Web教材一覧情報と社会

経済理論・経済政策

「情報と社会」の一環として、社会の大きな要素である経済について、経済学の歴史をテーマにします。
 経済学の教科書ではなく、社会の変化とそれを説明し対処する経済学の概要、数学(IT)と経済学との関係を重視しています。

キーワード

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経済学の大まかな区分

下図は、このページで取り扱う主な経済理論の位置づけを示したものです。明確には区分できません。また、金融工学を経済理論とするのは強引な感じもします。

ミクロ経済学とマクロ経済学

経済学の中核を成す理論として、ミクロ経済学とマクロ経済学があります。

ミクロ経済学は、消費者や生産者など個別の経済主体の行動に注目し、個人や企業の意思決定の問題や市場における資源配分の効率性などをテーマにします。

マクロ経済学は、国レベルでのGDPや物価などに着眼して、国の経済政策について検討します。
 この経済政策には、主張の基本認識から   「小さな政府」市場の自由な活動に任せ、国の介入は最小限にせよ   「大きな政府」公共投資拡大や金融緩和など、国の積極的な政策が重要だ の2つの理論に分かれます。

計量経済学

計量経済学は、経済を対象にした理論的研究と実証的研究の学際分野です。
 ここでは、学問的な定義ではなく、経済理論を数式表現によりモデル化すること、実際のデータをモデルに入れて現実の経済状況を説明する方法論のこととします。

これもミクロとマクロに分かれます。ミクロ計量経済学は新古典派経済学、マクロ計量経済学はケインズ経済学を契機に発展してきました。現在、主流の方法論です。


重商主義(16~18世紀)

オランダ・イギリス・フランスなど絶対王制国家において採用された経済体制です。
 国家の冨の源泉を貨幣(金)の量であるとし、輸出を増大させ輸入を抑えて差額を得る貿易差額主義、自国の産業資本の保護育成を行う産業保護主義があります。絶対的権力者と一部の大商人による独占で進められました。
 貿易差額主義は、列強の植民地支配競争や保護貿易主義になり、産業保護主義は、18世紀末の(第1次)産業革命により、さらに重視されるとともに低賃金、長時間。劣悪労働環境での労働者階級を生み出すなど、社会的問題も増大してきました。

古典派経済学(アダム・スミス 国富論)

1776年に刊行されたアダム・スミス(Adam Smith)の『諸国民の富』(国富論)により提唱された経済理論です。資本主義経済を本格的に分析した最初の学説です。

古典派経済学の中心思想は、自由主義経済理論であり、冨の源泉を人間の労働に求め、その労働生産性を高めるためには市場における自由な競争が必要であり、国家は企業の経済活動に対し規制や介入を加えるべきではないというものです。自由な人間の活動や私有財産、利潤追求といった資本主義社会と合致する経済思想だといえます。19世紀は古典派経済学の最盛期になりました。

アダム・スミスの後、リカード(David Ricardo)は自由貿易の利点を具体的に示し、1830年代以降のイギリスの自由貿易主義を実現、現在の自由貿易論にも多大な影響を与え続けてます。古典派経済学を完成させた人物です。


新古典派経済学

これまでの古典派経済学では、商品の価値は労働力によって決まるという労働価値説を基礎にしていました。
 それに対して、新古典派経済学では、商品の価値は、効用(商品を消費した際の満足度)よって決まるという効用理論を基礎にしています。
  ジェヴォンズ(William Stanley Jevons)「経済学理論」1871年
  メンガー (Carl Menger)「国民経済学原理」1871年
  ワルラス(Marie Esprit Léon Walras)「純粋経済学要論」1874年-1877年
新古典派経済学は、20世紀を通して発展し、現在のミクロ経済学の基盤になっています。

限界革命

限界(marginal)概念とは、「独立変数の増加に対して、従属変数がどれだけ増えるか」の概念です。数学的には、y=f(x) としたときの微分係数 dy/dx が「限界」の意味です。
 例
  限界費用:生産量 の増加に対して、費用 がどれだけ増えるか
  限界効用:消費 の増加に対して、効用 がどれだけ増えるか
  限界収入:販売量 の増加に対して、収入 がどれだけ増えるか

この限界概念は、消費者や企業の行動を論理的に説明できる画期的な理論だとされ、経済学では限界革命といわれています。この概念はミクロ経済学の基本となり、現在に続いています。

消費者行動

企業行動

価格の均衡

初期の新古典派経済学

初期の新古典派経済学では、次のような仮定をしていました。
  完全競争・完全情報の市場を仮定:無差別の法則、一物一価の法則とも呼ばれます。
  経済人の仮定:消費者も生産者も、効用最大化に基づいて行動します。それを経済人といいます。

新古典派経済学の仮定の打破

20世紀の中頃になると、上述の仮定を打破したモデルが提唱されました。

マルクス経済学

19世紀の終わりころには、産業革命の波は世界中に広まり、生産力は急激に上昇しました。それと共に、資本家と労働者の格差の拡大が目立つようになりました。また、1878年にイギリスで発生した世界的構造不況は、資本主義のもつ脆弱性を顕在化させました。
 カール・マルクス(Karl Marx)は、資本主義社会を分析して、自由放任主義的な経済理論を否定する論拠を、1887年に『資本論』として刊行しました。これが、マルクス経済学の基礎となりました。

唯物史観

唯物史観とは、社会を、文化や政治など観念的な部分を上部構造、生産や消費など物質的な部分を下部構造としたとき、下部構造が進歩するにつれて、上部構造である政治や文化のあり方も変化するので、その逆ではないという考え方です。

資本主義=労働力搾取

資本主義と不況・恐慌

社会主義・共産主義

マルクスは、資本主義は大きな社会矛盾とリスクを内蔵しているので、早晩崩壊するだろうし、崩壊させるべきだとして、資本主義に代わるものとして
 社会主義:生産手段の社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする主義
 共産主義:資本や財産の私有を認めず、労働者階級による国有財産とし、生産物は均等に分配しようとする主義
 (社会主義は共産主義の通過段階と位置付ける)
を提唱しました。そして、1848年にエンゲルスと「共産党宣言」を発表しました。
「これまでの社会のすべての歴史は階級闘争の歴史である」として、プロレタリアート(労働者階級)による革命を主張しています。

その後、1917年のロシア革命により、史上初の社会主義国家であるソ連邦(ソビエト社会主義共和国連邦)が樹立しました。しかし、国内外の対立により、次第に党や個人の独裁化へと進み、1991年のソ連邦崩壊とともに、共産主義国家実現という壮大な実験は達成されないままに消滅してしまいました。
 それと共に、マルクス経済学も勢力を失ってしまいました。


ケインズ経済学

ケインズ経済学とは、ケインズ(John Maynard Keynes)の、『一般理論』(『雇用・利子および貨幣の一般理論』1936年)を出発点に中心に展開された経済学(マクロ経済学)のことです。経済の発展には政府による積極的な経済政策が必要であり効果的であると提唱しました。

世界恐慌

ケインズ経済学の概要

このような経済での重大事態に際して、従来の経済理論が適切な対応手段を提供できなかったことへの分析が、ケインズ経済学が出現した要因だといえます。
 本質的に不安定な市場経済を安定させ,適切な雇用と所得を達成するためには,政府による積極的なマクロ経済政策が必要だとする理論です。少なくとも当時では、この有効性が認識され、各国の経済政策の基礎となりました。

ケインズは、不況時には、有効需要増加のために政府の積極的な経済政策が必要だと提唱しました。
  金融政策:中央銀行による利子率変動、通貨流通量など
  財政政策:政府による公共事業とそのための国債発行など

マクロ経済学

ケインズ経済学のように主に国レベルの経済政策を対象にした経済学をマクロ経済学といいます。
 また、ケインズ経済学では、理論を数式で表現したモデル化をして、その数式を用いて理論の展開をするのが特徴です。数式モデル化は新古典派経済学でも行われていましたが部分的でした。ケインズ経済学では数式モデルが理論展開の中心になっています。

ここでは、ケインズ経済学およびその展開におけるマクロ経済を、数式モデルとした理論を「マクロ経済学」ということにします。主なモデルは次の3つです。
  45度線分析:財市場を分析
  IS-LM分析:財市場に貨幣市場を加えて分析
  AD-AS分析:財市場に労働市場と貨幣市場を加えて分析

(注)名称では「○○曲線」なのに図では直線になっています。正確には下に凸の曲線になることが多いのですが、単純にするため、直線にしています。

国民所得

三面等価の原則

国民所得が「生産面」「支出面」「分配面」のいずれからみても等しいという原則です。

45度線分析

供給と需要の関係を上述の「単純モデル」で考えます。


IS-LM分析

45度線分析では財市場だけを対象にしているのに対して、IS-LM分析では財市場に貨幣市場を加えた分析です。財政政策や金融政策の効果に関する理論です。
  I:投資(Investment)
  S:貯蓄(Saving)
  L:貨幣需要(Liquidity)
  M:貨幣供給(Money Supply)

IS曲線


財政政策に関する図式化です。IS曲線は、投資と貯蓄の関係を、Ys(総生産)=Yd(総需要)の均衡、すなわち、財市場での均衡状態において、利子率(r)とGNP(Y)の関係を図にしたものです(上左図の赤線)。
 IS曲線は次のようにして作成できます。

LM曲線の前提

貨幣需要(L)と貨幣供給(M)が一致するとき、貨幣市場が均衡します。LM曲線は。国民所得と利子率の組合せを示したものです。

LM曲線の作成

上図において、過去の均衡点(黒点)が、GDPが拡大したときの均衡点(緑点)に変化するとします。

同様に、GDPが減少した(不況になった)ときは、赤線のようになます。
これを整理すると、   GDP増加→貨幣需要曲線が右にシフト→利子率が低くなる   GDP減少→貨幣需要曲線が左にシフト→利子率が高くなる となります。 GDP(Y)と利子率(r)の関係を図示したものをLM曲線といいます。

LM曲線に影響を与える要因

ここでは、「貨幣需要曲線が右にシフト→利子率が低くなる」要因として、GDP増加と同じ影響をあたえる要因や結果を考えます(GDP減少はこの逆)。

因果関係を逆にすることは、必ずしも成功するとは限りませんが、例えば、貨幣供給量の増加(金融緩和)や利子率の低下(ゼロ金利政策)などがGDP増加(景気好転)の政策として効果があるともいわれています(ケインズ経済学の主張)。

IS-LM曲線

IS曲線とLM曲線を、まとめたものです。財政政策や金融政策が財市場と貨幣市場に与える影響を同時に分析できます。

縦軸がGDP(Y)、横軸が利子率(r)になっています。
   IS曲線:財市場が均衡する点の集合。右下がりになる。
   LM曲線:貨幣市場が均衡する点の集合。右上がりになる。

現在の状況は太線になっています。その交点(黒点)は、財市場と貨幣市場が同時に均衡する点であり、そのときのGDPはYe、利子率はreです。

AD-AS分析

AD-AS分析とは、AD(Aggregate demand, 総需要)とAS(Aggregate supply,総供給)関係を通して物価とGDPを説明するマクロ経済モデルです。IS-LM分析が財市場と貨幣市場を対象にしているのに対して、AD-AS分析では、労働市場を分析対象に加えています。

企業は、労働者を雇用しますが、企業が労働力を購入するともいえます。労働力を取引する市場のことを労働市場といいます。
 労働市場では、賃金(W)、P( 物価)、失業率が主要な要素になります。
 なお、ここでは、YをGNP(国民総生産)ではなく、国民所得として捉えます。

AD曲線(総需要曲線)

財市場と貨幣市場を同時に均衡させる物価と国民所得の組み合わせを表わす曲線です。その作成方法を示します。

ここまでにIS-LM曲線が作成されている。すなわち、
  値:Y、r、M、P
  曲線:図の太線
が既知であるとします。
 AD曲線は、大点だけが既知です。目的は傾きを求めること、すなわち他の小点の座標 Y を求めることです。次の手順で求めます。

このように、物価が上がれば国民所得は減少します。それでAD曲線は右下がりになります。

政策のAD曲線への影響

AS曲線(総供給曲線)

AS曲線は、横軸に国民所得(Y)、縦軸に物価(P)をとり、物価と国民所得の均衡点を曲線にしたものです。

雇用環境と賃金(実質賃金)の関係

名目賃金をW、物価をPとすると、実質賃金率はW/Pになります。
 需要とは会社側の求人、供給とは労働者側の求職のこととします。

労働供給曲線とは、労働者が雇用されている数です(厳密には労働時間ですが、ここでは労働時間は一定とします )。高賃金なら就職したり残業したり(供給の増加)したいが、低賃金ではそうは思わないでしょうから、右上がりになります。
 労働需要曲線とは、企業が求めている労働力です。全体の労働力が一定だとすれば、「労働需要曲線=一定-労働供給曲線」ですから、右下がりになります。

雇用数がNfのとき、実質賃金が(W/P)f で均衡しているとします。
 Nfより左側の超過需要とは、人手不足の状態です。労働需要は高く、賃金を上げても労働者確保をします。労働者は売り手市場なので、安い賃金では就職しない状態です。しかし、高賃金につられて就職が進むので、次第にNfに近づきます。
 Nfより右側の超過供給よは就職難の状態です。企業は求人活動をしないので、労働需要曲線は下がります。利益を上げるために賃金を下げようとします。労働者は、低賃金であっても生活のために就職したいと思います。それにより、次第にNfに近づきます。

完全雇用状態

働きたい人が全て雇用されていることを完全雇用状態といいます。
 完全雇用状態では「労働供給=労働需要」ですので、N=Nf になります。
 物価水準が変動しても、働きたい人の総数は変わらないため、国民所得は変わりません。
 横軸を国民所得、縦軸を物価とするAS曲線は垂直になります。

古典派経済学では、完全雇用状態を仮定していました。それで、古典派経済学でのAS曲線は、右図にようになります。

不完全雇用状態

現行賃金水準で就業をを望んでも、就業機会を得られない労働者も存在し、非自発的失業が発生します。それを不完全雇用状態といいます。
 ケインズは、むしろ不完全雇用状態が通常であり、その場合でも均衡が存在することを示しました。
 そして、完全雇用が達成された後は、AS曲線は垂直になるが、それまでは、右上がりがりになること、また、縦軸は実質賃金ではなく名目賃金を用いるべきだと主張しました。


AD-AS分析

IS-LM曲線とAD-AS曲線を用いて、政策が国民所得と物価に与える影響を検討します。
 AD曲線(下図茶太線)は総需要曲線、AS曲線(下図紫太線)は総供給曲線ですから、その交点(下図の黒丸)は需要と供給が均衡したときです。均衡したときの国民所得と物価を示しています。
 現在は、労働需要と労働供給は、国民所得 Y、利子率 rで均衡しており(IS-LM曲線の太線)、そのときの物価はPです(AD-AS曲線の太線)。

(注)フィリップス曲線

フィリップス曲線(Phillips curve)とは、失業率を横軸に、賃金上昇率を縦軸にとると、右下がりの曲線になる、すなわち、「物価が上がると失業率が下がる」という理論です。ケインズ経済学の前提理論になっています。

(注)インフレの原因とスタグフレーション

上述の政策は、AD曲線がシフトしてAS曲線は変化しないという前提でした。そして、共に物価上昇(インフレ)の影響がありました。
 このように、総需要サイドが原因となって発生するインフレをディマンド・プル・インフレといいます。

原材料価格や流通コストなどの上昇は、原則として商品の値上げ(物価上昇)になります。コスト上昇によるインフレをコスト・プル・インフレといいます。
 物価上昇は、現在のAS曲線(紫太線)を上方にシフトした(紫細線)ことに相当します。
 AD曲線(茶太線)が変化しないとすれば、均衡点は左上の移動します。
 結果として、物価はPからPへ上昇し、国民所得はYからYへ減少します、
 すなわち、経済不況(stagnation)とインフレ(inflation)が同時に起こるスタグフレーション(stagflation)になります。



新自由主義経済学

1970年代の世界経済

新自由主義経済学

このような経済環境の激変に際して、ケインズ経済学は適切な処方箋を提供できませんでした。政策適用の失敗により事態を悪化することもありました。
 ケインズ経済学が「大きな政府」による積極的な経済政策(介入)を唱えたのに対して、新自由主義経済学は、政府による個人や市場への介入を最低限とする「小さな政府」を提唱する経済学上の思想です。
 フリードマン(Milton Friedman)『資本主義と自由』1962年がこの基礎になっています。

マネタリズム(貨幣主義)

新自由主義に似でいますが、貨幣供給量が総需要を変化させる最も重要な要因であり、通貨政策が最重要だとする考え方です。
 新自由主義は、市場に競争原理を取り入れることが重要で、政府は経済政策に介入せず「小さな政府」であるべきだとする主張です。マネタリズムは、金融政策において、中央銀行は物価調整について金融緩和や金融引きめするのではなく、貨幣流通量そのものが中長期的な物価を規定すると主張します。すなわち、両者は対象が政府か中央銀行かの違いがあります。

(参考)現代貨幣理論(Modern Money Theory:MMT)

マネタリズムは、「スタグフレーションなしの失業者減少や経済発展には、中央銀行が貨幣供給量の調整だけを行えばよい」と主張しました。
 現代貨幣理論では、さらに「政府は財政悪化など気にせず、国債を発行してどんどんお金を使うべきだ。財政破綻することはなく、インフレも生じない」と主張する経済理論です。

これから、次のことが結論されます。

発表された1990年代には「異端の経済理論」とされました。現在は見直されつつありますが、それでも反対意見が大多数の状態です。


ゲームの理論

参照:「ゲームの理論」

ゲームの理論は、競争関係(対立関係)にある2人(多数でもよい)AとBが、それぞれ戦略を持っており、戦略を選択したときの利失表があるとしたとき、A・Bが自分の利益を追求したとき、どのような戦略の組合せになるかを数学的に検討する理論です。数学者ノイマン(John von Neumann)と経済学者モルゲンシュテルン(Oskar Morgenstern)の共著『ゲームの理論と経済行動』(1944年)により提唱されました。

ゲームの理論の概要

ここでは、「2人非零和ゲーム」の分野について、トピックス的に単純例を示します。

        Aの利失表                  Bの利失表
         B1(q) B2(1-q)            A1(p) A2(1-p)
  A1(p)     3    -1       B1(q)     1    -2
  A2(1-p)  -2     1       B2(1-q)  -3     2

A・Bが相手の利失表を知らないとき

Aが戦略A2,A2のどちらを選択すべきか(p:A1選択確率の値)を考えます。
 Aは、Bが戦略B1とB2を持っているが、どちらを選択するか(q:B1選択確率の値)は知りません。Aの利失表により、利益VAを最大にするpの値を求めます。
  VA=3pq-1p(1-q)-2(1-p)q+1(1-q)(1-q)=7(p-3/7)(q-2/7)+1/7
から、p=3/7 にすれば、Bの選択によらず、1/7の利益を得ることができます。

同様に、Bは
   VB=1pq-2(1-p)q-3p(1-q)+2(1-q)(1-q)=8(p-1/2)(q-5/8)-1/2
より,q=5/8 の選択をすれば -1/2の利益を得ることができます。

すなわち,両者の間にどのような交渉があるにせよ,Aは1/7,Bは-1/2以上の利益がなければ交渉に応じないことになります。

AがBの利失表を知っているとき

AはBがq=5/8の混合戦略を選択ことを知っています。そのときの期待値は,
   A1: 3×(5/8)-1×(3/8)=12/8=3/2
   A2:-2×(5/8)+1×(3/8)=-7/8
なので、A1を選択して、3/2(>1/7)の利益を得ることができます。

AがAIを選択することをBに伝えます。BはB1を選択して1(>-1/2)の利益が得られます。AはBの利益VB=-1/2を知っているので、Bは反発しないことを知っています。そのため、Aは3の利益が得られます。
 すなわち、相手の利失表を知り、自分の利失表を秘密にすれば、先手を打って説得あるいは脅迫して、期待利益を大きくできます。

両者が互いの利失表を知っているとき (ナッシュ均衡)

両者が手の内を示して、Win-Win の解を求めようとします。
 確率p、qを考えなければ、次の表ができます。
  ケース 選択戦略   A  B  合計
   ①  A1,B1  3  1  4
   ②  A1,B2 -1 -3 -4
   ③  A2,B1 -2 -2 -4
   ④  A2,B2  1  2  3

 独自で行動しても、Aは1/7,Bは-1/2の利益が得られるので、①、④が対象になります。
 どちらを採用するかは決定できません。力関係や差額調整などの妥協になります。
 いずれにせよ、独自行動よりも利益が上がり、Win-Win の結果になります。

p、qを考慮した場合は、やや複雑になりますが、「相手の戦略を所与として、自分から戦略を変えても得をしない状態をナッシュ均衡といいます。

囚人のジレンマ

(A,B) Bの戦略
B1B2
Aの戦略 A1(-1,-1)(-3, 0)
A2(0,-3)(-2,-2)

囚人A,Bは、次の利得表を知っていますが、相手の行動を知りません。

互いに相手を信用しておれば、自白しないで軽い刑ですみますが、疑心暗鬼になると、相手が自白しるのを恐れて自白してしまうでしょう。また、自分は相手を信用していたのに裏切られると最悪な状況になります。

取調官が、「相手は自白したぞ。お前も自白したらどうだ」とウソをつくことにより、「正直者が損をする」状態を避けることができます。

ゲームの理論の活用

上例では、当事者が2人、戦略が2つの場合でしたが、それぞれ多数の場合にも拡張できます。例えば、当事者が3人のときAとBが結託してCに対峙するモデルなどもあります。戦略を多段階に最初の戦略選択の結果を見て次の戦略選択をする、その結果を先の線竜選択にフィードバックするような複雑なモデルも考えられます。

ゲームの理論は、トランプゲームなど身近なことから国家間の軍事戦略まで、非常に広い分野で活用されています。
 経済政策の分野では、政府・企業・労働者の立場により、公共投資拡大や利子率切下などへの利失表が異なります。自国政策と他国政策との相乗効果や相殺が発生することがあります。政策立案や実施計画には、ゲームの理論の活用が有効です。
 金融工学での証券市場は、本質的に利害が反する競争の世界です。ゲームの理論を組み込んだアプローチが必要になります。

また、ゲームの理論は、定量的な解を求めるものですが、そのモデルを用いて定性的に検討するという「合理的なものの考え方」「問題の整理」としても役立ちます。


金融工学

金融工学とは、値動きのある金融商品のリスクやリターン、理論的な価格などを、数学やコンピューターを駆使して数値化し、分析し、リスクヘッジやリスクマネジメントに役立たせたり、投資や資産運用の意思決定に役立たせたりすることを研究する学問です。

金融工学の対象には、2つの側面があります。

関連用語

現代ポートフォリオ理論

現代ポートフォリオ理論(Modern portfolio theory, MPT)は、不確実性のある投資先への投資において、利益を最大化しつつリスクを最小化する最適な投資配分の数学手法です。マーコウィッツが1952年に発表しました。
 単純にいえば、各投資に平均収益率と非確実性による標準偏差の表が与えられ、
  目的関数=α×平均収益率の合計 - β×標準偏差の合計
を最大にするように資金配分をすることです。
 数理計画法のポートフォリオ最適化問題として、アルゴリズムも解くアプリもポピュラになっています。

ここで、α、βは投資者(意思決定者)が任意に決める定数です。
  A:ハイリスク・ハイリターンの銘柄   B:ローリスク・ローリターンの銘柄 があるとき、実現確率は小さくても運がよければ大儲けをしたい投資家ば、α→1、β→0 に近い値に設定するでしょう。その結果、A銘柄への投資比率が高まります。慎重派の投資家は逆の設定をするでしょう。

(参考)決定理論 -α・βの設定に関連して-

利失表 景気
好況不況
戦略積極10-3
消極

景気と経営戦略の関係を例にします。経営戦略には積極戦略と消極戦略があります。積極戦略を採用したとき、好況になれば大きな利益が期待できるし、不況になれば過大投資による損失が生じます。消極戦略を採用したとき、好況になっても大した利益は期待できないし、不況になっても損失は少ないでしょう。
 このとき、どのような選択をするかという考え方を決定理論といいます。

何らかの手段で、好況になる確率が0,6、不況になる確率が0,4だとわかっているならば、
  積極戦略での期待値:10×0.6-3×0.4=4.8
  消極戦略での期待値: 5×0.6+2×0.4=3.8
になるので、期待値の大きい積極戦略を採用するのが自然でしょう。

確率がわかっていないときには,楽観的な人、悲観的な人など決定者の考えにより異なります。

好況・不況は、自分に協力的でも敵対的でもない相手です。相手が敵対的なときは、ゲームの理論が適用されます。

資本資産価格モデル

現代ポートフォリオ理論は、そもそも将来の金融商品の価格を正確に予測するものではありませんが、これから発展した資産価格決定モデルとして資本資産価格モデル(英: capital asset pricing model, CAPM)があります。

ブラック=ショールズ方程式

1973年、ブラック(Fischer Sheffey Black)とショールズ(Myron S. Scholes)は、デリバティブ価格を算出する確率偏微分方程式をブラック=ショールズ方程式を発表しました(私の理解を超えています)。

第2項は平均収益率、第3項は標準偏差に関する項だともいえます。現代ポートフォリオ理論での「利益とリスクのバランス」を含んだ式になっています。

この方程式は、その後、配当ありの場合、為替オプションを前提とした式などいろいろ拡張され、現在広く利用されています。
 難解な式ですが、プログラムは広く開発されており、基本的な部分はEXCELですら計算できます。しかし、これをどのように拡張するか、変数にどのような値を与えるかは高度な知識や情報収集能力が必要であり、多数の専門家(ノーベル経済学賞受賞者も含む)や団体が、互いにしのぎを削っています。

新しい金融取引形態

1990年代頃から、新しい形態の金融取引が出現しました。これらはハイリスク・ハイリターンな取引を対象にした大きな市場を形成しています。