの利用ならば秘書にやらせればよいでしょうし、IT利用動向の調査や自社への適用なども専門家に頼ることができます。それに対して、全体としてもっとITに投資すべきかどうか、提案されたIT投資案をどう評価するかは、経営者の専決事項です。
それなのに、店舗や生産設備などの投資と比較して「IT投資はわかりくい」という経営者が多いのです。ここでは総論として「何がわかりにくいのか」を列挙します。なお、「IT用語がわからない」などは、説明者へのしつけや経営者の不勉強など些細なことですので、ここでは割愛します。
ITに投資したら儲かるのではありません。
・儲かる経営戦略があり、
・その経営戦略を実現するのにITの利用が適した分野があり、
・どのようにITを用いればよいかを明確にでき、
・期待された費用・納期・品質のシステムが構築され、
・その運用に合致して、仕事の仕方などが改善・改革されて、
はじめて儲かるのです。これはあまりにも当然です。
それなのに、多くの経営者は「IT投資はわかりにくい」と感じています。何がわかりにくいのでしょうか。
IT活用との関連性
- どの分野にITを利用すればよいのかわかりにくい
儲かる経営戦略を考えることは、ITとは無関係です。でも、ITの活用を検討することから儲かる経営戦略に気づくことはあります。
経営戦略実現にITが効果のある分野を探すことは、かなり難しいプロセスです。本当はITが役に立つのに、それに気づかないこともあります。逆に、たいして役立たないのにITを使おうとすることもあります。例えば、在庫削減が重要だとなると、在庫費用を営業部門負担にするだけで大部分が解決するかもしれないのに、在庫管理システムの開発に飛びつくようなこともあります。あるいは逆に、在庫管理システムを構築することにより、流通コストも下がるなどの効果を見逃すこともあります。
この「気づき」を高めるには、IT関連雑誌、講習会、他の経営者との懇談など多くの機会があります。
- どのようにITを利用すればよいのかわかりにくい
「ITを利用して在庫削減をせよ」と命じても、提案される在庫管理システムは、単に在庫把握ができるだけということがよくあります。
現実に在庫を削減するのは利用部門の業務運営によるものであり、ITはそのための情報を提供するだけです。どのような情報が得られれば在庫が削減できるのかを明確にしなければ、役に立つIT利用になりません。かなり幻滅的な表現ですが、「手作業でできる(膨大な手間と時間がかかるが)ことしか、ITもできない」と考える程度でよいのです。
- 「ITによる効果」がわかりにくい
在庫削減に必要な情報が明確になり、それが得られるようになったとしても、在庫削減の効果をすべてITの効果だといってよいでしょうか? ITの効果とは、手作業で行えば膨大な作業になるのを迅速に処理できることだけだとすると、手作業にかかる人件費だけの効果だともいえます。手作業でやるとしたら、重点だけに絞りこむでしょうし、それでもそれなりの在庫削減が達成できるでしょう。すると、達成度の違いがITの効果なのでしょうか?
- 結果として利益が向上しないことがわかりにくい
IT投資案では、数年後に○億円の利益が生じるといっています。そのような投資案をいくつも承認し実施してきたのに、一向に収支バランスが改善されていないことがよくあります。
その原因は、情報システムそのものが期待した機能を実現できなかったことよりも、その投資が利益を生むような社内組織の変更、仕事の見直し、社外へのアプローチなど「非IT系活動」が不十分であることが多いのです。
IT投資の特殊性
以上は、ITに固有とはいえない事項ですが、IT特有なわかりにくさもあります。
- 効果がわかりにくい
省力化による人件費の削減などを目的とするのであれば、定量的な効果を算出するのは比較的容易です。ところが、グループウェアのように、情報の共有化が目的のときには、その効果は定性的には把握できても、それを金額換算するのはかなり困難です。
- システム調達費用がわかりにくい
システム開発に従事していない者は、販売管理や売上管理のシステム開発で、ベンダからの提示金額が5百万円とか5千万円とかいわれても、どうしてそのような金額になるのかわかりません。工数やプログラムサイズを示されても、どうしてそのような規模になるのかわかりません。画面や帳票類、ファイルなどの個数を示されても、その単価設定の根拠がわかりません。
- なぜ計画と実績が異なるのかがわかりにくい
計画時に示された費用や納期が、完了時点ではその2倍にもなることがよくあります。IT部門やベンダが騙しているとは思わないまでも、信用できないと感じる経営者は多いでしょう。
対象の複雑性
また、IT投資をわかりにくくしている特有な事項として、「あまりにも関連事項が多く、しかも複雑である」ことがあります。これが最大の要因かもしれません。
- ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなどは、流通システム以外にも販売システムや生産システムにも使われるインフラです。流通システムの提案時にインフラ投資の提案も含まれ、その説明に、話題にもなっていない他のシステムに言及し、しかもそのほうが重要なのだといわれると、どう評価してよいかわからなくなります。
- 全体最適化の観点が必要です。流通システムを構築するのに流通部門の都合だけを満足させたのでは、販売部門や生産部門に不都合が出てきます。関係者が多くなると、情報システムへの要求が多様になります。なかには相反するものもあります。それらを同時に聞かされる経営者は、わけがわからなくなります。
- トラック配送の最適化を目的にした流通システムを実施すると、複数のトラック業者に不公平が生じます。それを回避するために、業者を統合したり支払方法の変更をしたりする必要がありますが、その折衝が不調になる場合もあります。IT案の評価には、非IT系活動の評価もあり、むしろこれのほうが重要な影響を与えるのです。
- 一つのモノ(概念も含む)に複数の名称(コード)をつけない、異なるモノに同一の名称をつけないという、名称の統一は、情報システム構築で最も基本的な事項です。生産部門は資材調達システムに適したコード体系を主張するし、販売部門は製品グループの観点から体系化したいといい、さらに資材部門では保管場所と連携させたいと要求します。同じ部門でも、地域により「慣習的な」理由により、異なるコードを用いているかもしれません。「名寄せ」が必要になる場合では、情報システム構築のコストや納期に大きく影響します。「簡単なことを頼んだのに、信じられない費用を要求された」原因になることが多いのです。