フェイクニュースとは
フェイクニュースの定義
フェイクニュース(fake news)は、偽情報(disinformation)ともいいます。いずれにせよ、「フェイクニュース」の定義はあいまいで、研究者によって様々です。
一般的には、「フェイクであるにも関わらず、そのセンセーショナル性をもって広く拡散される情報」とされていますが、そもそもフェイクとは何か(逆に「真実とは何か」)となると哲学的な問題になってしまいます。
- 選挙運動ニュース
フェイクニュースで最も典型的な話題は、トランプ元大統領の言動でしょう。2020年の統領選挙では、対立候補バイデンへのバッシング情報が多発しましたし、選挙結果には不正があったとして敗北宣言をしませんでした。その多くはフェイクニュースだとされています(なかには真偽不明のものもありますし、トランプ元大統領はそのような指摘こそがフェイクであると主張していますが)。
一般に選挙では、候補者は公約を唱え、政党はマニュフェストを発表しますが、当選して政権を握ってもそれらを実行しないことが多くあります。しかし、公約やマニュフェストがフェイクニュースだとするのは不適切でしょう。
- ネット犯罪
メールを開いたりWebページを閲覧したりすると、個人情報を盗まれたり、詐欺にあったりします。それらの情報はフェイクですし、広く拡散されます。その誘導にはセンセーショナルな見出しや記事が多くあります。しかし、これらはマルウェアであり、フェイクニュースとはしないのが通常です。
- 明確な虚偽
4月1日に、自動車メーカーが「ガソリンも電力も不要な究極エコの機種発表」のようなWebページを掲げても、誰もがエイプリルフールだと理解するでしょう。このような記事はフェイクニュースとはいわないのが通常です。
それに対して、通常日に「燃費を10%節約に成功」などとすれば、多くの人が信じて株価が上がるでしょう。これは詐欺目的のフェイクニュースになります。
- 風評被害
原発事故以降、福島から避難した人から放射能がうつるとか、全数検査が行われて影響がないことが証明された後でも、福島の農作物・海産物が放射線汚染されているというフェイクニュースによる風評被害が社会問題になりました。
特定の個人、組織、人種、職業などを対象に、虚偽の情報を流布するイジメや中傷誹謗、ヘイトスピーチなどもフェイクニュースとされていますが、これらは明確な犯罪行為ですので、異なるカテゴリ(用語)にするのが適切ではないでしょうか。
フェイクニュースの区分
英国DCMS下院特別委員会では Disinformation を次のように分類しています。
- Fabricated content
完全に虚偽である。 -
- Manipulated content
人をだますため元情報を歪めた加工をしている。
- Imposter content
元情報のソースを信頼ある機関や人物に替えている。
- Misleading content
噂を事実のように伝えるなど、読者をミスリーディングする。
- False context of connection
内容と異なる見出しを付けるなど、本来は正しい情報が間違った文脈で利用されている。
- Satire and parody
風刺やパロディ。通常はDisinformationではないが、意図せず読者を騙している場合がある。
フェイクニュースの拡散
真実のニュースよりも虚偽のニュースのほうが拡散しやすいことは、経験的にも感じていますが、2018年に、MITの研究者は、フェイクニュース拡散に関する研究を発表しました。
Soroush Vosoughi, Deb Roy, Sinan Aral2, MIT Media Lab,
"The spread of true and false news online(Science 09 Mar 2018:Vol. 359, pp.1146-1151)
(
https://science.sciencemag.org/content/359/6380/1146
研究チームは、2006〜2017年の間に公開された何百万件ものツイートを集め、ファクトチェッカー団体で真偽判定が行われた12.6万件のニュースと関連を調査し、次の結果を示しました。
- 拡散の「広さ」:真実のニュースは1000人以上にリーチすることさえ稀なのに、虚偽のニュースのうち拡散度合いで上位1%にあたるものは、ほぼ常に1000〜10万人にリーチしていた。
- 拡散の「速度」:真実のニュースが1500人にリーチするには、虚偽のニュースよりも6倍近い時間がかかる。
- 拡散の「深さ」:真実のニュースは長時間かけても10回以上はリツィートされない。虚偽ニュースは短時間に15回リツィートされ、20回近くリツィートされることもある。
また、ボットなどの自動拡散ツールでの拡散は、真実ニュースと虚偽ニュースでの差異は少なく、その違いはフェークニュースに接した人の行動によるものであり、拡散した人の特徴は、ヘビーユーザではなくフォロワ数もかなり少ないことが示されました。
フェイクニュースへの反応
フェイクニュースに接触したとき、それがフェイクニュースと気づかない人、リツイートして拡散に加担してしまった人の割合はどの程度でしょうか。
総務省「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」2020年6月 の結果です。
(
https://www.soumu.go.jp/main_content/000693280.pdf
対象:アンケート調査会社の登録モニターから対象者を抽出、電子メールで告知・回収
標本:インターネットを週1日以上利用している15歳〜69歳の男女2,000名
ほぼ毎日利用88.6%、平均2.24時間/日(業務利用を除く)
時期:2020年5月13日~14日
第1回緊急事態宣言発令:2020年4月6日~5月25日解除
内容:17個のコロナ関連フェイクニュースを掲げ、接触と対応に関する回答
- 全体の72%の人が何らかのフェイクニュースに接触したことがある。
サービス・メディア別にみると、「Twitter」(37.0%)、「ブログやまとめサイト」(35.5)が高かった。
- 接触したことがある人のうち、28.8%の人が真実だと信じ、わからないという人を加えれば76.7%にも達する。
- 情報が怪しいと思った場合、「真偽を調べることが多かった」人が30.5%だったのに対して、「真偽を調べない方が多かった」人は49.1%だった。
- 「信じた」「わからない」人のうち、一つでも共有・拡散した人の割合は35.5%
その理由は、
正しいと信じ、他人にも役立つ 36.0%
真偽は不明だが興味深いから 32.7%
- 共有・拡散の手段は「会話・電話・メール」が29.2%、「メッセージアプリ(LINEなど)」が11.8%、「SNSへの投稿」などは4.6%。親しい人に限定しているといえる。
調査時期は緊急事態宣言発令中であり、テレビなどが国や専門家の真実(と思われる)情報を流しているのに、フェイクニュースを信じ、それを知人に伝えている人が多いのに驚かされます。コロナへの不安が高く、十分な納得できる解説の情報が不十分であることがその原因でしょう。
また、対象にした17のフェークニュースでは、選挙関連などとは異なり、フェークニュース作成者にとって直接の利益はありませんし、専門家が真実だとして発表する内容だとは思えません。おそらく社会的な影響などに気づかずに「面白がって」発信したのでしょう。
このアンケートでは回避しましたが、特定の個人、組織、職種、地域などを対象にして、コロナ感染のフェイクニュースがあり、自殺や休業に追いやられた例もあります。これらは「表現の自由」とはいえず、批判されべきです。
フェイクニュースを取り巻く環境の変化
情報通信技術の発展・普及
- SNS等の影響
フェイクニュースは、以前からマスコミや噂話の口コミなどで発生していました。しかしマスコミでは自主規制があるし発信者が特定されるのでフェイクニュースの発生は少ないでしょう。口コミでは拡散の範囲が狭く伝達時間が長いので、フェイクニュースによる被害は限定的でした。
それがSNSやメッセンジャなどのソーシャルメディアが発達した現代では、不特定多数から、全くチェックを受けない情報(フェイクニュースもある)が発信され、シェアされることにより、爆発的に流布されるようになりました。
SNS等でフェイクニュースをシェアしたり、その記事を知人などに知らせるメールが、現代的口コミになっています。爆発的に流布するだけでなく、信頼している友人からの知らせだとして、フェイクニュースではなく事実のニュースだとして受け入れられることが多くなりました。
- ハッシュタグ/ボット
ハッシュタグとは、SNSでの #〇〇〇 のこと。検索エンジンのキーワードのようなものです。ハッシュタグを指定した、そのタグを持つページが検索できます。適切なハッシュタグを付けることにより、アクセスを増やすことができます。
ボットとは自動操作機能です。これを用いることにより、特定のページを定期的にアクセスすることができまうし、自分のページにアクセスしてきや人のアドレスなどを入手したり、一斉送信することもできます。
これに関しては、後述の「フェイクビジネス」でも取り上げます。
- ディープフェイク
本来の意味は「機械学習アルゴリズムのディープラーニングを利用して、2つの写真や動画の一部をスワップ(交換)させる技術」のことですが、通常は「フェイク動画」のことを指します。
元となる動画の顔や備品を有名人の顔や自社商品にすり替え、「私も愛用しています」のナレーションを有名人の声で合成し、口の動きもそれに合わせて変更します。これを悪用して、商品の宣伝に用いたり、有名人のスキャンダルをでっちあげることが容易になります。フェイクニュースを信じさせることに役立ちます。
専門家でないと見破れないレベルのツールが普及し、一般の人にも容易にディープフェイクができるようになりました。そのため「写真が証拠だ」とはいえない状況になったのです。
フェイクビジネス
現在では、フェイクニュースは、金銭目的のビジネスに悪化してきました。
- 広告収入
Googleアドセンスとは、自分で運営しているWebサイトにGoogleアドセンスの広告を貼り付け、閲覧者がその広告をクリックされるたびに広告主から報酬を受け取れる仕組みです。
収入を増やすには、自ページへのアクセス数、広告のクリック数を増加させることが必要です。その操作をハッシュタグ/ボットで自動化し頻繁に繰り返させる手口を用います。
このような不正行為を防止するために、ボットのサービスを停止するSNSが増えてきました。
- フェークニュース請負業者
特定の個人や組織の宣伝記事の作成・流布を請け負う業者が、裏ではフェークニュースを取り扱っています。選挙活動ではよく用いられ、なかには多数の裏サイトを構築して、あるサイトではA陣営、他のサイトではB陣営にサービスすることすらあるそうです。
これも自サイトのアクセス数や転送数が代金の基準になります。それで、より優れたフェークニュースを求めて、フェイクニュース作成者と契約したり、フリー作成者の売り込みを募集することになります。このように、パソコン1台でフェイクニュースを作成するだけで収入を得る層も出てきました。その結果、フェイクニュースはますます扇情的な内容になり、巧妙になってきました。
社会構造への影響
民主主義は構成員が、多様な意見を聴き、健全な判断基準により評価し、それに基づいて意見を発表したり行動することにより成立します。異なる意見はよりよい意見に止揚するのに重要なのです。
フェークニュースが横行すると、その特定の意見だけを信用し、他の意見に耳を傾けなくなります。民主主義の基盤となる社会構造に影響を与えているのです。
ポストツルース
「客観的事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況」を指し、近年社会はこのような状況となっているとの見方もあります。
フェイクニュースは政治的意図にも利用されます。2016年には、イギリスのEC離脱問題やアメリカ大統領選挙にフェイクニュースがかなりの影響を与えたといわれます。
フェイクニュースが広まると、それが「事実」ではなくても「真実」だと思われるようになります。「火のない所に煙は立たぬ」のだから「それに近い事実があるのだろう」と思う人もいるでしょう。また、そのような真実こそ事実なのだ(alternative facts)と喧伝する勢力もありましょう。
その結果、フェイクニュースが「事実」だと多くの人が信じてしまうことがあります。このような風潮をpost-truth(ポスト真実、脱真実)といいます。
ポピュリズム(populism、大衆迎合主義)とは、一般大衆に受け入れやすい目先の願望に迎合した政治思想です。それ自体は一つの思想であり否定できませんが、ときとして既存体制を批判する手段が極端になり、alternative factsを主張することがあります。そのため、既存体制の代表的存在であるマスコミの批判をします。
フィルターバブル
一般に人間は、自分に心地よい情報に接したがり、そうでない情報を避けたがる傾向があります。この性向と極端な迎合主義が合致すると、「マスコミは信用できないので読まない。真実を伝える迎合主義陣営が運営するSNSだけを見る」となり、alternative factsこそが唯一の真実だとなる危険性が発生します。
検索エンジンは過去の検索履歴を分析して、利用者が見たいだろうと思われる情報を優先して上位に表示して、見たくないだろうと思われる情報を遮断する(フィルタリングする)パーソナライズをしています。
このように、自分が好むサイトだけを閲覧していると、意識せずにそのようなサイトだけになり、まるで「泡」(バブル)の中に包まれたように、自分が見たい情報しか見えなくなります。しかも、それが正論だと信じるようになります。
大統領選挙のように国論がAとBに二分したような場合、A支持者はA礼賛・B否定のフィルターバブルに落ち込み、B支持者も同様な状態になります。互いに他候補者は悪者だとし先鋭化し、深刻な分裂社会になる危険性があります。
フィルターバブルの背景
ここでは、フェイクニュースに限定せず、「SNSなどの環境ではなぜフィルターバブルが発生しやすいのか」を認知心理学や集団行動学などの観点から整理します。
- 集団極性化
集団極性化とは、例えば集団で討議を行うと討議後に人々の意見が特定方向に先鋭化するような事象です。SNSなどの環境では、同じ思考や主義を持つ者同士をつなげやすいことが指摘されています。
- サイバーカスケード
SNSでは、ある記事が階段状に拡散します。最初は単なる発言が短期間のうちに多数の人に伝わり、その間に追加や変更が加わっていきます。
フィルターバブルになる主な原因の一つに、人は自分の意見を正当化する性質があり、SNSはそれを固定化し強固にする傾向があることが挙げられます。
- エコーチェンバー現象
自分と同じ意見があらゆる方向から入ってくると、自分の意見が増幅・強化される現象です。人間は自分と同じ意見を好きになるものです。また検索エンジンなどは、過去のアクセス傾向を調べて優先的にそのような記事を優先して表示します。
- バックファイア効果
自分の意見と異なる反論に接することもあります。そのとき、その反論に引きずられず、かえって、防衛本能から反論を批判しようとして、従来からの意見がますます強固になる現象です。
ところで、どうして人はネットの記事を信用しがちなのでしょうか?
- ハロー効果
あることの評価をする時に、他の分かりやすい特徴に引きずられて。その特徴以外の要素についても同じように評価してしまう現象です。発信者が成功者だとあなたが高く評価している人の意見は、たとえ成功分野以外の意見でも正しいと思いがちです。
逆に、従来のマスコミは商業主義や政権迎合などで腐敗していると思っている人は、正論の記事すら信用しないでしょう。
- インフルエンサー
SNSの分野では、影響力のある発信者をインフルエンサーといいます。インフルエンサーの価値はフォロワー数で決まるので、それを増やすために、ツイートされやすい内容・表現にします。
- エゴサーチ
エゴ(自分)のことを検索することです。自分の発言がどう受け入れられているかなども含みます。
ネットなどでの誹謗中傷が多いことから、自分への攻撃を早期に発見して対処する手段としても必要です。
しかし、自分や自分の発言への知名度を上げる手段にもなります、
- ナッジ理論
nudgeとは、「軽くつつく、行動をそっと後押しする」という意味で、「選択の自由を保ちながら、望ましい方向に人々の行動を後押しする」こと、「相手に強制はせず、意思決定の癖を利用することで行動変容を促す」ことです。
本来はWebページなどで、多数の人が選択するボタンにマークを入れておくような省略時指定により便宜を図ることに利用されますが、賛成・反対欄に賛成を省略時指定にして、「調査の結果、大多数が賛成だった」という主張にすることもできます。
フェイクニュース対策
総務省「プラットフォームサービスに関する研究会 最終報告書」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000668595.pdf
報告書ではSNS(会員制交流サイト)など、一般の利用者でも簡単に情報の書き込みや拡散が可能なプラットフォーマーのサービスが「インターネット上で偽情報を顕在化させる一因になっている」と指摘。IT企業に偽情報の削除などを自律的に判断し対処することを求めています。
我が国におけるフェイクニュースや偽情報への対策の在り方
表現の自由への萎縮効果への懸念、偽情報の該当性判断の困難性、諸外国における法的規制の運用における懸念等を踏まえ、まずは民間部門における自主的な取組を基本とした対策を進めることが適当です。
政府は、これらの民間による自主的な取組を尊重し、その取組状況を注視していくことが適当と考えられます。特に、プラットフォーム事業者による情報の削除等の対応など、個別のコンテンツの内容判断に関わるものについては、表現の自由の確保などの観点から、政府の介入は極めて慎重であるべきです。
他方、仮に自主的スキームが達成されない場合あるいは効果がない場合には、例えば、偽情報への対応方針の公表、取組状況や対応結果の利用者への説明など、プラットフォーム事業者の自主的な取組に関する透明性やアカウンタビリティの確保をはじめとした、個別のコンテンツの内容判断に関わるもの以外の観点に係る対応については、政府として一定の関与を行うことも考えられます。
具体的な対応の在り方
- 我が国における実態の把握
- 多様なステークホルダーによる協力関係の構築
- プラットフォーム事業者による適切な対応及び透明性・アカウンタビリティの確保
- 利用者情報を活用した情報配信への対応
- ファクトチェックの推進
- ICTリテラシー向上の推進
- 研究開発の推進
- 情報発信者側における信頼性確保方策の検討
- 国際的な対話の深化
ファクトチェック
フェイクニュースも言論であり、言論の自由は尊重されべきでから、フェイクニュースの発生自体を防ぐのは困難です。そのため、ある情報がフェイクニュースだと見抜くことが大切になります。
それには、各読者が冷静に考え適切な判断ができる能力をもつことが基本ですが、SNSなどの提供組織がしかるべき対策を講じる必要があります。それをファクトチェック(fact-check)といいます。
例えば、フェイスブックは、米大統領選挙において、多くのフェイクニュースが投稿されたのに、適切な対策を取らなかったと非難されました。それに応じて、フェイスブックはフェイクニュースと思われる元の記事の下に、第三者機関による事実確認の記事も並べて表示するようにしました。
フランスでは、仏大統領選挙に際して、多くの報道機関が協力し、フェイクニュースを検証する「クロスチェック」というサイトを発足させました。フェイクニュースの疑いがある記事の検証内容とともに、ファクトチェックに関わった報道機関名が表示されます。
日本では、ニュースアプリ「スマートニュース」の運営会社などの関係者や、大学の研究者らが連携し「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」を立ち上げました。また、一般社団法人 日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)は、組織や媒体の枠を超え、 ジャーナリストが「個」として切磋琢磨しあう場づくりを行っています。
このような対策が各国で急速に行われています。